作 家
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作 品
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田山花袋 |
【蒲団】 ハイカラな庇髪(ひさしがみ)、櫛(くし)、リボン、洋燈の光線がその半身を照して、一巻の書籍に顔を近く寄せると、言うに言われぬ香水のかおり、肉のかおり、女のかおり−−書中の主人公が昔の恋人に「ファースト」を読んで聞かせる段を講釈する時には男の声も烈しく戦(ふる)えた。 |
芥川龍之介 |
【芭蕉雑記】 芭蕉は一巻の書も著はしたことはない。所謂芭蕉の七部集(しちぶしふ)なるものも悉(ことごとく)門人の著はしたものである。これは芭蕉自身の言葉によれば、名聞(みやうもん)を好まぬ為だつたらしい。 |
夏目漱石 |
【虞美人草】 糢糊(もこ)たる夢の大いなるうちに、燦(さん)たる一点の妖星(ようせい)が、死ぬるまで我を見よと、紫色の、眉(まゆ)近く逼(せま)るのである。女は紫色の着物を着ている。 静かなる昼を、静かに栞(しおり)を抽(ぬ)いて、箔(はく)に重き一巻を、女は膝の上に読む。 |
太宰治 |
【二十世紀旗手−−(生れて、すみません。)】 見るがいい、君の一点の非なき短篇集「晩年」とやらの、冷酷、見るがいい。傑作のお手本、あかはだか苦しく、どうか蒲(がま)の穂敷きつめた暖き寝所つくって下さいね、と眠られぬ夜、蚊帳(かや)のそとに立って君へお願いして、寒いのであろう、二つ三つ大きいくしゃみ残して消え去った、とか、いうじゃないか。わが生涯の情熱すべてこの一巻に収め得たぞ、と、ほっと溜息もらすまも無し、罰だ、罰だ、神の罰か、市民の罰か、困難不運、愛憎転変、かの黄金の冠を誰知るまいとこっそりかぶって鏡にむかい、にっとひとりで笑っただけの罪、けれども神はゆるさなかった。 |
泉鏡花 |
【七宝の柱】 「御参詣の方にな、お触(さわ)らせ申しはいたさんのじゃが、御信心かに見受けまするで、差支えませぬ。手に取って御覧なさい、さ、さ。」 と腰袴(こしばかま)で、細いしない竹の鞭(むち)を手にした案内者の老人が、硝子蓋(がらすぶた)を開けて、半ば繰開(くりひら)いてある、玉軸金泥(ぎょくじくこんでい)の経(きょう)を一巻、手渡しして見せてくれた。 その紺地(こんじ)に、清く、さらさらと装上(もりあが)った、一行金字(いちぎょうきんじ)、一行銀書(いちぎょうぎんしょ)の経である。 |
竹久夢二 |
【砂がき】 ある時代に空想したやうに一輛の馬車に、バイブル一卷、バラライカ一挺、愛人と共に荒野を漂ふジプシーの旅に任しゆく氣輕さは、いまはあまりに寂しい空想である。けれど、煉瓦塀の上にガラスの刄を植ゑた邸宅の如きが凡てなくならない限り、自由住宅の時代は來ないであらう。 |
巌谷小波 |
【こがね丸】 奇獄小説に読む人の胸のみ傷(いた)めむとする世に、一巻の穉(おさな)物語を著す。これも人真似(まね)せぬ一流のこころなるべし。欧羅巴(ヨーロッパ)の穉物語も多くは波斯(ペルシア)の鸚鵡冊子(おうむさっし)より伝はり、その本源は印度の古文にありといへば、東洋は実にこの可愛らしき詩形の家元なり。 |
寺田寅彦 |
【厄年とetc.】 これだけの負債を弁済する事が生涯に出来るかどうか疑わしい。しかし幸か不幸か債権者の大部分はもうどこにいるか分らない。一巻の絵巻物が出て来たのを繙(ひもと)いて見て行く。始めの方はもうぼろぼろに朽ちているが、それでもところどころに比較的鮮明な部分はある。 |
折口信夫 |
【死者の書】 横佩家の郎女が、称讃浄土仏摂受経(しょうさんじょうどぶつしょうじゅぎょう)を写しはじめたのも、其頃からであった。父の心づくしの贈り物の中で、一番、姫君の心を饒(にぎ)やかにしたのは、此新訳の阿弥陀経(あみだきょう)一巻(いちかん)であった。 |
中里介山 |
【大菩薩峠 弁信の巻】 「もう最初からとりかかっておりますよ、白骨絵巻といったようなものを目論(もくろ)んでおりましてな、この宿の冬籠りの皆さんを中心に、白骨の内外を取りまぜて、一巻の絵巻物にしつらえようと、実はひそかに下絵に取りかかっておりました」 |
岡本かの子 |
【ダミア】 ダミアを取り去るときダミアの顧客に慰む術は無い。同じ意味からいつて彼女の芸は巴里の哀れさ寂しさをしみじみ秘めた小さいもろけた小屋ほど適する。ルウロップ館ではまだ晴やかで広すぎる。矢張りモンパルナス裏のしよんぼりした寄席のボビノで聞くべきであらう。これを誤算したフランスの一映画会社が彼女をスターにして大仕掛けのフィルム一巻をこしらへた。しかしダミアはどうにも栄えなかつた。 |
小栗虫太郎 |
【聖アレキセイ寺院の惨劇】 しかし、それ以前に一つの仕掛を用意しておく必要がありました。と云うのが一巻の感光膜(フィルム)でして、それを鉄管から動力線までの垂直線より少し長めに切って、その全長に渉って直線に一本引いた膠剤の上に、アルミニウム粉を固着させておいたのです。さてそれから、その側を内にして巻いた端に輪形を作ったのですが、その一巻の感光膜(フィルム)を短剣の発見場所だった紙鳶に結びつけて、飛ばせました。 |
作者不詳 国民文庫 (明治44年) |
【義経記】 悪くは法師になして、経の一巻も読ませたらば、僧党の身として罪作らんより勝るべし」と申されければ、さらばとて叔母に取らせける。 |
作者不詳 国民文庫 (明治43年) 校訂: 古谷知新 |
【源平盛衰記】 其後又弥陀経一巻、懺法早らかに一巻読けるが、六根段に懸けるに、暁の野寺の鐘の声、五更空にぞ響ける。 |