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百鬼夜行
ひゃっきやこう
ひゃっきやぎょう
作家
作品

芥川龍之介

【地獄変】

 それでございますから、二条大宮の百鬼夜行(ひやつきやぎやう)に御遇ひになつても、格別御障(おさは)りがなかつたのでございませう。又陸奥(みちのく)の塩竈(しほがま)の景色を写したので名高いあの東三条の河原院に、夜な/\現はれると云ふ噂のあつた融(とほる)の左大臣の霊でさへ、大殿様のお叱りを受けては、姿を消したのに相違ございますまい。

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芥川龍之介

【邪宗門】

ただ、その度に皮肉な御微笑を、あの癖のある御口元にちらりと御浮べになりながら、一言二言(ひとことふたこと)鋭い御批判を御漏(おも)らしになるばかりでございます。
 いつぞや大殿様が、二条大宮の百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)に御遇いになっても、格別御障りのなかった事が、洛中洛外の大評判になりますと、若殿様は私(わたくし)に御向いになりまして、「鬼神(きじん)が鬼神に遇うたのじゃ。

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森鴎外

【ヰタ・セクスアリス】

 夏休から後は、僕は下宿生活をすることになった。古賀や児島と毎晩のように寄席(よせ)に行く。一頃悪い癖が附いて寄席に行かないと寝附かれないようになったこともある。講釈に厭(あ)きて落語を聞く。落語に厭きて女義太夫をも聞く。寄席の帰りに腹が減って蕎麦(そば)屋に這入ると、妓夫が夜鷹(よたか)を大勢連れて来ていて、僕等はその百鬼夜行の姿をランプの下に見て、覚えず戦慄(せんりつ)したこともある。しかし「仲までお安く」という車なぞにはとうとう乗らずにしまった。

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島崎藤村

【夜明け前 第二部下】

「訴人だ、訴人だ」と言って互いに呼びかわした人たちの声はまだ彼の耳にある。何か不敬漢でもあらわれたかのように、争って彼の方へ押し寄せて来た人たちの目つきはまだ彼の記憶に新しい。けれどもそういう大衆も彼の敵ではなかった。暗い中世の墓場から飛び出して大衆の中に隠れている幽霊こそ彼の敵だ。明治維新の大きな破壊の中からあらわれて来た仮装者の多くは、彼にとっては百鬼夜行の行列を見るごときものであった。皆、化け物だ、と彼は考えた。

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泉鏡花

【夜叉ヶ池】

椿 (立って一方を呼ぶ。)召します。姫様(ひいさま)が召しますよ。
鯉七 (立上がり一方を)やあ、いずれも早く。(と呼ぶ。)
眷属(けんぞく)ばらばらと左右に居流る。一同得(え)ものを持てり。扮装(いでたち)おもいおもい、鎧(よろい)を着(つけ)たるもあり、髑髏(どくろ)を頭(かしら)に頂くもあり、百鬼夜行の体(てい)なるべし。
虎杖 虎杖入道(いたどりにゅうどう)。
鯖江 鯖江(さばえ)ノ太郎。
鯖波 鯖波(さばなみ)ノ次郎。
この両個、「兄弟のもの。」と同音に名告(なの)る。

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宮本百合子

【獄中への手紙 一九三九年(昭和十四年)】

あなたがここの点の多難性を芸術の本質と現実のありようとの関係に立って明らかに観て、ユリの勉強のむずかしさを考えて下さるのは、本当にうれしい。(当然であるけれども、あなたからすれば)ここいらのところに多くの複雑なものがこもっていて、云って見れば百鬼夜行の出発点ともなっているのですから。消してしまおうとするものによって消されてしまっては仕方がない。

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坂口安吾

【裏切り】

二人は毎晩軌道を無視してメートルをあげ、わけの判別ができなくなってもゲラゲラ笑って乾盃をつづけていました。
 他人が見ると百鬼夜行の中から一番ダラシのないのが二匹ハミだしてメートルをあげているようなもので、そこに純粋の友情が育まれて二人の胸がシッカと結ばれていることなぞは、当人以外に分りッこなかったのです。

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折口信夫

【万葉びとの生活】

教養あるものは、笑うてゐたが、妻敵(メガタキ)うちは近世まで、武士の間に行はれてゐた。此を笑ふ武士と、これを面晴れと考へる武士とが、尠くとも、二三百年は対立して来た。
江戸より前の武家の家庭では、後妻(ウハナリ)うちが頻々と行はれた。誠に今も残つてゐる絵が示す様な、百鬼夜行を見る程な荒い復讎手段であつた。相手の家の雑作調度を、大ぜいで攻めかけて壊して来る。其が悪事とは、考へられてゐなかつたのである。

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岸田劉生

【ばけものばなし】

 これは怪談をするのではない、ばけものについて、いろいろと考えた事や感じたこと等、思い出すままに描いてみようと思うのである。画工である私は、ばけものというものの興味を、むしろ形の方から感じている。そんな訳で、私の百鬼夜行絵巻も文の間に添えておこうと思う。


 次にそれなら何故妖怪には足があるか、三つ目入道、河童(かっぱ)、天狗等のポピュラーなものから、前述、あかなめ、こだま、かあにょろ、朱(しゅ)の盤、等の特殊な妖怪に至るまで皆、五体をそなえた現実的な姿をしている。かまくら時代の百鬼夜行の絵巻物には、この妖怪がへんに生々(なまなま)しくかけているが、皆足を持ち、様々な姿態をつくして活動している。

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寺田寅彦

【化け物の進化】

 化け物がないと思うのはかえってほんとうの迷信である。宇宙は永久に怪異に満ちている。あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。それをひもといてその怪異に戦慄(せんりつ)する心持ちがなくなれば、もう科学は死んでしまうのである。

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押川春浪

【本州横断 癇癪徒歩旅行】

この山中諸所(ところどころ)の孤村では、今宵の月景色を背景に、三々五々男女相集(あいあつま)って盛んに盆踊りをやっているが、我が一行の扮装(いでたち)は猿股一つの裸体(はだか)もあれば白洋服もあり、月の光に遠望すれば巡査の一行かとも見えるので、彼等は皆周章(あわ)てて盆踊りを止(や)め、奇妙頂来な顔付をして百鬼夜行的の我等を見送っている。ある農家の前に差し掛かった時など、ここでも確かに我が一行に驚いて盆踊りを止めたものと見え、七、八人の男女はキョトンとした面付(つらつき)をして立っておったが、我等の変テコな扮装(いでたち)を見て、
「なんだ、査公(おまわりさん)でねえだ」と、

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海野十三

【地獄の使者】

「さあそのことだが……」といいかけて亀之介は消えかかった葉巻を口に啣えて何回もすぱすぱやり、やがて多量の紫煙をそのあたりにまきちらした果に「弟である私の口からいうのは厭なことなんだが、兄貴と来たら昔からだらしがないんでしてね。殊に婦人のこととなると、世間様の前には出せないことがいろいろあるようですテ。とにかくこの邸宅をめぐって、猥雑な百鬼夜行の体たらくで……でしょうな。まあよく調べてごらんになるといい。あの家政婦の小林でもですよ、どこかを探せば男の指紋がついていないともいえないんですよ。あの女は五十に近いくせに、寝るときにゃ化粧なんかしているんですからね。正に百鬼のうちの一鬼たるを失わずですよ、はははははは」

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谷譲次

【踊る地平線 ノウトルダムの妖怪】

 げんに今も、その妖怪の一つは、日本老人アンリ・アラキという存在を藉(か)りて、こうして「生ける幽霊たち」の行列を引率している。ひょっとすると、この「脱走船員ジョウジ・タニイ」なる性格も明かに妖怪の化身かも知れない。ただ近代の百鬼夜行だから、練り歩くかわりに大型自動車をすっ飛ばしてるだけだ。N'est-ce pas ?
 夜が更けるにしたがって、巴里は一そう生き甲斐を感じてくる。
 ことにその裏まち――ノウトルダムの化物どもは巴里の裏町を熱愛する。

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林不忘

【丹下左膳 日光の巻】

 下帯一つにむこう鉢巻のもの、尻切れ半纏(はんてん)に鳶口(とびぐち)をひっかつぐやら、あわてて十能を持ち出したものなど。
 思い思いの武器。
 文字どおりの百鬼夜行……。
「泰軒先生を助けろ!」


「ざまアみやがれ、侍ども!」
「オウ、感心してねえで、穴掘りをいそいだ、いそいだ」
 不知火(しらぬい)の連中は、気が気ではない。泰軒一人でも持てあましぎみだったところへ、文字どおり百鬼夜行の姿をした長屋の一団が、まるで闇からわいたようにとびだしてきて、見る間に穴を掘りだしたのだから、結城左京らのあわてようッたらありません。

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国枝史郎

【大鵬のゆくえ】

――そうして、それらの生物のそのある者は三つ目でありまたある者は一つ目でありさらにある者は醤油樽ほどの巨大な頭を肩に載せた物凄じい官女であり、さらにさらにある者は眉間尺(みけんじゃく)であり轆轤首(ろくろくび)であり御越入道(みこしにゅうどう)である事を驚きの眼に見て取ったのであった。……そうしてそれらの妖怪どもは例の蒼然たる鬼火の中で蠢(うごめ)き躍っているのであった。化物屋敷! 百鬼夜行
 で、思わず「むう――」と唸ったのである。

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Last updated : 2024/06/28