曹洞宗（そうとうしゅう）の経文（きょうもん）

修証義（しゅしょうぎ）〈第五章〉行持報恩（ぎょうじほうおん）

此（この）発菩提心（ほつぼだいしん）、多（おお）くは南閻浮（なんえんぶ）の人身（にんしん）に発心（ほっしん）すべきなり、今（いま）是（かく）の如（ごと）くの因縁（いんねん）あり、願生（がんしょう）此（し）娑婆（しゃば）国土（こくど）し来（きた）れり、見（けん）釈迦牟尼仏（しゃかむにぶつ）を喜（よろこ）ばざらんや。静（しず）かに憶（おも）うべし、正法（しょうぼう）世（よ）に流布（るふ）せざらん時（とき）は、身命（しんんめい）を正法（しょうぼう）の為（ため）に拠捨（ほうしゃ）せんことを願（ねご）うとも値（お）うべからず、正法（しょうぼう）に逢（お）う今日（こんにち）の吾等（われら）を願（ねご）うべし、見（み）ずや、仏（ほとけ）の言（のたま）わく、無上菩提（むじょうぼだい）を演説（えんぜつ）する師（し）に値（あ）わんには、種姓（しゅしょう）を観（かん）ずること莫（なか）れ、容顔（ようがん）を見（み）ること莫（なか）れ、非（ひ）を嫌（きろ）うこと莫（なか）れ、行（おこない）を考（かんが）うること莫（なか）れ、但（ただ）般若（はんにゃ）を尊重（そんじゅう）するが故（ゆえ）に、日日（にちにち）三時（さんじ）に礼拝（らいはい）し、恭敬（くぎょう）して、更（さら）に患悩（げんのう）の心（こころ）を生（しょう）ぜしむること莫（なか）れと。今（いま）の見仏聞法（けんぶつもんぽう）は仏祖面面（ぶっそめんめん）の行持（ぎょうじ）より来（きた）れる慈恩（じおん）なり、仏祖（ぶっそ）若（も）し単伝（たんでん）せずば、奈何（いか）にしてか今日（こんにち）に至（いた）らん、一句（いっく）の恩（おん）尚（ な ）お報謝（ほうしゃ）すべし、一法（いっぽう）の恩（おん）尚（ な ）お報謝（ほうしゃ）すべし、況（いわん）や正法眼蔵（しょうぼうげんぞう）無上大法（むじょうだいほう）の大恩（だいおん）これを報謝（ほうしゃ）せざらんや、病雀（びょうじゃく）尚（な）お恩（おん）を忘（わす）れず三府（さんぷ）の環（かん）能（よ）く報謝（ほうしゃ）あり、窮亀（きゅうき）尚（ な ）お恩（おん）を忘（わす）れず、余不（よふ）の印（いん）能（よ）く報謝（ほうしゃ）あり、畜類（ちくるい）尚（ な ）お恩（おん）を報（ほう）ず、人類（じんるい）争（いかで）か恩（おん）を知（し）らざらん。其（その）報謝（ほうしゃ）は余外（よげ）の法（ほう）は中（あた）るべからず、唯（ただ）当（まさ）に日日（にちにち）の行持（ぎょうじ）、其（その）報謝（ほうしゃ）の正道（しょうどう）なるべし、謂（いわ）ゆるの道理（どうり）は日日（にちにち）の生命（せいめい）を等閑（なおざり）にせず、私（わたくし）に費（つい）やさざらんと行持（ぎょうじ）するなり。光陰（こういん）は矢（や）よりも迅（すみや）かなり、身命（しんめい）は露（つゆ）よりも脆（もろ）し、何（いず）れの善巧（ぜんぎょう）方便（ほうべん）ありてか過（すぎ）ぎにし一日（いちにち）を復（ふたた）び環（かえ）し得（え）たる、徒（いたず）らに百歳（ひゃくさい）生（い）けらんは恨（うら）むべき日月（じつげつ）なり、悲（かなし）むべき形骸（けいがい）なり、設（たと）い百歳（ひゃくさい）の日月（じつげつ）は声色（しょうしき）の奴婢（ぬび）と馳走（ちそう）すとも、其（その）中（なか）一日（いちにち）の行持（ぎょうじ）を行取（ぎょうしゅ）せば一生（いっしょう）の百歳（ひゃくさい）を行取（ぎょうしゅ）するのみに非（あら）ず、百歳（ひゃくさい）の他生（たしょう）をも度取（どしゅ）すべきなり、此（この）一日（いちにち）の身命（しんめい）は尊（とうと）ぶべき身命（しんめい）なり、貴（とうと）ぶべき形骸（けいがい）なり、此（この）行持（ぎょうじ）あらん身心（しんじん）自（みず）からも愛（あい）すべし、自（みず）からも敬（うやま）うべし、我等（われら）が行持（ぎょうじ）に依（よ）りて諸仏（しょぶつ）の行持（ぎょうじ）見成（げんじょう）し、諸仏（しょぶつ）の大道（だいどう）通達（つうだつ）するなり、然（しか）あれば即（すなわ）ち一日（いちにち）の行持（ぎょうじ）是（こ）れ諸仏（しょぶつ）の種子（しゅし）なり、諸仏（しょぶつ）の行持（ぎょうじ）なり。謂（いわ）ゆる諸仏（しょぶつ）とは釈迦牟尼仏（しゃかむにぶつ）なり、釈迦牟尼仏（しゃかむにぶつ）是（こ）れ即心是仏（そくしんぜぶつ）なり、過去（かこ）現在（げんざい）未来（みらい）の諸仏（しょぶつ）、共（とも）に仏（ほとけ）と成（な）る時（とき）は必（かなら）ず釈迦牟尼仏（しゃかむにぶつ）となるなり、是（こ）れ即心是仏（そくしんぜぶつ）なり、即心是仏（そくしんぜぶつ）というは誰（たれ）というぞと審細（しんさい）に参究（さんきゅう）すべし、正（まさ）に仏恩（ぶつおん）を報（ほう）ずるにてあらん。