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不老不死
ふろうふし
作家
作品

太宰治

【惜別】

民衆の信仰の対象は、孔孟でなく、神仙です。不老長寿の迷信です。けれども、日本では、そんな不老不死の神仙説のほうには、てんで見むきもしません。

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森鴎外

【青年】

「甲らばかりでは無い。全身の弾力を保存しようという問題になるね。巴里(パリイ)のInstitut Pasteur(アンスチチュウ パストヨオル)にMetschnikoff(メチュニコッフ)というロシア人がいる。その男は人間の体が年を取るに従って段々石灰化してしまうのを防ぐ工夫をしているのだがね。不老不死の問題が今の世に再現するには、まあ、あんな形式で再現する外ないだろうね」 「そうですか。そんな人がありますかね。僕は死ぬまいなんぞとは思わないのですが、どうか石灰化せずにいたいものですね」

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芥川龍之介

【仙人】

――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝(ちょうほう)な奉公人は、日本(にほん)中探してもありますまい。
  が、とうとう二十年たつと、権助はまた来た時のように、紋附の羽織をひっかけながら、主人夫婦の前へ出ました。そうして慇懃(いんぎん)に二十年間、世話になった礼を述べました。
「ついては兼(か)ね兼(が)ね御約束の通り、今日は一つ私にも、不老不死(ふろうふし)になる仙人の術を教えて貰いたいと思いますが。」
  権助にこう云われると、閉口したのは主人の医者です。

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芥川龍之介

【本所両国】

先生は又食物を減じ、仙人(せんにん)に成る道も修行してゐた。のみならず明治時代にも不老不死の術に通じた、正真紛(しやうじんまぎ)れのない仙人の住んでゐることを確信してゐた。僕は不幸にも先生のやうに仙人に敬意を感じてゐない。しかし先生の鍛煉(たんれん)にはいつも敬意を感じてゐる。

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高山樗牛

【瀧口入道】

所詮天魔に魅入(みい)られし我身の定業(ぢやうごふ)と思へば、心を煩はすもの更になし。今は小子(それがし)が胸には横笛がつれなき心も殘らず、月日と共に積りし哀れも宿さず、人の恨みも我が愛(いつく)しみも洗ひし如く痕なけれども、殘るは只々此世の無常にして頼み少きこと、秋風の身にしみ/″\と感じて有漏(うろ)の身の換へ難き恨み、今更骨身(ほねみ)に徹(こた)へ候。惟(おもんみ)れば誰が保ちけん東父西母が命(いのち)、誰が嘗(な)めたりし不老不死の藥、電光の裏に假の生を寄せて、妄念の間に露の命を苦しむ、愚(おろか)なりし我身なりけり。横笛が事、御容しなきこと小子(それがし)に取りては此上もなき善知識。

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上田敏訳詩集

【海潮音】

人心の憧(あこ)がれ向ふ高大の理想は神の愛なりといふ中心思想を基として、幾多の傑作あり。「クレオン」には、芸術美に倦(う)みたる希臘(ギリシヤ)詩人の永生に対する熱望の悲音を聞くべく、「ソオル」には事業の永続に不老不死の影ばかりなるを喜ぶ事のはかなき夢なるを説きて、更に個人の不滅を断言す。「亜剌比亜(アラビア)の医師カアシッシュの不思議なる医術上の経験」といふ尺牘体(せきとくたい)には、基督教の原始に遡(さかのぼ)りて、意外の側面に信仰の光明を窺ひ、「砂漠の臨終」には神の権化を目撃せし聖約翰(ヨハネ)の遺言を耳にし得べし。

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長塚節

【商機】

「まあ御覽なさい」
  女は懷から新聞紙を出して彼の荷物の上へ置いた。
「私にはこんなことは信じられませんね」
又かういつて出した新聞紙の一部を開いて見せる。不老不死と標題した賣藥の廣告の處であつた。彼は唯慇懃に會釋した。褪めた唐棧の衣物を着た彼は今大きな店の主人になるものとはどうしても見えない。それでも他の客と異つてどつしりした態度が青年には稀な狎れ難い所があるので不審とでもいふのか女は一寸こんなことを噺しかけて稍情を含んだ眼で時々彼を偸み視た。

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寺田寅彦

【時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ】

 もしかりに宇宙間にただ一つ、摩擦のない振り子があって、これを不老不死の仙人が見ている、そして根気よく振動を数えているとすればどうであろう。この仙人にとっては「時」の観念に相当するものはただ一つの輪のようなものであって、振動を数える数は一でも二でも一万でもことごとく異語同義(シノニム)に過ぎまい。

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清水紫琴

【一青年異様の述懐】

かつて聞く、昔泰西の学者の間に行なはれたる説に、知識の石(ストーン、オフ、ウイスドム)または、聖哲の石(フイロソフアース、ストーン)てふ宝石ありて、この宝石は、鉛を銀にし、銅を金にし、またよく不老不死の、仙薬を製し得るの、怪力ありとて、遂にその石の探求に、終生を擲(なげう)ちたるの学者もありきと、もし彼女は、これら宝石の類にはあらざるか。

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豊島与志雄

【ピンカンウーリの阿媽】

始皇帝は海上はるかに見渡して、海の彼方にあるという蓬莱島のことを偲び、その島の不老不死の霊薬のことを思った由。私はいま逆に、こちらから彼方を偲ぶのである。

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小熊秀雄

【小熊秀雄全集-9 詩集(8)流民詩集1】

もし君が夜の墓石の上に枕をもちだし
夜つぴて星を数へてみたとしたら
明日は――きつと鳶になつてもいゝと思ふだらう
私はいまこゝに青年期のながさを打ち樹て
不老不死の精神に奉仕しようと思ふ、
若い旅行者は、
きのふ何処から出発してきて
けふ何処まで着いたか、

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小出楢重

【油絵新技法】

 それからピカソの絵についても一つ感じることは、写実の力を素晴らしく備えていることである。あれだけの力をもってすることならばどんな浮気も許されるであろう。とにかくピカソの写実力と、その不老不死の力と、悪魔的浮気根性と不思議な圧力等においてまったくわれわれは多少羨んでもいいと思う。しかしどうもピカソは、まったく東洋には昔から決してなかったものばかりを持っているところの毛唐人中の毛唐である。

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田中貢太郎

【申陽洞記】

「私は好い薬をもっております、手創が治るばかしでなしに、それを飲むと、不老不死が得られます」
「そうか、それは天が神医を与えてくだされたのじゃ、大王申陽侯が昨日遊びに往かれて、流矢に当って苦しんでおられる、お前の薬を頼みたい、こっちへきてくれ」

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折口信夫

【神道に現れた民族論理】

次に又、みこともちの思想から演繹されるのは、をちの思想である。此は、言ひかへれば、不老不死といふ意味で、呪詞信仰と密接の関係がある。いつでも、元始(ハジメ)に戻る唱へ言をするから、其度毎に、新しい人になつて、永久不滅の命を得るのである。


不思議にも、長篠には浄瑠璃姫の蹟が残つてゐる。有名な屋島狸も、やはり此亜流で、すべてかういふ風に、旧事を物語る人は、必不老不死である、と信ぜられてゐたのである。そして同時に、何処までも遠く遍歴し、謳ひゝろめて歩いてゐた事を示してゐる。

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海野十三

【放送された遺言】

 いまここに一例を申し上げますならば、人類が五万年かかってついに得たる霊薬と称する第九十五番目の原子チロリウムの獲得に対する人類の熱心さとたくらみはあまりにひどくはないかと思います。チロリウムは人類に適度に服用せられて不老不死の大目的を達するという証明の出るやいなや人々はあらゆる醜い争闘を演じてこの稀代の霊薬を手に入れようとあせっています。


 しかしぜひこのことを行なうまえに一度よく考えてみなければならぬことがあります。それは人間は誰も彼も不老不死で生きのびたいという欲望を起すことは、はたして許し得べきことだろうかということです。そして第二には酸素原子をチロリウム原子に変成する実験ははたして安全に取りはこびうるものであるかという二つの疑問なのであります。私はいずれのこともみんな私たちにとってすこぶる有害であることを力説したいと思います。  第一すべての人間が不老不死をねがい他人を押しのけてもチロリウムを入手してこれを服用しようということは神によって造られた人間の犯すべからざる権限であり、さらに骨肉相食む類の醜態を誘発して人類の風紀は下等動物以下に堕落するのは火をみるより明らかなことで、人類の自制によって極力避けなければならぬことです。

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Last updated : 2024/06/28