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一国一城
いっこくいちじょう
作家
作品

森鴎外

【興津弥五右衛門の遺書】

横田嘲笑(あざわら)いて、それは力瘤(ちからこぶ)の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣(や)るかと申す場合ならば、飽(あ)くまで伊達家に楯(たて)をつくがよろしからん、高が四畳半の炉(ろ)にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄(す)てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候(そうら)わば、臣下として諫(いさ)め止(とど)め申すべき儀(ぎ)なり、

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坂口安吾

【梟雄】

 けれども、法蓮房はバカバカしくなってしまったのである。井の中の薄馬鹿な蛙のような坊主どもの指金(さしがね)できまる名僧の名に安住する奴も同じようなバカであろう。坊主などはもうゴメンだと思った。
 乱世であった。力の時代だ。時運にめぐまれれば一国一城の主となることも天下の権力者となることもあながち夢ではない。
 彼は寺をでて故郷へ帰り、女房をもらい、松波庄五郎と名乗って、燈油の行商人となった。

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坂口安吾

【志賀直哉に文学の問題はない】

 太宰、織田が志賀直哉に憤死した、という俗説の一つ二つが現われたところで、異とするに足らない。一国一城のアルジがタムロする文壇の論説が一二の定型に統制されたら、その方が珍であろう。奇説怪説、雲の如くまき起り、夜鴉(よがらす)文士や蝮(まむし)論客のたぐいを毒殺憤死せしめる怪力がこもれば結構である。

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林芙美子

【新版 放浪記】

――少しばかり生活が楽になった故、義父も母も呼びよせてはみたけれども、貧しく、あのように一つに共同しあっていた者達の気持ちが、一軒の家に集まってみると、一人一人の気持ちが東や西や南へてんでに背を向けているのでした。皆、円陣をつくって、こちらへ向いて下さいと願っても、一人一人が一国一城の主(あるじ)になりすぎているのです。かわやへなぞ這入っていると、思わず涙が溢れる事がある。長い間親達から離れていると、血を呼ぶ愛情はあっても、長い間一ツになって生活しあわないせいか、その愛情と云うものが妙に薄くなってしまっているのを感じている。

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薄田泣菫

【小壺狩】

 このやうに一国一城よりも、骨肉の生命よりも、茶器の価値が重く見られた時代ですから、名器の発見は、その大名にとつては、所領一箇国の加増といふことにもなりました。いや、それのみではありません。

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佐々木味津三

【旗本退屈男 第五話 三河に現れた退屈男】

いかさま見様に依っては、その異名のごとくぐずることにもなったに違いないが、しかし、同じぐずりであったにしても、一国一城の主人(あるじ)を向うに廻してのことであるから、まことにやることが大きいと言うのほかはない。

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佐々木味津三

【右門捕物帖 妻恋坂の怪】

 一国一城のあるじにしてすでにそうであるから、およそ官途(かんと)にある者のすべてが、下は上へ、上はそのまた上へと、一年一度の義理を果たしに出かけるのはさらに当然なことなので、すなわち伝六は右門のところへ、右門はお奉行(ぶぎょう)のところへ、――もちろん行くだろうと思ったのに行かないのです。

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島木健作

【黒猫】

 私は母に黒猫の命乞いをしてみようかと思った。私は彼はそれに値する奴だと思った。私は彼のへつらわぬ孤傲(こごう)に惹(ひ)かれている。夜あれだけの事をして、昼間は毛筋ほどもその素ぶりを見せぬ、こっちの視線にみじんもたじろがぬ、図々しいという以上の胆の太さだけでも命乞いをされる資格がある奴だと思った。人間ならば当然一国一城のあるじである奴だ。それが野良猫になっているのは運命のいたずらだ。

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饗庭篁村

【隅田の春】

社員(しやゐん)充満(みちみち)ていづれも豪傑然(がうけつぜん)たり、機会(とき)にあたれば気は引立(ひきたつ)ものなり、元亀(げんき)天正(てんしやう)の頃(ころ)なれば一国一城の主(ぬし)となる手柄(てがら)も難(かた)からぬが、岸(きし)に堤(つゝみ)に真黒(まつくろ)に立続(たちつゞ)けし人も皆(み)な豪傑然(がうけつぜん)たり、

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中里介山

【大菩薩峠 安房の国の巻】

 あの凜々(りり)しい、水の垂(したた)るような若い殿様ぶりが、今は頭の髪から着物に至るまで、まるで打って変って異人のような姿になり、その上に昔は、仮りにも一国一城を預かるほどの格式であったが、今は、見るところ、あの清吉という男を、たった一人召使っているだけであるらしい。その一人の男の姿が見えなくなると、御自分が提灯をさげて探しに出て行かねばならないような、今の御有様は、思いやると、おいとしいような心持に堪えられない。

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国枝史郎

【南蛮秘話森右近丸】

「だが相手の大将も、尋常の奴じゃアないんだからな」やっぱり猪右衛門は不安らしい。
「そりゃア云う迄もありゃアしないよ。昔は一国一城の主、しかも西洋の学問に、精通している人間だからね」
「だからよ、猿若やりそこない、とっ捕まりゃアしないかな」

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林不忘

【魔像 新版大岡政談】

「越州殿はお人が悪い。こりゃすこし、向後(こうご)口を戒めると致そう」
 この淡路守の相手は、大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)なのである。江戸南町奉行大岡越前守忠相(ただすけ)である。老中、若年寄、御小人目附(おこびとめつけ)、寺社奉行、勘定奉行、町奉行と来て、これを四十八高という。そのうち、一国一城の主君(あるじ)である大頭株に介在して、身分は単に一旗本に過ぎないのだが、ふだんから一目(もく)も二目も置かれて破格の扱いを受けているのがこの大岡越前である。

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Last updated : 2024/06/28