= 江戸を編む男 - 喜田川守貞 = 『守貞謾稿』に見る江戸の商い = 振り売り・天秤棒の世界 = 《 このページについて 》 このページは、喜田川(きたがわ)守貞(もりさだ) 著による江戸時代後期の庶民の生活を記録した、『 守貞謾稿(もりさだまんこう) 』の 「巻之六 生業下」 から、市中での商いについて紹介するものです。 《 守貞謾稿とは 》 江戸時代、多くの商い人が物を売り歩く行商を行っていたことが『守貞謾稿』に記され、ここに取り上げる「巻之六 生業下」の中に登場する商いだけでも実に 140 にも上ります。この巻の大きな特徴は、ほぼ全ての項目で三都(江戸・京都・大坂)の違いが比較されている点で、これにより、各都市の商業活動や生活様式の違いを理解する重要な資料となっています。 ここでは、江戸時代の商いのうち、「振り売り」などと呼ばれた行商を中心に図版で見てみます。物売りの姿や、担う荷物の図など、83 枚の図版を掲載しています。 振り売りは、商品を担いで街中を歩き回りながら販売する行商の一つで、主に固定の店舗を持たない商人が、商品を肩に担いだり、背負ったり、手に持ったりして売り歩き、顧客の家や通りまで商品を届けていました。 振り売りの商人は、食料品(魚、野菜、果物など)、日用品(箒、鍋、炭など)、さらには衣類や小物など、さまざまな商品を扱っていました。また、商人たちは売り声を上げて商品を宣伝し、顧客の注意を引くための工夫もしていました。 「振り売り」は、「棒手振り (ぼてふり) 」「棒手売り(ぼてうり)」「棒商い(ぼうあきない)」などとも呼ばれ、これらは商人が商品を棒に吊るして担ぎ歩いたことに由来します。商人が「棒手」と呼ばれる天秤棒を使って商品を運び売り歩く姿は江戸時代の風物詩として知られています。 振り売りについて『守貞謾稿』には、「三都ともに小民の生業に、売物を担いあるいは背負い、市街を呼び巡るものはなはだ多し」と記されています。 ここに掲載した各図版は、国立国会図書館 所蔵の原図をもとに色調補正を施したものです。 《 守貞謾稿とは 》 『守貞謾稿』巻別目次 『守貞謾稿』巻別内容 - 目次 関連書籍を読む 『守貞謾稿』目次・トップページ 別冊 『守貞謾稿』全巻出現用語一覧 参考:曲亭馬琴『近世流行商人狂哥絵図』 『守貞謾稿(生業下)』に図示された商い *書中後半部分では、「京坂にあって江戸にないもの」「江戸にあって京坂にないもの」などの分類がなされていますが、ここではその点については触れていません。詳しくは原文 「巻之六 生業下 」 でお確かめください。 鮮魚売り 江戸初鰹売り 魚売り 江戸鯉売り 菜蔬売り 豆腐売り 油売り 花売り 荒神松売り 羅宇屋 錠前直し 鋳鉄師 針売り 瀬戸物焼接 紙屑買い 古傘買い 灰買い 臼の目立 鼠取り薬 箒売り 銅器売り 算盤直し 炭・炭団・醤油・塩売り 嘗物売り・漬物売り 新粉細工 飴細工 飴売り 弁慶 蕃椒粉売り 小間物売り 筆墨売り 鰻蒲焼売り 桃灯張り替え 瓦器売り 生蕃椒売り さぼん玉売り 海ほおずき売り 勝負附売り 按摩 銭緡売り 雪踏直し 甘酒売り 湯出菽売り 是斎(ぜざい)売り 枇杷葉湯売り 錦魚売り 簾売り 心太売り 虫売り 暦売り 御鉢入れ売り 黒木売り 躑躅花(つつじ)売り 揚昆布売り 艾(もぐさ)売り 乾物売り 鯡昆布巻売り 岩起売り 羽織紐直し 炮烙売り 薄板製の燈篭売り 竹馬古着屋 冷水売り 笊・味噌漉売り 附木売り 苗売り 鮨売り 水弾(みずはじき)売り 衣紋竹売り 白酒・白玉・歯磨き売り 麹売り 乾海苔売り 納豆売り 墨渋屋 蚊帳売り 竹箒・草箒売り あじろ蓋売り 塩辛売り 桜草売り 銭蓙(ぜにござ)売り 饂飩屋・蕎麦屋 茶飯売り 『守貞謾稿(生業下)』に記された商い 〕 下の画像をクリックすると拡大し、連続して見ることができます。右矢印て次へ進みます。 拡大した画面上部の「 ▶ 」をクリックすると全画像をスライドして見ることができます。 各商いの悦明は、原文から要約した部分もあります。詳しくは、 「原文(巻之六 生業下) 」 でお確かめください。 『守貞謾稿』に見る江戸の商い 「鮮魚売り」(泉堺の図) 三都とも俗に肴屋(さかなや)という。(泉堺の魚売り、摂尼ケ崎またこれに同じ) 「江戸初鰹売り」 江戸の魚売りは、四月初め松魚(かつお)売りを盛なりとす。二、三十年前は、初めて来る松魚一尾価金二、三両に至る。小民も争いてこれを食す。近年かくのごとく昌(さか)んなること、さらにこれなし。価一分二朱あるいは二分ばかりなり。故に魚売りもその勢太(はなは)だ衰えて見ゆ。 「魚売り」 (魚売りの荷。京坂、江戸の違いなど) 「江戸鯉売り」 (江戸鯉売りはこの桶二個を担ぐ。詞に「鯉やこい/\」) 「菜蔬売り」 三都とも俗に八百屋(やおや)という。江戸にて瓜・茄など一種を専ら持ち巡る者を前裁(せんざい)売りという。京坂にては、これをもやおやという。 「豆腐売り」 三都とも扮異なく、桶制小異あり。京坂豆腐一価十二文。江戸一価五十余文より六十文に至り、豆価の貴賤に応ず。けだし、京坂豆腐小形、江戸大形にて価相当す。 「油売り」 三都その扮相似て、専ら藍の織色綿服の渋染の胸ある前垂をしたり。 「花売り」 三都とも花売りには男子多く、また稀に老姥もあり。仏に供する花を専らとし、活花に用いる花は少なし。 「荒神松売り」 三都ともに竃神(かまどのかみ)を俗に三宝大荒神と号す。三都とも毎晦頃、荒神松を売る。(中略)江戸、鶏を画ける絵馬を兼ね売る。(中略)鶏の絵馬を荒神に供するは、油虫を除(はら)うの咒(まじない)と江俗云い伝え、これを行う。 「羅宇屋(らうや)」 烟管(きせる)の竹をらうと云う。京坂にては、らうのしかえと云い、道具らう竹等二筥に納れて担い巡る。江戸は一筥に納れて負い巡る。 「錠前直し」 損錠失鑰(しつやく)等の修補を云うなり。すべて今俗に修補を、なおすと云うなり。これは京坂は担い、東武は肩上に携う。 「鋳鉄師」 銅鉄の鍋釜の破損を修補す。ふいごを携え来て即時にこれをなす。その扮、三都相似たり。けだし江戸鋳鉄師の枴、はなはだ長きを用うこと、京坂と異なるなり。およそ図の一倍長けなるべし。 「針売り」 男子あるいは老姥もこれを売る。また小間物賈もこれを兼ね売るなり。縫衣の針を売る。(鏡磨き・眼鏡の仕替え・印肉の仕替えの扮相似たり。皆各風呂敷包みを背負うなり。また三都異なきなり) 「瀬戸物焼接」 昔は陶器の破損皆漆をもってこれを修補す。寛政中、初めて白玉粉をもって焼き継ぐことをなす。今世も貴価の陶器および茶器の類は、再び竃に焼くことを好まず、故に漆をもってこれを補し、金粉を粘す。 「紙屑買い」 (京坂・江戸紙屑買いの篭)反古および古帳紙屑を買い、また兼ねて古衣服・古銅鉄・古器物をも兼ね買う(中略)紙屑・古銅鉄の類は、秤にかけて買うなり。京坂は図のごとく、低き丸形籠上に麻布風呂敷を置く。江戸は丸形・方形二種あり。 「古傘買い」 京坂には稀に銭をもってこれを買う。多くは土偶および土瓶・行平鍋、または深草団扇などをもって交易し、物少なき方より銭を添うる。江戸は交易せず。一古傘大略四文八文十二文ばかりにこれを買う。故にこの賈を古骨買いと云う。詞「ふるぼねはござい/\」と云う。 「灰買い」 京坂にては竃下炉中の米糠と綿核(わただね)を兼ね買う。江戸は灰のみを買うなり。(中略)因みに云う、三都ともに畚(もっこ)を荷い巡る。 「臼の目立(めたて)」 臼の目の摩滅せるを斬るなり。道具は財布に似たる袋に納れてて肩にす。 「鼠取り薬(売り)」 鼠毒殺の薬を売る。三都ともにその扮相似て、また各小幟(こばた)を携う。京坂にて売り詞に「猫いらず、鼠とりぐすり、云々」。江戸も始めは同調。今世はこれを云わず、「いたずらものは居ないかな」と云う。今俗、破落戸(ごろつき)をいたずら者と云うなり。故に鼠を破落戸に比するの戯言なり。 「箒(ほうき)売り」 (江戸箒売りの図)棕櫚箒(しゅろぼうき)売りなり。三都ともに古箒と新箒を易うる。古き方より銭をそゆる。古箒は解きて棕櫚縄およびたわし等に制し売る。また、江戸には竹箒・草箒をも担い売る。 「銅器売り(銅道具)」 三都ともに、銅および真鍮製の鍋・茶瓶・薬かん等、その他諸銅器を売り、また新器と古器を交易す。 「算盤直し」 (十露盤直し)そろばんの損を修補す。 「炭・炭団・醤油・塩売り」 (炭・炭団・醤油・塩売りの荷)[炭売り]古からある賈か。季寄の書にも売炭翁を載せて、ばいたんろうと訓ぜり。今世、三都とも貧民小戸の俵炭を買い得ざる者、一升二升と量り売るのみ。これをはかりずみと云う。 [醤油売り]江戸にては酒も兼ね売るあり。 「嘗物(なめもの)売り・漬物売り」 (嘗物売り・漬物売りの荷)[漬物売り]京坂にて茎屋。くきやと訓ず。昔は大根等の茎漬をうりしなり。今世は茎のみにあらず、蘿根(だいこん)、蕪菜(かぶらな)等の塩一種をもって漬けたるを、くきと云う。(中略)江戸は諸香物および煮豆・嘗物・味噌の類をも兼ね売る。煮豆を三都ともに坐禅豆と云う。また三都ともになめものに、さくらみそ・金山寺みそ等あり。 「新粉細工」 米粉に諸彩を交え、鳥獣草木等の形を造り、方一、二寸の薄き杉板に粘し、小児の弄物を専らとし、これを食す児は稀なり。 「飴細工」 諸物の形を模造す。けだし飴細工は、皆必ず葭茎(よしくき)の頭に粘す。また飴丸を葭頭に粘し、これを吹きて中虚の大丸とするあり。 「飴売り」 (江戸の下り飴売り)三都ともにその扮定めなく、また飴制にも数種あり。また毎時種々の異扮をしてこれを売る者あり。故にこれを図することを得ず。ただ江戸に一種、毎時不易の飴売りあり。今これを図す。売辞に「下り/\」と云う。原(もと)京坂より贈り下すの矯(かこつ)けか。 「弁慶図」 (弁慶は、花簪(はなかんざし)などを差して背負うもので、「弄物(もてあそびもの)売り」の項に出てくる。芝居の弁慶で七具を負う形に似ていることからとされる)。「弄物売り」の説明は次の通り。「蝶々・風車・その他種々際限なし。また、定扮なし。故に図することを得ず。花簪等を売るには、竿頭に稿(わら)を束ねたる具に挟みて、これを携う。この具を号けて弁慶と云う」 「蕃椒粉(とうがらし)売り」 (大阪唐辛子売り 甘辛屋義兵衛肖像)七味蕃椒と号して、陳皮・山椒・肉桂・黒胡麻・麻仁等を竹筒に納れ、鑿(のみ)をもってこれを突き刻み売る。江戸では西新宿内藤氏邸辺を名産とす。故にこれを売る詞、「内藤とうがらし、云々」。 「小間物売り」 昔は高麗(こうらい)等舶来の物を販(ひさ)ぐを高麗物屋(こまものや)と云う。高麗と小間と和訓近きをもって仮字とするか。因みに云う、貸本屋の包みもこれに似たり。けだし貸本は路上を呼び巡らず、得意のの家を巡るのみ。 「筆墨売り」 (筆墨売りの荷)烟草(たばこ)売りもこの筥と同形を用うもあり。また大阪にて上製菓子を得意の家に売り巡るも、この筥と同制を用う。江戸の上製菓子を得意に巡り売る者は、箱を紺木綿風呂敷に裹(つつ)み負えり。 「鰻蒲焼売り」 京坂は、諸具ともに担い巡りて、阡陌(せんぱく)に鰻をさき、焼きてこれを売る。江戸にては、家にて焼きたるを岡持(おかもち)と云う手桶に納れ、携え巡り売る。けだし京坂大道売りのかばやきは、大骨を去らず、一串価六文、江戸は大骨を除き去りて、一串十六文に売る。また京坂は鰻の腹を裂き、江戸は背をさくなり。 「桃灯張り替え」 火袋を携え来て、求めに応じて即時記号等を描き、桐油をひきてこれを更(あらた)む。桃灯は、三都ともに全く古火囊を去りて新灯囊にかえるなり。 「植木売り」 (植木売りの荷)すべて草木の類、専らこの具をもってこれを担う。大樹にはこれを用いず。また貴価鉢木の類は、御膳篭に納れてこれを担う。 「瓦器(かわらけ)売り」 (瓦器売りの荷)瓦製の諸器を売る。けだし京坂にては、ほうろくの一種を売る者、別にこれあり。江戸にては、諸瓦および瓦器、浅草郷今戸町にて多くこれを製す。故に惣名して今戸焼と云いて、瓦器と云わず。 「生蕃椒売り」 (生蕃椒売りの荷)とうがらしの根とともに抜きて、小農等売り巡る。すでに熟して赤きあり、あるいは未熟にて青実もあり。京坂の売り詞に、「とがらしのねびきよう」と呼び来れり。 「さぼん玉売り」 三都とも夏月専らこれを売る。大阪は特に土神祭祀の日、専ら売り来る。小児の弄物なり。さぼん粉を水に浸し、細管をもってこれを吹く時に丸泡を生ず。 「海ほおずき売り」 海中の枯木、および岩等に生える藻の類か。これまた小児の弄物、特に女児これを弄ぶ。鬼灯花(ほおずき)と同じく口に含み、風を納れ、かみひしぎてこれを鳴らすを弄(あそび)とす。 「勝負附売り」 (京坂角力の勝負附売り)相撲の勝負を記したる印紙を売る。京坂興行中、毎宵これを印し、とみにこれを売り巡る。その速なるを良とす。またこれを売る夫も太(はなは)だ趨(はし)りて、箭(や)のごとく飛行す。 「按摩」 諸国盲人、これを業とする者多し。あるいは盲目にあらざるもあり、あるいは得意の招きに応じて行くのみもあり。あるいは路上を呼び巡りて需めに応ずるあり。けだし三都諸国ともに、振り按摩は小笛を吹くを標(しるし)とす。 「銭緡(ぜにさし)売り」 (京坂にては自身に強販す)京坂は所司代邸・城代邸等の中間(ちゅうげん)の内職。江戸は火消役邸中間の内職にこれを制して市民に売る。けだし三都ともに大小戸に応じ、あるいは生業に拠りて多少を強い売る。開店の家等特に強ひ売る。[編注:銭緡は、穴あき銭をまとめる紐。「強販(ごうはん))」という言葉は、「強引に商品を売りつける」という意味が含まれ、現代の「押し売り」に相当するか。また、「自身に強販す」は、現代風に言えば「ノルマが達成できず、自分で買う」という状況を示すか] 「雪踏(せった)直し」 革緒・裡革等、その他すべて履物(はきもの)の破損を修す。 「甘酒売り」 醴(あまざけ)売りなり。京坂は専ら夏夜のみこれを売る。専ら六文を一椀の価とす。江戸は四時ともにこれを売り、一椀価八文とす。けだしその扮相似たり。ただ江戸は真鍮釜を用い、あるいは鉄釜をも用う。鉄釜のものは、京坂と同じく筥中にあり。京坂必ず鉄釜を用ゆ。故に釜皆筥中にあり。 「湯出菽(ゆでまめ)売り」 三都ともに夏月の夜、これを売る。特に困民の業とす。男子あり、あるいは婦あり。京坂は「湯出さや/\」と云う。鞘菽(さやまめ)と云うが故なり。江戸はこの菽を枝豆と云う。故にこれを売る詞も「枝豆や/\」と云う。また菽籠を、江戸は懐(いだ)き、京坂は肩にす。また江戸は菽の枝を去らず売る故に、枝豆と云う。京坂は枝を除き、皮を去らず売る故に、さやまめと云う。 「是斎(ぜざい)売り」 消暑の末薬(こなぐすり)なり。東海道草津駅の東に梅木村と云うあり。そこにこの薬舗五、六戸あり、一戸を是斎(ぜざい)と云う。けだし薬名和中散(わちゅうさん)を本とす。 「枇杷葉湯売り」 枇杷葉湯(びわようとう)は、これまた消暑の散薬なり。京師烏丸の薬店を本とす。三都皆これを称す。また三都同扮。けだし京坂は巡り売るを専らとし、江戸は橋上等に担い筥を居(お)きて、息(いこ)い売りを専らとす。 「錦魚売り」 金魚[錦魚なり。金魚と書きしは、予一時の誤りのみ(欄外本人注記)]は紅色の小魚。京坂は必ず各々白木綿の手甲脚絆甲掛けを用う。江戸は定扮なし。また京坂は、金魚桶上に柳合利(やなぎごうり)一ケを置く。これ皆旅人に扮する故なり。しかも三都とも各これを畜いて制する元店あり。 「簾(すだれ)売り」 初夏以来、三都ともに竹簾・菅簾・葭簀(よしず)等を売る。その扮定めなし。故に一夫を図す。 「心太売り」 心太、ところてんと訓ず。三都ともに夏月これを売る。けだし京坂、心太を晒したるを水鈍(すいとん)と号く。心太一個一文、水鈍二文。買いて後に砂糖をかけこれを食す。江戸、心太価二文。またこれを晒すを寒天と云い、価四文。あるいは白糖をかけ、あるいは醤油をかけこれを食す。京坂は醤油を用いず。 「虫売り」 蛍を第一とし、蟋蟀(こおろぎ)・松虫・鈴虫・轡虫(くつわむし)・玉虫・蝉(せみ)等声を賞するものを売る。虫籠の制、京坂麁(そ)なり。江戸精製なり。けだし虫売りは、専らこの屋台を路傍に居(お)きて売る者なり。巡り売ることを稀とす。 「暦売り」 京坂にては売り詞、「大小柱暦。巻暦」と云う。小板に両柱ありてこれを巻くを、巻暦と云う。江戸にはこれを巻かず。江戸にては「来年の大小柱暦、とじ暦」。閏月ある暦は、上の詞に続けて「閏あって十三ケ月の御調法」と云う。 「御鉢入れ売り」 (江戸 飯器畚図、京坂は飯器に応じて楕円に製造す)京坂にては「おひついれ」、江戸にては「おはちいれ」。ともに飯器を納る畚(かご)を云う。冬月、飯の冷ざるに備う器なり。古くよりあるにはあらざるべし。 「黒木売り」 洛北八瀨および大原より出で、薪柴等を洛中に売る。必ず婦の業とす。また必ず頭上に戴き巡る。またある時は階子・拍盤(うちばん)・横槌(よこつち)等を戴き、大阪および諸国に行き巡りてこれを売る。あるいは夏月、忍草または若海布(わかめ)をも売る。けだしうちばん・よこつち二品は、擣衣(とうい)の具なり。 「躑躅花(つつじ}売り」 初夏の頃、近き山家より来てこれを売る。四月八日、日天(にってん)に供うもこれなり。また蕨(わらび)を兼ね売る。 「揚昆布売り」 春の花観(はなみ)等の群集の所に売る。昆布の油揚げなり。 「艾(もぐさ)売り」 近江伊吹山を艾の名産とす。これを売る者、皆旅人に扮してかの売り子に矯(まげ)る。京坂はもぐさと云い、江戸はきうと云う。しかし切り艾は、きりもぐさと云う。 「乾物売り」 (乾物売りの荷)椎茸・木茸・干瓢・大豆・小豆・ひじき・ぜんまい・刻み海布・昆布・かづのこ・ごまめ・干鱈等を売る者、江戸には店売ありしのみ。京坂は店あり、また担い巡りて売るもあり。 「鯡(にしん)昆布巻売り」 鯡、江戸これを食す者稀なり。専ら猫の食とするのみ。京坂にては、自家にこれを煮る。あるいは昆布巻にす。ただ陌上担い売りは、昆布まきを製す。 「岩起(いわおこし)売り」 粔籹の一種なり。粔籹、おこしごめと訓ず。故に仮字して起と云う。岩は剛堅を云うなり。 「羽織紐直し」 天保中、始めて一夫大阪の市街を巡り、羽折の組紐の損したるを即時に修補す。その人老夫なりしか、今は没して、その男継ぎてこれを行う由を聞く。詞に曰く、「阿波橋羽織紐なおし、値段下直(げじき)に早速直し差上げます」。 「炮烙(ほうろく)売り」 京坂所用のほうろく鍋は、大和製を良とす。かの国より来りこれを売る。詞に、「大和ほうろく/\」と呼ぶ。けだし冬専ら売り来る。江戸にては、瓦器売りこれを兼売して、別にこの賈なし。 「薄板製の燈籠売り」 (灯篭の図)夏月、黄昏これを売る。薄く紙のごとく削り成る杉板を薄板と云い、これをもって小灯篭を造り、裡に赤紙を張り、これを火袋にし、また屋根板に竹を曲げて手とし、小蛤殻に油をいれ、木綿をよりてこれを油中に置き、これに燈を点す。 「竹馬古着屋」 竹具の四足なるを用う。故に竹馬と云う。天保以前、京坂さらに古着賈これなし。天保以来、江戸風を伝え一、二夫これを行う者あり。諸事近世は、江戸を京坂に伝え学ぶなり。 「冷水売り」 夏月、清冷の泉を汲み、白糖と寒晒粉(かんざらしこ)の団を加え、一椀四文に売る。売り詞、「ひゃっこい/\」と云う。京坂にては、この荷に似たるを路傍に居(お)きて売る。白糖のみを加え、冷水売りとは云わず。 「笊・味噌漉売り」 (笊・味噌漉売りの荷)笊籠・味噌こし・柄杓(ひしゃく)・杓子・水嚢(すいのう)・帚等の類を売る。詞に、「ざるや、みそこし」と云う。あるいは柄杓一種を売るあり。ま水嚢一種を携え、あるいはこれを売り、あるいは損を補う者あり。 「附木売り」 (附木売りの荷)金石より火を出し火口に伝え、再びまたこれを附木に伝う。すなわち薄き板、杮(こけら)頭に硫黄を粘したる物なり。 「苗売り」 (苗売りの荷)季春の頃、瓜・茄子・菽(まめ)・芋・とうもろこし等諸苗を畚(もっこ)七、八ヶに納れ担い売る。 「鮨売り」 三都ともに自店、あるいは屋台見世にてこれを売るあり。ただ京坂にこれを巡り売る者これなし。江戸にても、あるいは童子筥に納れてこれを肩(かつ)ぎ、あるいは御膳籠等を担ぎ売るもあり。初春には専ら小はだの鮨を呼び売る。(中略)また江戸にても、原(もと)は京坂のごとく筥鮨。近年はこれを廃して握り鮨のみ。 「水弾(みずはじき)売り」 水弾、俗に水鉄砲と云う。平日も稀に売り巡るといえども、特に烈風の日、あるいは火災後等いよ/\売り巡る。因みに曰う、路上売り巡る賈は、大約小戸群居の所を専らとする者多し。この器は中民以上を専らとす。小戸はこれを用うこと稀故なり。[編注:水弾は消火道具で、竹筒や金属製の筒に水を入れ、火元に向かって水を噴射した。局所的な消火や延焼防止に火消しや一般市民が火災の際に用いた] 「衣紋竹売り」 (衣文竹の寸法など)夏月これを売る。短竿なり。あるいは木を削り黒漆にしたるもあり。夏衣の汗を乾すの具なり。あるいは竹制の物は、笊・みそこし売り携え来るなり。 「白酒・白玉・歯磨き売り」 (白酒・白玉・歯磨き売りの荷) [白酒]春を専らとす。またこの賈の荷う所、必ず山川を唱す。桶上の筥は、硝子とくりを納む。[白玉]米粉を曝(さら)し製したるを寒晒しという。三都ともに乾物店等にてこれを売るなり。陌上売りは冷水に用うるを専らとして、夏月これを売る。[歯磨]三都ともに小間物売りはこれを兼ね売るといえども、これ一種を巡る売るは、京坂にいまだこれを見ざるなり。 「麹(こうじ)売り」 (麹売りの荷)米製の麹を売る。専ら中秋以降、冬に至りこれを売る。これ当季茄子の糀漬を製す家多きをもってなり。糀筥、京坂より小形にして粗製なり。 「乾海苔売り」 (乾海苔売りの荷)大略中冬以後、春に至りこれを売る。乾海苔は、今世大森村を昌とす。しかれどもなお浅草海苔を通名とす。またこれを売る者江人稀にして、多くは信人なり、かの国雪深くして冬季産に煩しきをもって、出府してこれを売り巡る。 「納豆売り」 (納豆売りの荷・経尺余の笊に納れ、前後二つを枴に掛け担う。[編注:この図は「浜名納豆・寺納豆」と呼ばれるものか]) 大豆を煮て室に一夜してこれを売る。昔は冬のみ。近年夏もこれを売り巡る。汁に煮あるいは醤油をかけてこれを食す。京坂には自製するのみ。店売りもこれなきか。けだし寺納豆とは異なるなり。寺納豆は味噌の属なり。 「墨渋屋」 これは専ら得意の家の求めに応ず。あるいは巡りてこれを問うもあり。桶二つに納れ担い、また小桶一つと刷毛とを携え来て、板塀および塀の腰板、また板庇等を塗る。 「蚊帳売り」 近江の富貴の江戸日本橋通一丁目等、その他諸坊に出店を構う者あり。専ら近江産の畳表・蚊帳の類を売るなり。この店より手代を売人に市街を巡らしむ。㡡(かや)は雇夫をもってこれを担うなり。その扮、図のごとく二人の菅笠、雇夫の半天、および蚊帳を納むるる紙張の籠ともに必ず新製を用う。またこの雇には専ら美声の者を択ぶ。雇夫、数日これを習いて後にこれを為す。売り詞、「萌木(もえぎ)のかや」。わずかの短語を一唱するの間に大略半町を緩歩す。声長く呼ぶこと、かくのごときなり。 「竹箒・草箒売り」 [竹箒売り]京坂は荒物店にてこれを売るのみ。江戸は荒物店および番太郎にもこれを売る。また簣に積みて荷い売り巡る。 [草箒売り]はゝきと云う草をもって造る。江戸にてこれを売ること、竹帚と同じく荒物店以下これを並べ売る。京坂は荒物にもこれを売らず、いわんや担い売り専らにこれなし。[編注:「番太郎」は江戸時代の自身番の番人で、物売りもした]。 「籧篨蓋(あじろふた)売り」 夏月これを売る。けだし江戸は専ら円形の飯器にして、鍮輪の桶に蓋も掾あり。夏は網代蓋をもってこれに代える。因みに云う、京坂これを用いず、夏月、小蒹をもって代え蓋す。因みに云う、京坂桶の飯器を俗に「おひつ」あるいは「めしびつ」と云い、黒漆の物を「おはち」という。江戸はすべて「おはち」と云う。 「塩辛売り」 (樽の全体に細繩を巻く)鰹・網海老・烏賊等の塩辛漬、および烏賊・鮑等の粕漬の類を売る。けだしこの類は、相小田原の名産とす。 「桜草売り」 (桜草 長 二、三寸・鉢 大小あり)さくら草は季春の此これを売る。瓦鉢に植える。 「銭蓙(ぜにござ)売り」 ぜにござは、反古紙を捻りて莚に編みて売る、大きさ畳と同じく、あるいは半疊の大きさもあり。市中の工はこれなく、内職と号して武家奴僕の私業なり。足軽の内職なり。 「饂飩屋・蕎麦屋」 [饂飩屋]京坂は店売り・担い売り、ともに饂飩を専らとし、蕎麦を兼ね売る。 [蕎麦屋]江戸は蕎麦を専らとし、饂飩を兼ね売る。けだしこの担い賈を、京坂ににて夜啼(よなき)き饂飩と云う。江戸にては、夜鷹(よたか)蕎麦と云う。また江戸夜蕎麦うりの屋台には、必ず一つ風鈴を釣る。京坂も天保以来、これを釣る者あり。 「茶飯売り」 京坂にこれなし。江戸にて夜二更後、これを売り巡る、茶飯と餡掛け納豆を売る。天保以来、江戸にて稲荷鮨と号(なづ)け、油あげ豆腐の中を裂き袋のごとくなして、内に飯を詰めてうることを始むる。これも茶飯と同じ荷なり。 [画像:国立国会図書館蔵] 『守貞謾稿(生業下)』に記された商い *以下は、書中に項目が立てられている商いで、書中にはこれ以外の商いも見られます。 *書中後半部分では、「京坂にあって江戸にないもの」「江戸にあって京坂にないもの」などの分類がなされていますが、ここではその点については触れていません。詳しくは原文 「巻之六 生業下 」 でお確かめください。 鮮魚売り・枯魚(ひもの)売り・菜蔬売り・豆腐売り・糊売り・油売り・花売り・荒神松売り・羅宇屋(らうや)・錠前直・鋳鉄師・磨師・下駄歯入れ・針売り・鏡磨き・眼鏡の仕替え・印肉の仕替え・瀬戸物焼接・紙屑買い・古傘買い・灰買い・臼の目立・鼠取り薬・箒売り・銅器売り・算盤直し・赤蛙売り・炭売り・醤油売り・塩売り・嘗物(なめもの)売り・漬物売り・新粉細工(しんこざいく)・飴細工・飴売り・菓子売り・弄物(もてあそびもの)売り・蕃板粉(とうがらし)売り・小間物売り・烟草売り・筆墨売り・還魂紙(かんこんし)売り・鰻蒲焼売り・挑灯(ちょうちん)張替え・蝋燭の流れ買い・植木売り・瓦器(かわらけ)売り・竿竹売り・はつり売り・生蕃椒売り・さぼん玉売り・海ほおずき売り・勝負附売り・輪替へ・按摩(あんま)・銭緡(ぜにさし)売り・奸賈(かんこ)・雪踏(せった)直し・際物師(きわものし)・甘酒売り・湯出菽(ゆでまめ)売り・是斎(ぜさい)売り・枇杷葉湯(びわようとう)売り・錦魚売り・簾(すだれ)売り・心太(ところてん)売り・虫売り・松茸売り・初茸売り・炭団(たどん)売り・暦売り・箱火鉢売り・御鉢いれ売り・黒木売り・躑躅花(つつじ)売り・揚昆布売り・螽(いなご)蒲焼売り・行灯(あんどん)仕替え・櫓(やぐら)直し・艾(もぐさ)売り・有馬篭(ありまかご)売り・乾物売り・鰊(にしん)昆布巻売り・鳥貝/ふか刺身売り・味噌屋・渋紙/敷衾(しきぶすま)売り・岩起(いわおこし)売り・羽織紐直し・焙烙(ほうろく)売り・蒸芋売り・薄板製の灯篭売り・揚げ昆布売り・竹馬古着屋・冷水売り・湯出鶏卵(ゆでたまご)売り・文庫売り・笊(ざる)/味噌漉(みそこし)売り・附木(つけぎ)売り・苗売り・蕣(あさがお)売り・鮨売り・水弾(みずはじき)売り・草履売り・衣紋竹売り・砂糖入り金時・納豆売り・白酒売り・白玉売り・歯磨き売り・麹(こうじ)売り・乾海苔売り・納豆売り・番附売り・払い扇筥買い・墨渋屋・竃(かまど)塗り・蚊帳(かや)売り・小紋屋売り・竹箒売り・革帯売り・三弦売り・簑(みの)売り・払い合羽(がっぱ)・籧篨蓋(あじろふた)売り・塩辛売り・看板書き・樽買い・稗蒔(ひえまき)売り・桜草売り・蕣花(あさがお)売り・葭戸(よしど)売り・御役人附売り・銭蓙(ぜにござ)売り・くご繩売り・饂飩屋・蕎麦屋・善哉(ぜんざい)売り・汁粉売り・上燗(じょうかん)おでん・茶飯売り 《『守貞謾稿』巻別目次 》 巻之一〔 時勢 〕 巻之二 〔 地理 〕欠 巻之三〔 家宅 〕 巻之四〔 人事 〕 巻之五〔 生業 上 〕 巻之六〔 生業 下 〕 巻之七〔 雑業 〕 巻之八〔 貨幣 〕 巻之九〔 男扮 〕 巻之十〔 女扮 上 〕 巻之十一〔 女扮 中 〕 巻之十二〔 女扮 下 〕 巻之十三〔 男服 上 〕 巻之十四〔 男服 中 〕 巻之十五〔 男服 下 〕 巻之十六〔 女服 〕 巻之十七 〔 女服 〕欠 巻之十八〔 雑服 付 雑事 〕 巻之十九〔 織染 〕 巻之二十〔 妓扮 〕 巻之二十一〔 娼家 上 〕 巻之二十二〔 娼家 下 〕 巻之二十三〔 音曲 〕 巻之二十四〔 雑劇 〕 巻之二十五〔 沐浴 〕 巻之二十六〔 春時 〕 巻之二十七〔 夏冬 〕 巻之二十八〔 遊戯 〕 巻之二十九〔 笠 〕 巻之三十〔 傘・履 〕 後集巻之一〔 食類 〕 後集巻之二〔 雑劇 補 〕 後集巻之三〔 駕車 〕 後集巻之四〔 雑器 及 囊 〕 後集巻之五〔 遊戯 〕欠 別冊 『守貞謾稿』全巻出現用語一覧 関連書籍を読む 『守貞謾稿』目次・トップページ スポンサーリンク スポンサーリンク スポンサーリンク おすすめサイト・関連サイト… スポンサーリンク