作 家
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作 品
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大町桂月 |
【月譜】 俗気なき人と碁をかこみて、黄昏に至りて、碁の目見えわかねば、しばし子を下す手をとゞめて、浮世の外のこと語らふほどに、眉目いつしかあきらかになれるに、顧みれば梅が枝まるまどにうつりて、さながら一幅の墨画の如し。 |
國木田獨歩 |
【少年の悲哀】 如何(いか)にも樂しさうな花やかな有樣であつたことで、然し同時に此花やかな一幅の畫圖を包む處の、寂寥たる月色山影水光を忘るゝことが出來ないのである。 |
寺田寅彦 |
【連句雑俎】 ヒアガルの絵のように一幅の画面に一見ほとんど雑然といろいろなものを気違いの夢の中の群像とでもいったように並べたのがある。 |
石川啄木 |
【葬列】 目を轉ずると、杉の木立の隙(すき)から見える限り、野も山も美しく薄紅葉して居る。宛然(さながら)一幅の風景畫の傑作だ。周匝(あたり)には心地よい秋草の香が流れて居る。 |
島崎藤村 |
【夜明け前 第二部 下】 「暮田さん、あなたにお目にかけるものがある。」 と言って、半蔵は一幅の軸を袋戸棚(ふくろとだな)から取り出した。それを部屋(へや)の壁に掛けて正香に見せた。 |
宮本百合子 |
【自然描写における社会性について】 窓によって外を眺めると、田圃の稲の青々と繁ったところに、蓑笠つけて一人の農夫が濡れながら鍬をかついで歩いてゆく。その姿を一幅の風景画と見たてて、ああ、いい景色だとだけ眺め得る人もあるであろう。その人々は、自分で雨にぬれる必要がないから、雨中労働をしなければならない農夫の感情がどうであろうかとは直接考えられない。同時に、稲のできばえによって、年貢の上り高がちがう地主が、自己の利害の打算から、その季節と雨とが作物に及ぼす関係を敏感に計算する、その感情の生々しさも理解し得ないであろう。 |
泉鏡花 |
【凱旋祭】 さればこそ前(ぜん)申上げ候通り、ただうつくしく賑(にぎや)かに候ひし、全市の光景、何より申上げ候はむ。ここに繰返してまた単に一幅(いっぷく)わが県全市の図は、七色を以てなどりて彩られ候やうなるおもひの、筆執(と)ればこの紙面(しめん)にも浮びてありありと見え候。 |
夏目漱石 |
【吾輩は猫である】 昔(むか)し以太利(イタリー)の大家アンドレア・デル・サルトが言った事がある。画をかくなら何でも自然その物を写せ。天に星辰(せいしん)あり。地に露華(ろか)あり。飛ぶに禽(とり)あり。走るに獣(けもの)あり。池に金魚あり。枯木(こぼく)に寒鴉(かんあ)あり。自然はこれ一幅の大活画(だいかつが)なりと。どうだ君も画らしい画をかこうと思うならちと写生をしたら」 |
岡本かの子 |
【かの女の朝】 墓地を出て両側の窪(くぼ)みに菌(きのこ)の生(は)えていそうな日蔭(ひかげ)の坂道にかかると、坂下から一幅(いっぷく)の冷たい風が吹き上げて来た。 |
芥川龍之介 |
【素戔嗚尊】 何時間か過ぎた後(のち)、失神した彼はおもむろに、砂の上から起き上った。彼の前には静な湖が、油のように開いていた。空にはまだ雲が立ち迷ってただ一幅の日の光が、ちょうど対岸の山の頂へ帯のように長く落ちていた。そうしてその光のさした所が、そこだけほかより鮮(あざや)かな黄ばんだ緑に仄(ほの)めいていた。 |
泉鏡花 |
【竜潭譚(りゆうたんだん)】 禿顱(とくろ)ならびゐる木のはしの法師ばら、何をかすると、拳(こぶし)をあげて一人(にん)の天窓(あたま)をうたむとせしに、一幅(ひとはば)の青き光颯(さつ)と窓を射て、水晶の念珠(ねんじゆ)瞳(ひとみ)をかすめ、ハツシと胸をうちたるに、 |