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意気消沈/意気銷沈
いきしょうちん
作家
作品

坂口安吾

【肝臓先生】

 戦争以来伊東へ疎開している彫刻家のQから速達がきて、右のような次第で、当温泉は全市をあげて当日を手グスネひいて待ちかまえて、すでに今から活気横溢しているほどだから、当日の壮観が思いやられるではないか。ぜひ来遊したまえ、という招待であった。
 終戦二年目の八月といえば、日本カイビャク以来これほど意気消沈していたことは例がない。と云うのは、その年の七月に、料理飲食店禁止令というものがでゝ、一切の飲みもの食べものの営業がバッタリと杜絶した。

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豊島与志雄

【春】

 もし友人がそれ以上突っこんでゆくならば、和田弁太郎は眼をぎらつかせながら、本当に飛びかかって殴りつけかねない様子をする。で彼を揶揄するには、他の機会を俟たなければならない。
 平素は大抵彼は黙々として元気がないのである。不機嫌そうに顔をしかめて、意気消沈したもののようである。
 実際彼は不機嫌で力がなく蒼ざめている。それでなお屡々、二階の窓際に坐りにゆく。

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高村光雲

【幕末維新懐古談 栃の木で老猿を彫ったはなし】

 娘のことで、ほとんど意気消沈しておりましたのが、この仕事で大いに勇気附けられ、また紛れました。
 それから、モデルはその頃浅草奥山に猿茶屋があって猿を飼っていたので、その猿を借りて来ました。この猿は実におとなしい猿で、能(よ)くいうことを聞いてくれまして、約束通りの参考にはなりました。

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甲賀三郎

【血液型殺人事件】

 一体毛沼博士は、外科の教授に在勝(ありがち)な豪放磊落(ごうほうらいらく)な所があって、酒豪ではあるし、講義もキビキビしていて、五十二歳とは思えない元気溌剌(げんきはつらつ)たる人で、小事には拘泥しないという性質(たち)だった。所が、この二三月はそんなに目立つ程ではないが、何となく意気消沈したような所があり、鳥渡した物音にもギクッとしたり、講義中に詰らない間違いをしたり、いつも進んでする手術を、態(わざ)と若い助教授に譲ったり、些細な事ながら、少し平素と変った所があったのだ。

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押川春浪

【本州横断 癇癪徒歩旅行】

 何しろ重い荷物を引担いで山道は迷う、炎天には照りつけられる、その上昨夜(ゆうべ)の睡眠不足も手伝って、一行の足の重きこと夥(おびただ)しく、些(いささ)か意気消沈の気味にも見えるので、こんな事ではいかん、反対療法に如(し)くは無しと、その実吾輩も大いに凹垂(へこた)れているくせに、

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相馬愛蔵
相馬黒光

【一商人として ――所信と体験――】

喧嘩に勝った鶏は揚々として首を高くもたげて四辺を睥睨(へいげい)し、あたかも凱旋将軍の如くでますます飼主に重んぜられる。これに反し敗れた鶏は意気消沈して、一時に肉が落ち味も劣ってしまう。それゆえ鶏が闘って敗れればそれはもう中村屋の使用鶏にはなれないのです。

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ビクトル・ユーゴー
Victor Hugo
豊島与志雄訳

【レ・ミゼラブル LES MISERABLES 第三部 マリユス】

彼はすべてが懶(ものう)く、熱に浮かされ、乱れた悲しい目つきを暗夜のうちに据え、宴楽の帰りのにぎやかな連中を乗せてそばを通りすぎてゆく楽しい馬車の響きとほこりとに脅かされ、意気消沈して、頭をはっきりさせるために途上の胡桃(くるみ)の木立ちのかおりを胸深く吸い込みながら、家に帰っていった。

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ロマン・ローラン
Romain Rolland
豊島与志雄訳

【ジャン・クリストフ JEAN-CHRISTOPHE 第五巻 広場の市】

これこれの仕事を仕上げるには、これだけの金を儲(もう)けるには、幾日くらいかかるかと長い間勘定した。その勘定を間違えてはまたやり直した。よく眠った。日々が過ぎていった……。
 それらのひどい意気消沈の合い間合い間には、子供らしい嘲笑(ちょうしょう)的な快活さが起こってきた。他人をあざけり自分自身をあざけった。

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夏目漱石

【行人】

 自分はB先生のこの言葉に対しても、平生の通り気楽な答ができなかった。先生は「今日は君いやに 意気銷沈いきしょうちんしているね」と云ったぎり話頭を転じて、ほかのものと愚にもつかない馬鹿話を始め出した。自分は自分の前にある茶碗の中に立っている茶柱を、何かの前徴のごとく見つめたぎり、左右に起る笑い声を聞くともなく、また聞かぬでもなく、黙然もくねんと腰をかけていた。

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宮沢賢治

【ビジテリアン大祭】

享楽と云うよりは欠くべからざる精神爽快剤レフレッシュメントである。労働につかれ種々の患難かんなんに包まれて 意気銷沈いきしょうちんした時にはあるいは小さな歌謡かよう口吟くちずさむ、談笑する音楽をく観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。この快楽を菜食ならば著しく減ずると思う。殊に愉快に食べたものならば実際消化もいいのだ。

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坂口安吾

【安吾新日本風土記 第一回 高千穂に冬雨ふれり≪宮崎県の巻≫】

 私たちが高千穂を出発するとき、この旅行ではじめての雨がふりだしていた。山中であるから、雨がふるとさすがに寒い。私は下痢で悩んでいたので、熊本まで五時間のバスの中で便意を催したらどうしたらいいのかと人に云えない苦労のために意気銷沈していたのである。

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泉鏡花

【薄紅梅】

せよ、……今、酒を追加する……小豆は意気を銷沈しょうちんせしめる。」
意気銷沈より脚気 衝心しょうしん可恐こわかったんだ。――そこで、その小豆を喰いながら、わたいらが、売女なら、どうしよってんだい、小姐ちいねえさん、内々の紐が、ぶら下ったり、爪の掃除をしない方が、余程よっぽど汚れた、頽れた、浅ましい。……塩みがきの私らを大きにお世話だ、お茶でもあがれ、とべっかっこをして見せた。」

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伊丹万作

【私の活動写真傍観史】

 小山内さんの批評はかんばしくないのが常で伊藤はたいがい意気銷沈して帰つてきたようである。しかし伊藤の努力はわりに早くむくいられて、松竹キネマ創立期の写真には彼の脚本が多く用いられた。
 松竹キネマ作品の最初の公開が明治座かどこかで行われたときにもむろん、彼の脚色になる写真があつたので私は伊藤といつしよにそれを見に行つた。

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寺田寅彦

【柿の種】

 犬吠岬いぬぼうざきの茶店の主人の話だそうである。三十年来の経験で、自殺者心中者はたいてい様子でわかる。思案にくれて懊悩おうのうしているようなのはかえって死なない。写真でも撮らせたり、ひどく元気よくはしゃいでいるのが怪しいということである。いったい死ぬほどに 意気銷沈いきしょうちんしたものなら首くくりのなわを懸けるさえ大儀な気がしそうである。それをわざわざ遠く出かけて、しかも三原や浅間に山登りをする元気があるのは不思議なような気がする。こういう種類の自殺者は、悲観のためではなくてみんな興奮のために死ぬるのだろうと思われる。

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吉川英治

【三国志 群星の巻】

 そして、ことの仔細を、ありのままに丞相へ報告に及んだ。
 董卓は、虎牢関ころうかんの大敗以来、このところ意気銷沈していた。

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Last updated : 2024/06/28