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白隠禅師坐禅和讃 |
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白隠禅師坐禅和讃 [一]
衆生本来仏なり
水と
氷の
如くにて
水を
離れて
氷なく
衆生の
外に
仏なし
衆生近きを
知らずして
遠く
求むるはかなさよ
譬えば
水の
中に
居て
渇を
叫ぶが
如くなり
長者の
家の
子となりて
貧里に
迷うに
異ならず
六趣輪廻の
因縁は
己が
愚痴の
闇路なり
闇路に
闇路を
踏そえて
いつか
生死を
離るべき
夫れ
摩訶衍の
禅定は
称歎するに
余りあり
布施や
持戒の
諸波羅蜜
念仏懺悔修行等
其品多き
諸善行
皆この
中に
帰するなり
一座の
功をなす
人も
積みし
無量の
罪ほろぶ
悪趣いずくに
有ぬべき
浄土即ち
遠からず
辱なくも
此の
法を
一たび
耳にふるる
時
白隠禅師坐禅和讃 [二]
讃歎 随喜する
人は
福を
得ること
限りなし
いわんや
自ら
回向して
直に
自性を
証すれば
自性即ち
無性にて
すでに
戯論を
離れたり
因果一如の
門ひらけ
無二無三の
道直し
無相の
相を
相として
行くも
帰るも
余所ならず
無念の
念を
念として
謡うも
舞うも
法の
声
三昧無礙の
空ひろく
四智円明の
月さえん
此の
時何をか
求むべき
寂滅現前する
故に
当所即ち
蓮華国
此の
身即ち
仏なり
白隠禅師坐禅和讃
衆生本来仏なり
水と 氷の 如くにて
水を 離れて 氷なく
衆生の 外に 仏なし
衆生近きを 知らずして 遠く 求むるはかなさよ
譬えば 水の 中に 居て 渇を 叫ぶが 如くなり
長者の 家の 子となりて 貧里に 迷うに 異ならず
六趣輪廻の 因縁は 己が 愚痴の 闇路なり
闇路に 闇路を 踏そえて
いつか 生死を 離るべき
夫れ 摩訶衍の 禅定は
称歎するに 余りあり
布施や 持戒の 諸波羅蜜
念仏懺悔修行等
其品多き 諸善行
皆この 中に 帰するなり
一座の 功をなす 人も
積みし 無量の 罪ほろぶ
悪趣いずくに 有ぬべき
浄土即ち 遠からず
辱なくも 此の 法を
一たび 耳にふるる 時
讃歎 随喜する 人は
福を 得ること 限りなし
いわんや 自ら 回向して
直に 自性を 証すれば
自性即ち 無性にて
すでに 戯論を 離れたり
因果一如の 門ひらけ
無二無三の 道直し
無相の 相を 相として
行くも 帰るも 余所ならず
無念の 念を 念として
謡うも 舞うも 法の 声
三昧無礙の 空ひろく
四智円明の 月さえん
此の 時何をか 求むべき
寂滅現前する 故に
当所即ち 蓮華国
此の 身即ち 仏なり
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