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風俗壊乱
ふうぞくかいらん |
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作家
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作品
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森鴎外 |
【かのように】
更に反対の方面を見ると、信仰もなくしてしまい、宗教の必要をも認めなくなってしまって、それを正直に告白している人のあることも、或る種類の人の言論に徴(ちょう)して知ることが出来る。倅はそう云う人は危険思想家だと云っているが、危険思想家を嗅(か)ぎ出すことに骨を折っている人も、こっちでは存外そこまでは気が附いていないらしい。実際こっちでは、治安妨害とか、風俗壊乱とか云う名目(みょうもく)の下(もと)に、そんな人を羅致(らち)した実例を見たことがない。
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森鴎外 |
【あそび】
烟草休には誰(たれ)も不愉快な事をしたくはない。応募脚本なんぞには、面白いと思って読むようなものは、十読んで一つもあるかないかである。 それを読もうと受け合ったのは、頼まれて不精々々(ふしょうぶしょう)に受け合ったのである。 木村は日出新聞の三面で、度々悪口を書かれている。いつでも「木村先生一派の風俗壊乱」という詞が使ってある。中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の訳本を使った時にこのお極(きま)りの悪口が書いてあった。それがどんな脚本かと云うと、censure(サンシュウル) の可笑(おか)しい程厳しいウィインやベルリンで、書籍としての発行を許しているばかりではない、舞台での興行を平気でさせている、頗る甘い脚本であった。
「こないだ太陽を見たら、君の役所での秩序的生活と芸術的生活とは矛盾していて、到底調和が出来ないと云ってあったっけ。あれを見たかね。」 「見た。風俗を壊乱する芸術と官吏服務規則とは調和の出来ようがないと云うのだろう。」 「なるほど、風俗壊乱というような字があったね。僕はそうは取らなかった。芸術と官吏というだけに解したのだ。政治なんぞは先ず現状のままでは一時の物で、芸術は永遠の物だ。 |
芥川龍之介 |
【澄江堂雑記】
これは「言海(げんかい)」の猫の説明である。「ねこ、(中略)人家(ジンカ)ニ畜(カ)フ小(チヒ)サキ獣(ケモノ)。人(ヒト)ノ知(シ)ル所(トコロ)ナリ。温柔(ヲンジウ)ニシテ馴(ナ)レ易(ヤス)ク、又(マタ)能(ヨ)ク鼠(ネズミ)ヲ捕(トラ)フレバ畜(カ)フ。然(シカ)レドモ竊盗(セツタウ)ノ性(セイ)アリ。形(カタチ)虎(トラ)ニ似(ニ)テ二尺(ニシヤク)ニ足(タ)ラズ。(下略(げりやく))」 成程(なるほど)猫は膳(ぜん)の上の刺身(さしみ)を盗んだりするのに違ひはない。が、これをしも「竊盗(せつたう)ノ性アリ」と云ふならば、犬は風俗壊乱の性あり、燕は家宅侵入の性あり、蛇は脅迫(けふはく)の性あり、蝶(てふ)は浮浪の性あり、鮫(さめ)は殺人の性ありと云つても差支(さしつか)へない道理であらう。按ずるに「言海」の著者大槻文彦(おほつきふみひこ)先生は少くとも鳥獣魚貝(ぎよばい)に対する誹謗(ひばう)の性を具へた老学者である。 |
織田作之助 |
【世相】
その頃はもう事変が戦争になりかけていたので、電力節約のためであろうネオンの灯もなく眩しい光も表通りから消えてしまっていたが、華かさはなお残っており、自然その夜も――詳しくいえば昭和十五年七月九日の夜(といまなお記憶しているのは、その日が丁度生国魂(いくたま)神社の夏祭だったばかりでなく、私の著書が風俗壊乱という理由で発売禁止処分を受けた日だったからで)――私は道頓堀筋を歩いているうちに自然足は太左衛門橋の方へ折れて行った。
「十銭……? 十銭何(なん)だ?」 「十銭芸者……。文士のくせに……」知らないのかという。 「やはり十銭漫才や十(テン)銭寿司の類(たぐい)なの?」 帰るといったものの暫らく歩けそうになかったし、マダムへの好奇心も全く消えてしまっていたわけではない。「風俗壊乱」の文士らしく若気の至りの放蕩無頼を気取って、再びデンと腰を下し、頬杖ついて聴けば、十銭芸者の話はいかにも夏の夜更けの酒場で頽廃の唇から聴く話であった。 難波から高野線の終電車に乗り、家に帰ると、私は蚊帳のなかに腹ばいになって、稿を起した。題は「十銭芸者」――書きながら、ふとこの小説もまた「風俗壊乱」の理由で闇に葬られるかも知れないと思ったが、手錠をはめられた江戸時代の戯作者のことを思えば、いっそ天邪鬼な快感があった。 |
戸坂潤 |
【道徳の観念】
――元来道徳はすでに云ったように、極めて広範な領域を占有するものであるだけでなく、所謂道徳という名のつかない領域にも接着して現われる処のものだ。風俗習慣がまず第一に道徳である。裸で街を歩くことは風俗壊乱だから不道徳なのだ。日本では左側を、外国では右側を歩くのが交通道徳である。こうした単なる便宜的な約束さえが道徳なのだ。云うまでもなく法律も道徳的なものである。犯罪は凡て道徳的な悪として説明される、支配者は政治犯や思想犯も、なるべく之を道徳上の干犯に見立てようとしている。
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島崎藤村 |
【夜明け前 第一部上】
三日続いた狂言はかなりの評判をとった。たとい村芝居でも仮借(かしゃく)はしなかったほど藩の検閲は厳重で、風俗壊乱、その他の取り締まりにと木曾福島の役所の方から来た見届け奉行(ぶぎょう)なぞも、狂言の成功を祝って引き取って行ったくらいであった。
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島崎藤村 |
【夜明け前 第二部下】
堂塔の新築改造には、勧進(かんじん)、奉化(ほうげ)、奉加(ほうが)とて、浄財の寄進を俗界に求むれども、実は強請に異ならず。その堂内に通夜する輩(やから)も風俗壊乱の媒(なかだち)たり。」とはすでに元禄の昔からである。全国寺院の過多なること、寺院の富用無益のこと、僧侶の驕奢(きょうしゃ)淫逸(いんいつ)乱行懶惰(らんだ)なること、罪人の多く出ること、田地境界訴訟の多きこと等は、第三者の声を待つまでもなく、仏徒自身ですら心あるものはそれを認めるほどの過去の世相であったのだ。
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南方熊楠 |
【十二支考 虎に関する史話と伝説民俗】
この事については熊楠いまだ公けにせぬ年来の大議論があって、かつて福本日南に大英博物館(ブリチシュ・ミュジユム)で諸標品について長々しく説教し、日南感嘆して真に天下の奇才と称揚されたが、日本の官吏など自分の穢(きたな)い根性から万事万物汚く見る故折角の名説も日本では出し得ず、これを公にすると直ぐに風俗壊乱などとやられる。
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