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■ Wikipediaによる解説 ■
座喜味城(ざきみぐすく・ざきみじょう)は、沖縄県中頭郡読谷村にあるグスク(城)である。
1416年-1422年に読谷山の按司護佐丸(ごさまる)が築城したとされている。城門のアーチに楔石を用いており、アーチ門では古い形態とされる。
沖縄戦前には日本軍の砲台や、戦後には米軍のレーダー基地が置かれたため一部の城壁が破壊されたが、城壁の復元が行われた。
1972年(昭和47年)5月15日、沖縄の本土復帰と同時に国の史跡に指定されたが、米軍基地として使用されていた部分は指定し得なかったため、返還を機に追加指定された。ただし、現状変更のあった部分(西側道路部分)についてはのちに指定を解除している。
2000年11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されている(登録名称は座喜味城跡)。城内で演劇が行われるなど、広く利用されている。城跡の高台から西側を望むと残波岬や、晴れた日には慶良間諸島も眺めることができる。
座喜味城
(沖縄県) |
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別名 | 読谷山城 |
城郭構造 | 山城 |
天守構造 | なかったと推測 |
築城主 | 伝・護佐丸 |
築城年 | 1416年-1422年 |
主な城主 | 護佐丸ほか |
廃城年 | 16世紀 |
遺構 | 石垣、郭 |
指定文化財 | 国の史跡 世界遺産(琉球王国のグスク及び関連遺産群) |
位置 | 北緯26度24分29.3秒/東経127度44分31.9秒 |
沖縄戦前には日本軍の砲台や、戦後には米軍のレーダー基地が置かれたため一部の城壁が破壊されたが、城壁の復元が行われた。
1972年(昭和47年)5月15日、沖縄の本土復帰と同時に国の史跡に指定されたが、米軍基地として使用されていた部分は指定し得なかったため、返還を機に追加指定された。ただし、現状変更のあった部分(西側道路部分)についてはのちに指定を解除している。
2000年11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されている(登録名称は座喜味城跡)。城内で演劇が行われるなど、広く利用されている。城跡の高台から西側を望むと残波岬や、晴れた日には慶良間諸島も眺めることができる。
[座喜味城] - 引用した Wikipedia の情報は更新されている場合があります。
(2014年2月9日 (日) 02:40 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
(2014年2月9日 (日) 02:40 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
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〔座喜味城跡〕日本・沖縄県 〈世界遺産:琉球王国のグスク及び関連遺産群〉
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