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一別以来
いちべついらい
作家
作品

国木田独歩

【非凡なる凡人】

 彼ほど虚栄心のすくない男は珍らしい。その境遇に処(しょ)し、その信ずるところを行なうて、それで満足し安心し、そして勉励(べんれい)している。彼はけっして自分と他人とを比較しない。自分は自分だけのことをなして、運命に安んじて、そして運命を開拓しつつ進んでゆく。
 一別以来、正作のなしたことを聞くとじつにこのとおりである。僕は聞いているうちにもますます彼を尊敬する念を禁じえなかった。
 彼は計画どおり三カ月の糧(りょう)を蓄えて上京したけれども、坐してこれを食らう男ではなかった。

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有島武郎

【或る女(後編)】

「そう早耳を走らすとつんぼと間違えられますとさ」
 と女将(おかみ)は事もなげに受け流した。三人はまた声を立てて笑った。
 倉地と女将との間に一別以来のうわさ話がしばらくの間(あいだ)取りかわされてから、今度は倉地がまじめになった。そして葉子に向かってぶっきらぼうに、
「お前もう寝ろ」


 三人は橋のほうを振り返った。まっすぐな土堤道(どてみち)が白く山のきわまで続いていた。
「行けますがね、それは浜伝いのほうが趣がありますよ。防風草(ぼうふ)でも摘みながらいらっしゃい。川も渡れます、御案内しましょう」
 といった。葉子は一時(いっとき)も早く木部からのがれたくもあったが、同時にしんみりと一別以来の事などを語り合ってみたい気もした。いつか汽車の中であってこれが最後の対面だろうと思った、あの時からすると木部はずっとさばけた男らしくなっていた。その服装がいかにも生活の不規則なのと窮迫しているのを思わせると、葉子は親身(しんみ)な同情にそそられるのを拒む事ができなかった。

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島崎藤村

【夜明け前 第一部上】

 やがて、奥座敷では主人と寿平次との一別以来の挨拶(あいさつ)、半蔵との初対面の挨拶なぞがあった。主人の引き合わせで、幾人の家の人が半蔵らのところへ挨拶に来るとも知れなかった。これは忰(せがれ)、これはその弟、これは嫁、と主人の引き合わせが済んだあとには、まだ幼い子供たちが目を円(まる)くしながら、かわるがわるそこへお辞儀をしに出て来た。

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泉鏡花

【錦染滝白糸 ――其一幕――】

欣弥 一別以来、三年、一千有余日、欣弥、身体、髪膚(はっぷ)、食あり生命あるも、一(いつ)にもって、貴女の御恩……
白糸 (耳にも入(い)らず、撫子を見詰む。)
撫子 (身を辷(すべ)らして、欣弥のうしろにちぢみ、斉(ひと)しく手を支(つ)く。)
白糸 (横を向く。)

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寺田寅彦

【竜舌蘭】

自分の住まっている町から一里半余、石ころの田舎道(いなかみち)をゆられながらやっとねえさんの宅(うち)へ着いた。門の小流れの菖蒲(しょうぶ)も雨にしおれている。もうおおぜい客が来ていて母上は一人一人にねんごろに一別以来の辞儀をせられる。自分はその後ろに小さくなって手持ちぶさたでいると、おりよくここの俊ちゃんが出て来て、待ちかねていたというふうで自分を引っ張ってお池の鯉(こい)を見に行った。

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横光利一

【旅愁】

笑うと顔を赧らめ眼を大きく開いてきらきらと光らせる高の上品な癖を、矢代は露台の上から眺めながら、真紀子の大胆な変化に今さらある恐怖を感じて来るのだった。暫らくして高は真紀子に教えられたものと見え、露台の方の矢代を見上げると一寸手を上げて会釈をした。矢代も一別以来の挨拶を笑顔で返してから、ふと横を見たとき、今まで突いていた自分の片手の汗を中心にぼッと曇った円柱の肌の向うから突然千鶴子の顔が現れた。

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坂口安吾

【街はふるさと】

「いちど、その前に、礼子に会ってやってくれよ。それからぼくは君に会って、胸の中をきいてもらいたいのだ」
 青木はそう頼んで、きかなかった。そして六時の会見は、長平のきゝなれない、豪勢らしい料亭が指定されていた。
 礼子は一別以来の尋常な挨拶を終ると、放二の方にチラと目をやって、
「こちら、北川さん?」
「そうです。在京中は形影相伴う血族ですから、お心置きなく」

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夢野久作

【斬られたさに】

 平馬は吾にもあらず歓待(ほと)めいた。
 若侍は折目正しく座敷に通って、一別以来の会釈をした。平馬も亦、今更のように赤面しいしい小田原と見付の宿の事を挨拶した。
「いや……実はその……あの時に折角の御厚情を、菅(すげ)なく振切って参いったので、その御返報かと心得まして、存分に讐仇(かたき)を討たれて差上げた次第で御座ったが……ハハハ……」
 平馬は早くも打ち解けて笑った。

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中里介山

【大菩薩峠 無明の巻】

 福兄は明荷(あけに)のところへ背をもたせて、ちょっとばかり頭を下げて、
「拙者の方でも一別以来、ずいぶんの御無沙汰だが、親方、お前の方でもずいぶん薄情なものだ、化物屋敷が焼けて、御大(おんたい)はあの通り苦しんでいる、我々はみな散々(ちりぢり)バラバラになっているのに、ツイぞ今まで、福はどうしているかと、お見舞にあずかった例(ためし)がない」


 子供が泣きやんで笑顔をつくると、呪わしかったお松の気色(きしょく)も、忘れたように笑顔になりました。
 それから二人は、一別以来のことを何かと打語らい、現在の生活ぶりをおたがいに話し合った中に、与八の生活もこのごろはすこぶる多忙で、ことに感心なことは日頃心がけて、附近の山々のあきちへ杉苗を植えたのが、早や三千本になるという話。水

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佐々木味津三

【旗本退屈男 第五話 三河に現れた退屈男】

悠然として、その姿をのぞかせたのは、ぐずり松平の御前です。しかもおっしゃったお言葉がまた、何ともかとも言いようがない。
「おう、薩州か。一別以来であった喃」
「ははっ――、いつもながら麗しき御尊顔を拝し奉り、島津修理、恐悦至極に存じまする」
「左様かな。そちが一向に姿を見せぬのでな。一度会いたいと思うていたが、身も昔ながらにうるわしいかな」

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Last updated : 2024/06/28