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身体髪膚
しんたいはっぷ
作家
作品

正岡子規

【死後】

併し其苦痛も臭気も一時の事として白骨になってしまうと最早サッパリしたものであるが、自分が無くなって白骨許りになったというのは甚だ物足らぬ感じである。白骨も自分の物には違い無いが、白骨許りでは自分の感じにはならぬ。土葬は窮屈であるけれど自分の死骸は土の下にチャーンと完全に残って居る、火葬の様に白骨になってしまっては自分が無くなる様な感じがして甚だ面白くない。何も身体髪膚之を父母に受くなどと堅くるしい理窟をいうのではないが、死で後も体は完全にして置きたいような気がする。
 土葬も火葬もいかぬとして、それでは水葬はどうかというと、この水というやつは余り好きなやつで無い。第一余は泳ぎを知らぬのであるから水葬にせられた暁にはガブガブと水を飲みはしないかと先ずそれが心配でならぬ。

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芥川龍之介

【虱】

 中でも筆頭第一の Pharisien は井上典蔵と云ふ御徒士おかちである。これもまた妙な男で、虱をとると必ず皆食つてしまふ。夕がた飯をすませると、茶呑茶碗を前に置いて、うまさうに何かぷつりぷつり噛んでんでゐるから、側へよつて茶碗の中を覗いて見ると、それが皆、とりためた虱である。「どんな味でござる?」と訊くと、「左様さ。油臭い、焼米のやうな味でござらう」と云ふ。虱を口でつぶす者は、何処にでもゐるが、この男はさうではない。全く点心てんしんを食ふ気で、毎日虱を食つてゐる。――これがまづ、第一に森に反対した。
 井上のやうに、虱を食ふ人間は、外に一人もゐないが、井上の反対説に加担をする者は可成かなりゐる。この連中の云ひ分によると、虱がゐたからと云つて、人間の体は決して温まるものではない。それのみならず、孝経にも、 身体髪膚之しんたいはつぷこれを父母に受く、あへ毀傷きしやうせざるは孝の始なりとある。みづから、好んでその身体を、虱如きに食はせるのは、不孝も亦甚しい。だから、どうしても虱狩るべし。飼ふべからずと云ふのである。……

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中里介山

【大菩薩峠 農奴の巻 梶川少年から、頼もしい限りの言葉を聞かされた銀杏加藤ぎんなんかとうの奥方は、その最後の一句に至って、美しい面を曇らせて、
「それはいけませぬ、面を灼くとおっしゃいましたね、梶川様、どういうことをなさるのか知れないが、それだけは思い留まりあそばせ、天の成せるものを、人の力で破壊することはよろしくありませぬ、身体髪膚の教えもございます、あなたのその若い美しいお面を灼きこわしてまで、わたしたちは助力を願うのに忍びませぬ」
 面を灼くと言ったために、夫人の心がいたく傷つけられたのを見て、梶川少年は取りつくろって申しました、
「拙者とても、いて、そんな事をしたいのではありません、岡崎街道で、ああいうことをしでかして来ていますから、万一をおもんぱかっての覚悟なのです」】

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佐藤紅緑

【少年連盟】

善金ゼンキンのやつは大ねずみに鼻をかじられたよ」
「どうして?」
 と富士男はまえよりもやや明るい声でいった。
「それがおもしろいんだ、寝しなにこっそり砂糖をなめたらしいんだ、夜中に口のあたりをペロペロとなめるやつがある。びっくりして眼をさますと、大きなねずみが何匹も何匹も顔をなめている、かれがおっぱらうと、一匹が鼻の頭をかじって逃げたんだ。善金ゼンキン大憤慨だいふんがいさ。なにか支那の格言かくげんのようなことをいった。エーと、身体からだは両親のもの……それからなんだったかな」
 とゴルドンが頭をひねった。
身体髪膚しんたいはっぷこれを父母にうく、あえて毀傷きしょうせざるはこうのはじめなりさ」
「そうだそうだ、ねずみふぜいに鼻をかじられては両親にすまないってんだね」
「からだをたいせつにして勉強するのが、孝行の第一歩だということなんだよ」
「そうか。どうりでカンカンおこって、だちょうの森へ山ねこをさがしにいったんだね」
「山ねこ」
 と富士男がふしぎそうにいった。

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  • このサイトの制作時点では、三省堂の『新明解 四字熟語辞典』が、前版の5,600語を凌ぐ6,500語を収録し、出版社によれば『類書中最大。よく使われる四字熟語は区別して掲示。簡潔な「意味」、詳しい「補説」「故事」で、意味と用法を明解に解説。豊富に収録した著名作家の「用例」で、生きた使い方を体感。「類義語」「対義語」を多数掲示して、広がりと奥行きを実感』などとしています。

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Last updated : 2022/11/23