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阿諛佞弁
あゆねいべん
作家
作品

田中正造

【非常歎願書】

四、然るに栃木県会ハ此重大事件を軽々に議決して他県の利害を顧みず又自県の興廃を慮らず、而して栃木県庁ハ強て非を是として買収の奸策を遂行せんと欲し、村民に対して農事の妨害を加へ村民の安寧を害し猾策陰謀至らざるなし。今其事実の二三を左に列挙すべし。
(イ)栃木県庁ハ谷中村買収を行ふに当り、村役場を占領して村民誘拐の事務所とし黄白を散じて良民を惑乱し或ハ威嚇し、而して誘拐したる人民を冷遇しつゝあり。然かも父祖の遺業に安居して天産に衣食せる人民は悠々として世故に迂なるを以て四年の水害に苦しみ四年の凶斂に悩み、更に居村滅亡の猾策に遭ふも詭弁甘言の惑ハす処となりて自ら陥穽に墜落するを知らざるなり。其愚直なる寧ろ憫れむべきに非ずや。
(ロ)村民中買収の手先きとなりて官より報酬を受け居る悪徒ハ一人にても多く誘拐して移住せしむれバ自己の利益となるが故に、阿諛佞弁を以て良民を欺罔し之を誘拐して窮地に陥ることを勉めつゝあり。之に依りて生ずる弊害は実に少からずして犯罪的行為も亦公行されつゝあり。彼等悪徒ハ区々たる銅臭のために其良心を汚涜せられ同郷の友を殺して私利を貪るに汲々たり。嗚呼されば彼等を馳て悪徒たらしめたる者ハ果して誰ぞや。

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北村透谷

【徳川氏時代の平民的理想】

 およそ社界の組織、封建制度ほど不権衡なるものはあらず、而して徳川氏の封建制度極めて完成したるものなりし事を知らば、社界の一方にヂスコンテンションの黒雲も亦た彼の如くに広大なりしものあらざりしを見るべし。その不平の黒雲の尤も多く宿るところは、尤も深く人間の霊性を備へたる高尚なる平民の上にあり。阿諛佞弁あゆねいべんをもて長上に拝服するは小人の極めて為し易きところにして、高潔なる性格ある者に取りて極めて難しとするところなり。もし今よりして当時の平民の心裡の実情を描けば、あはれ彼等は蠖蟄くわくちつの苦を甘んずるにあらざれば、放縦豪蕩にして以て一生を韜晦たうくわいし去るよりほかはなかりしなり。一種の虚無思想、彼等の心性上に広大なる城郭を造りて、彼等をして己れの霊活なる高尚の趣味を自殺せしめ、希望なく生命なき理想境に陥歿し入らしめたり。

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Last updated : 2024/06/28