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八面玲瓏
はちめんれいろう
心が清らかに澄みきって、何のわだかまりもないこと。また、そのさま。どこから見ても曇りなく美しくて鮮明なさま。だれとでも円満、かつ巧妙に交際ができること。
作家
作品

樋口一葉

【琴の音】

 頃は神無月はつ霜この頃ぞ降りて、紅葉の上に照る月の、誰が(と)にかけて(みが)きいだしけん、老女が化粧(けはひ)のたとへは凄し、天下一面くもりなき影の、照らすらん大廈(たいか)も高楼も、破屋わらやの板間の犬の臥床(ふしど)も、さては(う)もれ(みづ)人に捨てられて、蘆のかれ葉に霜のみ冴ゆる古宅の池も、(かけひ)のおとなひ心細き山した(いほ)も、田のもの案山子(かがし)も小溝の流れも、須磨も明石も松島も、ひとつ光りのうちに包みて、清きは清きにしたがひ、濁れるは濁れるまに/\、八面玲瓏一点無私のおもかげに添ひて、 (すみ)のぼる琴のね何処までゆくらん、うつくしく面白く、清く尊く、さながら天上の楽にも似たりけり。

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夢野久作

【暗黒公使(ダーク・ミニスター)】

 私は急に気分が引き締って来るのを感じた。一事、一物も見逃してはならないぞ……後で笑われるような軽卒な事をするまいぞ……死生を超越した八面玲瓏れいろうの働きをするのだぞ……そうして徹底的にやっつけるのだぞ……と改めて自分自身に云い聞かすように考えながら、もう一度腰のポケットを撫でてみた。全く、これ程のものを相手にしたのは今度が初めてである。

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内田魯庵

【淡島椿岳 ――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド――】

 伊藤は牙籌がちゅう一方の人物で、眼に一丁字なく、かつて応挙おうきょ王昭君おうしょうくんの幅を見て、「椿岳、これは八百屋やおやお七か」といたという奇抜な逸事を残したほどの無風流漢であった。随って商売上武家と交渉するには多才多芸な椿岳の 斡旋とりもちを必要としたので、八面玲瓏れいろうの椿岳の才機は伊藤を助けて算盤玉以上に伊藤をもうけさしたのである。

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長谷川時雨

【明治美人伝】

明治の御代に生れたわたしは、何時もそれをほこりにしている。一天万乗ばんじょうの大君の、御座ぎょざかたわらにこの后がおわしましてこそ、日の本は天照大御神の末で、東海貴姫国とよばれ、八面玲瓏れいろう玉芙蓉峰ぎょくふようほうを持ち、桜咲く旭日あさひの煌く国とよぶにふさわしく、『竹取物語』などの生れるのもことわりと思うのであった。

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岸田國士

【青年の矜りと嗜み ――力としての文化 第四話】

 しかしながら、こゝで注意すべきことは、いはゆる「八面玲瓏」殊に「八方美人」といふやうなことが必ずしも「嗜み」ではないといふことです。これはむしろ「性格」そのものでありまして、訓練によつて磨かれた「勘」ではなく、この「性格」はどうかすると、「老獪」または「軽薄」に通じます。多くは「八面玲瓏」の油断のならなさ、「八方美人」の頼りなさが誰の眼にもそれと感じられ、もうそれが感じられるだけで、その人物は、それだけの人物だといふことがわかるのであります。

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高祖保

【雪】

雪は紋をつくる。皷の、あふぎの、羊歯の紋。
六花。十二花。砲弾の紋。

江州ひこね。ひこね桜馬場。さくらの並木。

すつぽり、雪ごもりの街区。

星のうごかぬ、八面玲瓏けぶり澄んだ、銀張りの夜。

早寝のとこで聴いてゐる。……プラステイックな宇宙コスモスのしはぶきを。(このとき、地球はまりほどの大きさしかない)

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木暮理太郎

【二、三の山名について】

坪井正五郎、志賀重昂、久保天随の博士学士を始め、アイヌ語に精通せりといふバチエラー氏までが、異口同音にフチは火の義であり、富士山は火山である為に其名を得たと唱道するのは甚しき杜撰の説で、迂闊極まるには驚かざるを得ない。フヂは明にアイヌ語ではあるが、それは雪白の髪を被った老婆の意である、例へば火の神はアベ・カムイといふ可きであるが、土人はさうはいはないで之をアベ・フチといふてゐる、つまり火のお婆さんといふことで、多大の愛敬の意を含む言葉である、丁度千古の雪を戴いた八面玲瓏の富士山の姿がアイヌ達の白髪を被ったお婆さんと似てゐるので、此名山を呼ぶにフチを以てするに至つたことは、一点の疑ふ可き余地がない。

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吉川英治

【三国志 篇外余録】

 もちろん彼も人間である以上その性格的短所はいくらでも挙げられようが、――それらの八面玲瓏れいろうともいえる多能、いわゆる玄徳が敬愛おかなかった大才というものはちょっとこの東洋の古今にかけても類のすくない良元帥りょうげんすいであったといえよう。

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Last updated : 2024/06/28