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武運長久
ぶうんちょうきゅう
作家
作品

芥川龍之介

【忠義】

 そう云えば、細川家には、この凶変きょうへんの起る前兆が、のちになって考えれば、幾つもあった。――第一に、その年三月中旬、品川伊佐羅子いさらご上屋敷かみやしきが、火事で焼けた。これは、邸内に妙見みょうけん大菩薩があって、その神前の水吹石みずふきいしと云う石が、火災のあるごとに水を吹くので、未嘗いまだかつて、焼けたと云う事のない屋敷である。第二に、五月上旬、門へ打つ守り札を、魚籃ぎょらん愛染院あいぜんいんから奉ったのを見ると、御武運長久 御息災ごそくさいとある可き所に災の字が書いてない。これは、上野宿坊しゅくぼう院代いんだいへ問い合せた上、早速愛染院に書き直させた。第三に、八月上旬、屋敷の広間あたりから、夜な夜な大きな怪火が出て、芝の方へ飛んで行ったと云う。

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太宰治

【花吹雪】

われは隣組常会に於いて決議せられたる事項にそむきし事ただの一度も無之、月々に割り当てられたる債券は率先して購入仕り、また八幡宮に於ける毎月八日の武運長久の祈願には汝等と共に必ず参加申上候わずや、何を以てか我を注意人物となす、名誉毀損なり、そもそも老婆心の忠告とは古来、その心裡の卑猥ひわい陋醜ろうしゅうなる者の最後に試みる牽制の武器にして、かの宇治川先陣、佐々木のささやきに徴してもその間の事情明々白々なり、

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徳冨蘆花

【小説 不如帰】

せめて新橋までと思えるを、父は制して、くれぐれも自愛し、凱旋がいせんの日には全快して迎えに来よと言い送りぬ。武男はあの後直ちに戦地に向かいて、現に連合艦隊の旗艦にありと聞く。秋雨秋風身につつがなく、戦闘の務めに服せらるるや、いかに。日々夜々にちにちやや陸に海に心はせて、世には要なしといえる浪子もおどる心に新聞をば読みて、皇軍連勝、わが父息災、武男の武運長久を祈らぬ日はあらざりしなり。

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宮本百合子

【播州平野】

雨にうたれながら、母はお守りを貰ったり、祈祷をさせたりした。母ばかりでなく、何十人もの男女がそのあたりを右往左往しているのであった。なかには裸足で髪の上から油紙をかぶりお百度をふんでいる若い女もあった。杉の大木の梢すれすれに寄進された幾本もの祝出征の幟旗が立ち並んでいた。武運長久を願ってのことだが、五月雨に濡れそぼり、染色を流したそれらののぼり旗は暗い木下蔭で、幽霊じみて見えた。

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豊島与志雄

【風俗時評】

 然るに、近頃、数多い参拝者の姿態に、何かしら切迫した陰影、云わば必死に取縋ろうとしてるようなものが、目につく。戦地にある人々の武運長久を祈るのは、誰しも同じ思いであろうが、そういうことと違って、一層個人的な一層打算的なものの匂いがする。これは、生活があまりに窮迫してるせいであろうか、心情があまりに衰弱してるせいであろうか。そ

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海野十三

【海野十三敗戦日記】

◯昨夜は敵機来襲はなかったが、暁が来ると、判を押したように午前七時警戒警報となり、敵小型機二十数機の房総半島侵入を報ず。けさは昨日よりやや落着いて、冷水摩擦を始めていたら空襲警報となる。身心をすがすがしくして、神棚を仰いで祈念す。徹郎君を始め、富藤順大尉、武田光雄大尉等の武運長久を祈願す。
 折から朝は赤飯そっくりの高粱入り飯なり。「これは芽出度いぞ」と思わず声が出る。

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横光利一

【夜の靴 ――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)】

「これに違犯すれば、どう罰を食うか分らんぞよ。」という。
「そうか、そんなら、こうはしてはおれん。」
 さっそく参右衛門は立ち上り、竹筒から、竿さおに縛りつけたままの国旗の小さいのをとり脱した。それから床間にかかった武運長久の掛軸も脱して巻いてしまう。
「やアやア、ひどいことになったわい。天子さまの写真だけは、良かろうのう。」
 と、鴨居の上の御真影を見上げていて、これだけは脱そうとしなかった。

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Last updated : 2024/06/28