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一部始終
いちぶしじゅう
作家
作品

芥川龍之介

【山鴫】

 トウルゲネフは口を挾んだ。
「誰が見つけました?」
「ドオラ(犬の名)が見つけたのです。――見つけた時は、まだ生きてゐましたよ。」
 イリアは又母の方を向くと、健康さうな頬を火照ほてらせながら、その山鴫が見つかつた時の一部始終を話して聞かせた。
 トウルゲネフの空想には、「猟人日記」の一章のやうな、小品の光景がちらりと浮んだ。

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芥川龍之介

【忠義】

 修理しゅりは、翌日、宇左衛門から、佐渡守の云い渡した一部始終を聞くと、忽ち顔を曇らせた。が、それぎりで、格別いつものように、とり のぼせる気色けしきもない。宇左衛門は、気づかいながら、幾分か安堵あんどして、その日はそのまま、下って来た。

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芥川龍之介

【妖婆】

こうなるとお敏も絶体絶命ですから、今までは何事も宿命と覚悟をきめていたのが、万一新蔵の身の上に、取り返しのつかない事でも起っては大変と、とうとう男に一部始終を打ち明ける気になったのです。が、それも新蔵が委細を聞いた後になって、そう云う恐しい事をする女かと、嫌いもしさげすみもしそうでしたから、いよいよたいさんの所へ駈けつけるまでには、どのくらい思い迷ったか、知れないほどだったと云う事でした。

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夏目漱石

【坊っちゃん】

 巡査は十五六名来たのだが、生徒は反対の方面から退却したので、捕(つら)まったのは、おれと山嵐だけである。おれらは姓名(せいめい)を告げて、一部始終を話したら、ともかくも警察まで来いと云うから、警察へ行って、署長の前で事の顛末(てんまつ)を述べて下宿へ帰った。

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夏目漱石

【吾輩は猫である】

白君は先日玉のような子猫を四疋産(う)まれたのである。ところがそこの家(うち)の書生が三日目にそいつを裏の池へ持って行って四疋ながら棄てて来たそうだ。白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等猫族(ねこぞく)が親子の愛を完(まった)くして美しい家族的生活をするには人間と戦ってこれを剿滅(そうめつ)せねばならぬといわれた。


「金田の方へ断わったかい」と主人はまだ金田を気にしている。
「いいえ。断わる訳がありません。私の方でくれとも、貰いたいとも、先方へ申し込んだ事はありませんから、黙っていれば沢山です。――なあに黙ってても沢山ですよ。今時分は探偵が十人も二十人もかかって一部始終残らず知れていますよ」

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夏目漱石

【それから】

 それで、逢(あ)ふや否や此変動の一部始終を聞かうと待設けて居たのだが、不幸にして話が外(そ)れて容易に其所(そこ)へ戻(もど)つて来(こ)ない。折を見て此方(こつち)から持ち掛けると、まあ緩(ゆ)つくり話すとか何とか云つて、中々(なか/\)埒(らち)を開(あ)けない。代助は仕方(しかた)なしに、仕舞に、

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夏目漱石

【彼岸過迄】

 彼はこの日必要な会見を都合よく済ました後(あと)、新らしく築地に世帯を持った友人の所へ廻って、須永(すなが)と彼の従妹(いとこ)とそれから彼の叔父に当る田口とを想像の糸で巧みに継(つ)ぎ合せつつある一部始終(いちぶしじゅう)を御馳走(ごちそう)に、晩まで話し込む気でいたのである。

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夏目漱石

【三四郎】

「じつは金をなくしてね。困っちまった」
 そこで、ちょっと心配そうな顔をして、煙草の煙を二、三本鼻から吐いた。三四郎は黙って待っているわけにもゆかない。どういう種類の金を、どこでなくなしたのかとだんだん聞いてみると、すぐわかった。与次郎は煙草の煙の、二、三本鼻から出切るあいだだけ控えていたばかりで、そのあとは、一部始終をわけもなくすらすらと話してしまった。

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森鴎外

【阿部一族】

 阿部一族は評議の末、このたび先代一週忌の法会(ほうえ)のために下向して、まだ逗留(とうりゅう)している天祐和尚にすがることにした。市太夫は和尚の旅館に往って一部始終を話して、権兵衛に対する上の処置を軽減してもらうように頼んだ。和尚はつくづく聞いて言った。承れば御一家のお成行(なりゆ)き気の毒千万である。

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幸田露伴

【平将門】

去年十二月二十九日の符が、今年九月になつて、左近衛番長の正六位上英保純行(あぼのすみゆき)、英保氏立、宇自加支興(もちおき)等によつて齎(もた)らされ、下毛下総常陸等の諸国に朝命が示され、原告源護、被告将門、および国香の麾下(きか)の佗田真樹を召寄せらるゝ事になつた、そこで将門は其年十月十七日、急に上京して公庭に立つた。一部始終を申立てた。阪東訛(ばんどうなま)りの雑つた蛮音(ばんおん)で、三戦連勝の勢に乗じ、がん/\と遣付(やりつけ)たことであらう。

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泉鏡花

【政談十二社】

 正に大審院に、高き天を頂いて、国家の法を裁すべき判事は、よく堪えてお幾の物語の、一部始終を聞き果てたが、渠(かれ)は実際、事の本末(もとすえ)を、冷(ひやや)かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下(ごんか)に打出して事理を決する答をば、与え得ないで、

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泉鏡花

【湯女の魂】

 人にも言わぬ積り積った苦労を、どんなに胸に蓄(たくわ)えておりましたか、その容体ではなかなか一通りではなかろうと思う一部始終を、悉(くわ)しく申したのでありまする。

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中島敦

【南島譚 夫婦】

 過去十年間無敵を誇った女丈夫エビルが最も大事な恋喧嘩(ヘルリス)に惨敗を喫したのである。ア・バイの柱々に彫られた奇怪な神像の顔も事の意外に目を瞠(みは)り、天井の闇にぶら下って惰眠を貪っていた蝙蝠(こうもり)共も此の椿事(ちんじ)に仰天して表へ飛び出した。ア・バイの壁の隙間から一部始終を覗いていた夫のギラ・コシサンは、半ば驚き半ば欣(よろこ)び、大体に於て惶(おそ)れ惑うた。

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菊池寛

【若杉裁判長】

脅迫状のために、内心いくらかびくついていた富豪の一家が、この爆声を聞いて、色を変じたというのは、あながち誇張ではありますまい。捨てておいては一大事というので、早速警察へ人をやりまして、脅迫状が舞い込んでからの一部始終を訴え出でました。長い間、事件が無くて、閑散に苦しんでいた警察は、この訴えをきいて蘇(よみがえ)ったように活動を始めました。

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織田作之助

【昨日・今日・明日】

 赤井は、なんだ、なんだと集まって来た弥次馬を見廻しながら、
「この人達に、貴様が戦争の終った日に、何と何とをトラックで運ばせたか、一部始終ばらしたるぞ!」
 そう言うと、隊長は思わず真赧になって、唸っていたが、やがて、
「覚えとれ!」

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織田作之助

【猿飛佐助】

繩辷(なわすべ)りの猿松、窓潜(くぐ)りの軽(かる)太夫、格子毀(こぼち)の鉄伝(てつでん)、猫真似の闇(やみ)右衛門、穏松明(たいまつ)の千吉、白刃(しらは)取りの早若(はやわか)などの子分がいたが、これらの子分共は千鳥の香炉盗み取りの陰謀の談合のため、折柄南禅寺の山門へ寄っていたので、頭目の石川五右衛門の哀れな試合の一部始終を、見物していた。
 そして、五右衛門の大火傷を目撃すると、彼等は思わず噴きだすという失礼を犯してしまった。

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折口信夫

【愛護若】

暗く雨降る夜、家を出て四条河原にかゝると、南に火の漏れる茅屋がある。細工の賤民の住む処である。近寄つて戸を敲くと、盗賊かと思つて、薙刀を持つて来る。愛護一部始終を語ると、敬ひ畏んで、臼の上に小板を敷き、荒菰を敷いて、米を賀茂の流れで七度清めて、土器に容れて献る。此から神の前に荒菰を敷く風が出来たと説いてゐる。

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有島武郎

【燕と王子】

これさえあれば御殿の勘当(かんどう)も許されるからと喜んで妹と手をひきつれて御殿の方に走って行くのを、しっかり見届けた上で、燕はいい事をしたと思って王子の肩に飛び帰って来て一部始終の物語をしてあげますと、王子もたいそうお喜びになってひとかたならず燕の心の親切なのをおほめになりました。

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坂口安吾

【明治開化 安吾捕物 その十五 赤罠】

 新十郎はジッと二人を見つめて、
「山キの主人が頭をまるめ法衣をまとって棺桶にねてから、フタをとじて担ぎだしてダビ所に安置してコマ五郎が扉をしめ錠を下すまで、あなた方は目を放さず見ていたのですね」
「そこは、あなた、本日必ず事件ありとチャンと見ていた私らだねえ。参列者の最前列へでて、一部始終を寸刻も目を放さずに見てとりましたねえ」

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尾崎放哉

【俺の記】

ボンヤリした光線の中に、俺等の仲間が、今やつて来たのも加へて、総計十二居る様だ。そろひも揃つた仏頂顔でスマシテ居る。スルト、俺の向ふ側に坐つて居た奴が、「貴様等もトー/\来たね」と云つた。其声が、馬鹿に優しかつたので、俺も元気付いて、定めて驚くだらうと、得意になつて、昨夜の一部始終を話したのだ。

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有島武郎

【或る女(前編)】

その言葉の裏には、しかし葉子に特有な火のような情熱がひらめいて、その目は鋭く輝いたり涙ぐんだりしていた。木村は電火にでも打たれたように判断力を失って、一部始終をぼんやりと聞いていた。言葉だけにもどこまでも冷静な調子を持たせ続けて葉子はすべてを語り終わってから、

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堀辰雄

【ほととぎす】

ただ一しょにいる此娘がこのままではあんまり不便(ふびん)で、なんとか為様(しよう)はあるまいかと思って居りました。まあ、そう仰ゃってくださる御方がおありなれば、どうぞあなた様のよいようにお極めなすって下さいまし……」――そう云うその人の御返事だったという事を、その翌日京へ帰った禅師の君から聞いて、その女房は私のところへ来て、一部始終を繰り返し、「本当に好うございましたこと。そう云う御宿縁でもございましたのでしょう。が、何よりもまあ、そのお気の毒な御方のところへ、御文をあなた様から早速差し上げなさらなければ――」と言うのだった。

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宮本百合子

【新しい一夫一婦】

「同棲しているのなら近所に変に思われない為にでも、本当の夫婦になってしまわなければ不便でもあるし、不自然でもある」といい出す。女はそのことに同意できない感情で苦しむ。同志というより一人の好きでない男という心持がその共働者に対して爆発し、ある夜、良人である同志の家へ逃げ出して来る。すると、良人はその一部始終をきいて、静かに、眼を伏せながらいった。「お帰り。」女は「だって……」と了解しかねていうと良人は昂奮し、
「ここへ来て、そんな問題がどう片づくというんだ。そんなことで部署をすてて、それでこれからどうするというんだ?」
「だって――だって――」彼女も亢奮して一生懸命だった。

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三遊亭圓朝
鈴木行三校訂編纂

【真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)】

 安「どうしたか、そう騒いではいかない」
 富「どうも先生、これ/\でげす」
 と一部始終の話をしますると、相手は角力取ですから一角も不気味(ぶきび)でございますが、
 安「然(そ)うか、驚くことはない、私(わし)が殺したという事を云いはしまい」

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葉山嘉樹

【海に生くる人々】

 一方チーフメーツは投錨(とうびょう)と共に、通い船に乗って水上署へおもむいた。そして、そこで室蘭であった一部始終を話した。――彼はボーイ長のことは話すのを忘れた――それはきっと藤原の煽動(せんどう)だ。ことに波田はメスを抜いてわれわれを脅迫した。彼らはきっと暴行に訴えてもその実行を迫るだろうから、本船へ出張の上保護を加えてもらいたいと願い出た。

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黒岩涙香

【幽霊塔】

己は先ア娘兼帯の秘書官を得た様な者だ」と云い、更に思い出した様に「シタがお浦は何うした」と問うた。余はお浦が根西夫人と共に外国へ行った一部始終を告げ、且(かつ)は余とお浦との間の許婚も取り消しに成った事を話した、

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国枝史郎

【剣侠】

「陣十郎の現在の住居を、是非とも承知いたしたいので」
 こう要介は附け加えた。
「本郷の榊原式部少輔(さかきばらしきぶしょうゆう)様の、お長屋の一軒でございました」と、浪之助はあの時見た一部始終を話した。
「何人のお長屋でござりましたかな?」
「さあそれは、うっかり致しまして、確かめませんでござりましたが、よろしくば私ご案内いたし」

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福田英子

【妾の半生涯】

かつて生死をさえ共にせんと誓いたりし同志中、特(こと)に徳義深しと聞えたるある人に面会し、一部始終を語りて、その斡旋(あっせん)を求めけるに、さても人の心の頼めがたさよ、彼曰(いわ)く既に心変りのしたる者を、如何に説けばとて、責(せ)むればとて、詮(せん)もなからん。

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海野十三

【蠅男】

 帆村は厳然たる自信をもって、帳場氏に命令するようにいった。そして彼は真先にたって、エレヴェーターのなかに躍りこんだ。帳場氏も、いまは帆村の言葉にしたがってついてゆくより外に仕方がなかった。
 エレヴェーターを四階で停めて、帆村は大川主任のところへ行った。そして、一部始終を手短かに話し、主任の応援と命令とを乞うた。
「ええッ。蠅男がこのホテルに入りこんどる。それはほんまかいな。ほんまなら、こらえらいこっちゃ」

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海野十三

【空襲葬送曲】

 ひょっとすると、帆村の探しているものが紅子の手に入った報(しら)せなのかも知れないと思ったので、紅子の頼みどおり、一時も早く、東京の帆村へ知らせてやらなくてはなるまいと思った。
 そこへ兄の浩が、フウフウ云いながら、帰ってきた。真弓は手短かに、一部始終を兄に話し、紅子の手紙を東京へ電報することを相談した。

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中里介山

【大菩薩峠 慢心和尚の巻】

駒井能登守家中ということや、和田静馬ということの化けの皮もたちどころに剥(は)がれてしまわねばならず、その上に、あられもない男装して神尾の家を抜け出したことの一部始終は、たあいもなく露見してしまうのであります。お松はようやく、絶体絶命のようなところへ追い詰められる気持に迫られて、いざといえば自害をして果てるばかりと、小刀を膝のところへ取り上げて、その後の成行を怖ろしい思いで待っていました。

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豊島与志雄

【或る男の手記】

――昨日の朝、松本が慌しく駆け込んできた。そして光子とのこれまでのことを告白し、前日光子がやって来たことから、その朝までの一部始終を話した。それは私が光子から聞いた所と大同小異だった。

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蘭郁二郎

【鱗粉】

 彼は、サナトリウムに帰っても、その実見者であった、ということから、好奇にかられた患者や看護婦に、幾度となく、その一部始終を話させられた。
 然(しか)し、いくら繰返し話させられても、ただそれが稀(まれ)に見る不可思議な犯罪だ、ということを裏書し、強調するのみで、とても解決の臆測すらも浮ばなかった。

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岡本かの子

【母子叙情】

 かの女は「まあ」と云った。
「まだ先があるんです。朝、彼は眼を覚ましました。勝手が違ったところにいるので、彼は妙な顔をしていました。しかし、一部始終が判ると、彼は真面目(まじめ)な顔を作って云いました。どうも君たちの新婚の夢を妨げて相済まんと。それから帰って行きました」  
 ここで、夫人はまた、「イチロ、ふふふふ」と、かの女の顔を見て好意の籠(こも)った笑いを贈った。

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佐々木味津三

【右門捕物帖 なぞの八卦見】

 事実としたら、なるほどその死に方は、少しばかり奇怪です。いかに浪人者が昔からの迷信家であったにしても、このご時世にそんな死に方は、めったにはあるべきことがらではないんですから、即座に小娘の哀願を引きうけて、よしとばかりに、右門一流の疾風迅雷的な行動が、その場からすぐと開始されそうに思われましたが、しかるに、かれは一部始終を小娘から聞いてしまうと、不意に意外なことをぽつりと尋ねました。

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水野仙子

【道 ――ある妻の手紙――】

 私は默つてうなづき、そしてたゞ悲しく寂しくあなたの目を見、それから仰向になつて目を閉ぢました。
『おれは昨夜一晩かゝつてA君にわかれの手紙を書いて來た……』
 そしてあなたは一部始終をお話しになりました。

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豊島与志雄

【正覚坊】

 正覚坊の像がいよいよでき上がった夕方、平助は村の網元(あみもと)の家へ行って、そこの御隠居(ごいんきょ)に、一部始終(しじゅう)のことをうち明けました。御隠居はびっくりしました。なおその上びっくりしたことには、翌朝平助は死体となって沼に浮かんでいました。

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清水紫琴

【野路の菊】

母様の何と仰せらるるかは知らねど、ともかくもその望みに任すべしとて伴ひしが、やがて二人の影は橋の袂に消え失せぬ。その夜お秋は金之介より、お静の一部始終をききて、零落(おちぶ)れたる今の身の、袖に涙のかかる時は親族知己さへ見離せしに、お静の慕ひ来りし心頼もしく、さまでに父様を慕へるものの、金之介の為悪しからむやうはなし。

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浜尾四郎

【殺された天一坊】

此の男は独身者で、誰も彦兵衛が猫を飼って居たと申して出る者もございません。其の中、いろいろ責められて包み切れず、とうとう後家殺しの一部始終を白状致してしまいました。あなた様方もご存知の通り、申すまでもなく彦兵衛は直ちにお処刑になってしまいました。

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佐藤垢石

【河童酒宴】


 俺は、これは大変ぢやと思つた。それから直ぐ村へ走つて帰つて、河童の申し合せの一部始終を猫万どんに語つてきかせた。猫万老は、顔を蒼くして驚いた。実はこの馬、奥州の方からやつてきた博労に大枚七十両がところ払つて買つた小馬だ。

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寺田寅彦

【ジャーナリズム雑感】

実は多数の警察官や司法官の長日月の精査を要し、しかもそれでもなかなか容易にはすみからすみまで明白にしにくいのが通例である。それを僅々(きんきん)数時間あるいはむしろ数分間の調査の結果から、さもさももっともらしく一部始終の顛末(てんまつ)を記述し関係人物の心理にまでも立ち入って描写しなければならないという、実に恐ろしく無理な要求である。その無理な不可能な要求をどうでも満たそうとするところから、ジャーナリズムの一つの特異な相が発達して来るのである。

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Last updated : 2024/06/28