『職人尽絵詞』に見る、『江戸時代の職業・風俗』 |
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「職人尽絵詞」より
『屋台店 - 天麩羅屋・鯣屋・四文屋』
「鯣屋」は、「煮鯣売り」「焼き烏賊屋」などとも。
「四文屋」は、江戸時代、四文均一の飲食物を売った屋台店。串に刺した「おでん」のような食べ物を売っていた。
天麩羅屋(てんぷらや)
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鯣屋(するめや)
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四文屋(しもんや)
《四文屋について》
『職人尽絵詞』が描かれてからおよそ30年後の、天保3年(1832年)から天保7年(1836年)に、寺門静軒によって書かれた『江戸繁昌記』に「四文屋」が次のよう出て来る。
《読み下し》
「一鍋内、数串芋を貫き、豆腐を貫き、種々焉を蘸す。鍋沸して烟馨し。一串(一以って之を貫く)四文(文行忠信)。人の択び食ふに従す。此を四文屋と曰ふ」
《現代文》
「鍋の中に、幾串も芋をさし、豆腐をさし、いろいろと浸す。鍋で煮て、香ばしい湯気が立つ。一串四文で、客が勝手に選んで食べる。これを四文屋という」
また、
『職人尽絵詞』とほぼ同時期に書かれた『飛鳥川(柴村盛方著・文化七年/1810年)』には、次のように「四文屋」や「煮売屋」が賑わいを見せたことが出て来る。
「煮肴にしめ菓子の類、四文屋とて両国は一面、柳原より芝までつゞき大造なる事也。其外煮売茶屋、両国ばかりに何軒といふ数をしらず」
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「
職人尽絵詞
」は、江戸後期の文化年間(1804年〜1818年)の始め頃
に、浮世絵師、 鍬形蕙斎
[ 北尾政美
]によって描かれた、全3巻からなる絵巻物で、100を超す当時の様々な職業や、職人の姿、風俗などが描かれています。
鍬形蕙斎が絵を描き、 大田南畝・ 朋誠堂喜三二・ 山東京伝などが 詞書を添えています。
ここでの画像は、国立国会図書館所蔵の模本によります。
なお、このサイト内の「職人尽絵詞」のページに掲載した画像は、独自に色彩補正を行っており、国立国会図書館所蔵による元の画像は全体のページを通して右の絵のような色合いです。
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Last updated : 2024/06/29