いろは歌・いろはガルタ・いろは双六『目次』 

京風いろは短歌稿
= 大田南畝/新場老漁 =

  • 京風いろは短歌稿」は、市井の見聞雑事を記した大田南畝おおたなんぽの随筆『半日閑話はんにちかんわ』に書かれているもので、このページの底本は、国立国会図書館所蔵の和古書『半日閑話 巻之一』です。
  • 『半日閑話』は、太田南畝の雑記帳「街談録」を基に後人が編纂したものとされます。『半日閑話』の大田南畝の筆名は新場老漁にいばろうぎょ

 大田 南畝(おおた なんぽ)

  • 寛延2年3月3日(1749年4月19日)生 (
  • 文政6年4月6日(1823年5月16日)没 (
  • 天明期を代表する文人・狂歌師であり、御家人。
  • 唐衣橘洲・朱楽菅江と共に狂歌三大家と言われる。
  • 名は覃(ふかし)。字は子耕、南畝は号。
  • 蜀山人(しょくさんじん)の名前でも知られる。
  • 縦書きで表示した「原文/翻刻」は、歴史的仮名遣いのまま変体仮名を現用に置き換えたものです。
  • 縦書きで表示した「読み下し」は、原文を現代仮名遣いにし、漢字交じりにするなどしたものです。ただし、原文の意味が取れない箇所もあり、読み下しは本来の文意を理解するための推定です。
 ・原文/翻刻(歴史的仮名遣い。*変体仮名は現用に置き換え)

大田南畝/新場老漁


京風いろは短歌稿


い いまそしる花の都の人心
ろ ろくなるものはさらになし
は はらは茶粥に豆のかて
に にても似つかぬうら〔ママ〕もて
ほ ほしかるものはせにとかね
へ へつらひいふて世をわたり
と となり近所もうとましく
ち ちかしき中をへたてつゝ
り りつはをかさるわる見へに
ぬ ぬつたりはけたりしら〳〵し
る るいに集るはかものゝ
を をしいほしゐの外はなし
わ わろも小めろもよくばりて
か かわゆけのなきそゞろぶし
よ よいものはたゝおやまにて
た たんとさすのか常にして
れ れんほれゝつとかきのめし
そ そらさぬ事か上手なり
つ つかひはたせははくじやうに
ね ねつきりはつきりやまひ切
な なさけしらすにつきはなし
ら らちもないめにあはせても
む むたひなことゝおもはねは
う うらむる客かあはうなり
ゐ ゐなかにまさるきたなさは
の のきをならふる町中で
お おいへさんでもいとさんでも
く くるりとまくつて立小便
や やまのなかなるかなしさは
ま まれにさかなのかほも見す
け けさのこんほはよへのはり
ふ ふくため塩さはおころより
こ こんふかよいとて節料理
え えらいしまつしやないかいな
て てんてにしはい見るときは
あ あさからわりこかつき出し
さ さしきの上のにきりめし
き きらをかされる其妻の
ゆ ゆもしは半分さらし也
め めに見るものはなに事も
み みゝにきゐたと大ちかい
し しらぬ京ものかたりをは
ゑ ゑとにくらへてうつく〔ママ〕しく
ひ ひとにかたろとおもへとも
も もつての外にけちくさし
せ せちくるしさかけたい也
す すめは都と申せとも
京 京にはあきはて申候

 右はへぬきの花の江戸っ子五七
   小へんくさき京都の旅館に戯述
 ・読み下し(現代仮名遣い・漢字交じり・振り仮名)

大田南畝/新場老漁


京風いろは短歌稿


い 今ぞ知る花の都の人心ひとごころ
ろ ろくなるものは更になし
は 腹は茶粥ちゃがゆに豆のかて
に 似ても似つかぬ裏表
ほ 欲しがるものは銭と金
へ へつらい言うて世を渡り
と 隣近所もうとましく
ち 近しき中を隔てつつ
り 立派を飾る悪見えに
ぬ 塗ったり剥げたり白々し
る 類に集まる馬鹿者の
を 惜しい欲しいの外はなし
わ わろも小めろも欲張りて
か 可愛かわゆげのなきそぞろ節
よ 良いものはただおやまにて
た たんとさすのが常にして
れ れんほれれっときのめし
そ そらさぬ事が上手なり
つ つかい果たせば薄情はくじょう
ね 根っ切り葉っ切り病い切り
な 情け知らずに突き放し
ら らちもない目に合わせても
む 無体むたいなことと思わねば
う 恨むる客が阿呆あほうなり
ゐ 田舎に勝る汚さは
の 軒を並ぶる町中で
お お家さんでもいとさんでも
く くるりとまくって立小便
や 山の中なる悲しさは
ま まれに魚の顔も見ず
け 今朝のごんぼは昨夜よべのばり
ふ ふくだめ塩鯖しおさばおごろより
こ 昆布が良いとてせち料理
え えらい始末じゃないかいな
て てんでに芝居見る時は
あ 朝からわりご担ぎ出し
さ 桟敷さじきの上の握り飯
き 綺羅きらかざれるの妻の
ゆ 湯文字ゆもじは半分さらなり
め 目に見るものは何事も
み 耳に聞いたと大違い
し 知らぬ京物きょうもの語りをば
ゑ 江戸に比べて美しく
ひ 人に語ろと思えども
も もっての外にけち臭さし
せ せちぐるしさが懈怠けたいなり
す 住めば都と申せども
京 京には飽き果てもうそろ

 右、生え抜きの花の江戸っ子五七     小便臭き京都の旅館に
  • 下の枠内の各音の1行目は原文です。変体仮名は現用に置き換えています。
  • 2行目は原文を現代仮名遣いにしたものです。1行目、3行目と同じ場合があります。
  • 3行目の 青い着色文字 は読み下しで、分かりやすくするために漢字交じりにするなどしています。 ただし、原文の意味が取れない箇所もあり、読み下しは本来の文意を理解するための推定です。
  •  いまそしる花の都の人心
  • いまぞしる花の都の人心
    今ぞ知る花の都の人心ひとごころ
    *「花の都の人心」の「人心」とした部分は、底本の国立国会図書館所蔵版では、一旦「都の心」と書き、その「心」の字の上に「人」の字を書いて「人心」としたように見える。写本の際に写し間違いをし、それを直したものか(画像参照)。
      
  •  ろくなるものはさらになし
  • ろくなるものはさらになし
    ろくなるものは更になし
  •  はらは茶粥に豆のかて
  • はらは茶粥に豆のかて
    腹は茶粥ちゃがゆに豆のかて
    *「かて」は、「かて」のことか。「糅」は、飯を炊く時に量を増すために混ぜ加えるもの。
    *「茶がゆに豆を混ぜて増やしたりしているんだよ」ということか。
  •  にても似つかぬうら〔ママ〕もて
  • にても似つかぬうらおもて
    似ても似つかぬ裏表
    *原文で「うら〔ママ〕 もて」とした部分は、底本の国立国会図書館所蔵版で「うらぬもて」と見える(画像参照)。「うらおもて」の誤記かと思われるので、ここでの現代仮名遣いでは「うらおもて」とした。
      
  •  ほしかるものはせにとかね
  • ほしがるものはぜにとかね
    欲しがるものは銭と金
  •  へつらひいふて世をわたり
  • へつらいゆうて世をわたり
    へつらい言うて世を渡り
  •  となり近所もうとましく
  • となり近所もうとましく
    隣近所もうとましく
  •  ちかしき中をへたてつゝ
  • ちかしき中をへだてつつ
    近しき中を隔てつつ
  •  りつはをかさるわる見へに
  • りっぱをかざるわる見えに
    立派を飾る悪見えに
  •  ぬつたりはけたりしら/\し
  • ぬったりはげたりしらじらし
    塗ったり剥げたり白々し
  •  るいに集るはかものゝ
  • るいに集るばかものの
    類に集まる馬鹿者の
  •  をしいほしゐの外はなし
  • おしいほしいの外はなし
    惜しい欲しいの外はなし
  •  わろも小めろもよくばりて
  • わろも小めろもよくばりて
    わろも小めろも欲張りて
    *「わろも小めろも」の意味は調査中。
  •  かわゆけのなきそゞろぶし
  • かわゆげのなきそぞろぶし
    可愛かわゆげのなきそぞろ節
  •  よいものはたゝおやまにて
  • よいものはただおやまにて
    良いものはただおやまにて
    *「おやま」は、女形ではなく下級遊女を指すか。
  •  たんとさすのか常にして
  • たんとさすのが常にして
    たんとさすのが常にして
  •  れんほれゝつとかきのめし
  • れんほれれっとかきのめし
    れんほれれっときのめし
    *「れんほれれ」の意味は調査中。
    *「掻きのめす」は、うまいことを言って夢中にさせること。
  •  そらさぬ事か上手なり
  • そらさぬ事が上手なり
    そらさぬ事が上手なり
  •  つかひはたせははくじやうに
  • つかいはたせばはくじょうに
    つかい果たせば薄情はくじょう
  •  ねつきりはつきりやまひ切
  • ねっきりはっきりやまい切り
    根っ切り葉っ切り病い切り
    *「根っ切り葉っ切り」は、何もかもすべて。ことごとく。根こそぎなどの意。根切り葉切りに同じ。
    *「やまい切り」は「病い切り」か。
    *ここでは、「病気も何も全て治してしまおう」といった意か。
  •  なさけしらすにつきはなし
  • なさけしらずにつきはなし
    情け知らずに突き放し
  •  らちもないめにあはせても
  • らちもないめにあわせても
    らちもない目に合わせても
  •  むたひなことゝおもはねは
  • むたいなこととおもわねば
    無体むたいなことと思わねば
  •  うらむる客かあはうなり
  • うらむる客があほうなり
    恨むる客が阿呆あほうなり
  •  ゐなかにまさるきたなさは
  • いなかにまさるきたなさは
    田舎に勝る汚さは
  •  のきをならふる町中で
  • のきをならぶる町中で
    軒を並ぶる町中で
  •  おいへさんでもいとさんでも
  • おいへさんでもいとさんでも
    お家さんでもいとさんでも
  •  くるりとまくつて立小便
  • くるりとまくって立小便
    くるりとまくって立小便
  •  やまのなかなるかなしさは
  • やまのなかなるかなしさは
    山の中なる悲しさは
  •  まれにさかなのかほも見す
  • まれにさかなのかおも見ず
    まれに魚の顔も見ず
  •  けさのこんほはよへのはり
  • けさのごんぼはよべのばり
    今朝のごんぼは昨夜よべのばり
    *「ごんぼ」は「ごぼう」のこと。
    *「ばり」は、「ばかり」の意か。
  •  ふくため塩さはおころより
  • ふくだめ塩さばおごろより
    ふくだめ塩鯖しおさばおごろより
    *「ふくだめ」は、巻き貝の一種の「とこぶし」のことか。
  •  こんふかよいとて節料理
  • こんぶがよいとて節料理
    昆布が良いとてせち料理
  •  えらいしまつしやないかいな
  • えらいしまつじゃないかいな
    えらい始末じゃないかいな
  •  てんてにしはい見るときは
  • てんでにしばい見るときは
    てんでに芝居見る時は
  •  あさからわりこかつき出し
  • あさからわりごかつぎ出し
    朝からわりご担ぎ出し
    *わりごは、破子・破籠 (わりご)のことか。わりごとはヒノキなどの白木で作った、中に仕切りのある弁当箱の一種。
  •  さしきの上のにきりめし
  • さじきの上のにぎりめし
    桟敷さじきの上の握り飯
  •  きらをかされる其妻の
  • きらをかざれる其の妻の
    綺羅きらかざれるの妻の
  •  ゆもしは半分さらし也
  • ゆもじは半分さらし也
    湯文字ゆもじは半分さらなり
  •  めに見るものはなに事も
  • めに見るものはなに事も
    目に見るものは何事も
  •  みゝにきゐたと大ちかい
  • みみにきいたと大ちがい
    耳に聞いたと大違い
  •  しらぬ京ものかたりをは
  • しらぬ京ものかたりをば
    知らぬ 京物きょうもの 語りをば
  •  ゑとにくらへてうつく〔ママ〕しく
  • えどにくらべてうつくしく
    江戸に比べて美しく
    *原文で「うつく〔ママ〕しく」とした部分は、底本の国立国会図書館所蔵版に「うつくつしく」とある(画像参照)。
      
    *現代仮名遣いでは「うつくしく」としたが、これを誤記ではなく「うっくつしく」などと捉えて、他の意味を持たせるのかは不明。「うっくつ」として、「鬱屈」の字を当てると「美しく」の全く逆の意味になり、これを意図したかどうかは不明。
  •  ひとにかたろとおもへとも
  • ひとにかたろとおもえども
    人に語ろと思えども
  •  もつての外にけちくさし
  • もっての外にけちくさし
    もっての外にけち臭さし
  •  せちくるしさかけたい也
  • せちぐるしさがけたい也
    せちぐるしさが懈怠けたいなり
    *「懈怠」は、なまけること。
  •  すめは都と申せとも
  • すめば都と申せども
    住めば都と申せども
  •  京にはあきはて申候
  • 京にはあきはて申候
    京には飽き果てもうそろ
    *「申候」は、「もうしそうろう」が一般的な読み方であるが、このページでの読みは「もうしそろ」の語呂からこれを採用した。
    *この部分を「かしく」とする翻刻もある。「かしく」は「かしこ」に同じ、女性が手紙の末に添えることば。
  •  右はへぬきの花の江戸っ子五七
       小へんくさき京都の旅館に戯述
  •  右、生え抜きの花の江戸っ子五七
       小便臭き京都の旅館に

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Last updated : 2024/06/28