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一瀉千里
いっしゃせんり |
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作家
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作品
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芥川龍之介 |
【木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)】
山門既に平氏に反く、平氏が、知盛、重衡等をして率ゐしめたる防禦軍が、遂に海潮の如く迫り来る革命軍に対して、殆ど何等の用をもなさざりしも豈宜ならずや。かくの如くにして、革命の激流は一瀉千里、遂に平氏政府を倒滅せしめたり。平氏は是に於て最後の窮策に出で至尊と神器とを擁して西国に走らむと欲したり。竜駕已に赤旗の下にあらば又以て、宣旨院宣を藉りて四海に号令するを得べく、已に四海に号令するを得ば再天日の墜ちむとするを回らし、天下をして平氏の天下たらしむるも敢て難事にあらず。
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有島武郎 |
【或る女(前編)】
「女の弱き心につけ入りたもうはあまりに酷(むご)きお心とただ恨めしく存じ参らせ候(そろ)妾(わらわ)の運命はこの船に結ばれたる奇(く)しきえにしや候(そうら)いけん心がらとは申せ今は過去のすべて未来のすべてを打ち捨ててただ目の前の恥ずかしき思いに漂うばかりなる根なし草の身となり果て参らせ候を事もなげに見やりたもうが恨めしく恨めしく死」となんのくふうもなく、よく意味もわからないで一瀉千里(いっしゃせんり)に書き流して来たが、「死」という字に来ると、葉子はペンも折れよといらいらしくその上を塗り消した。思いのままを事務長にいってやるのは、思い存分自分をもてあそべといってやるのと同じ事だった。葉子は怒りに任せて余白を乱暴にいたずら書きでよごしていた。 |
宮沢賢治 |
【フランドン農学校の豚】
「でね、実は相談だがね、お前がもしも少しでも、そんなようなことが、ありがたいと云う気がしたら、ほんの小さなたのみだが承知をしては貰(もら)えまいか。」「はあ。」豚は声がかすれて、返事がどうしてもできなかった。 「それはほんの小さなことだ。ここに斯(こ)う云う紙がある、この紙に斯う書いてある。死亡承諾書、私儀(ぎ)永々御恩顧(ごおんこ)の次第(しだい)に有之候儘(これありそうろうまま)、御都合(ごつごう)により、何時(いつ)にても死亡仕(つかまつ)るべく候年月日フランドン畜舎(ちくしゃ)内、ヨークシャイヤ、フランドン農学校長殿(どの) とこれだけのことだがね、」校長はもう云い出したので、一瀉千里(いっしゃせんり)にまくしかけた。 「つまりお前はどうせ死ななけぁいかないからその死ぬときはもう潔(いさぎよ)く、いつでも死にますと斯う云うことで、一向何でもないことさ。死ななくてもいいうちは、一向死ぬことも要(い)らないよ。ここの処へただちょっとお前の前肢(まえあし)の爪印(つめいん)を、一つ押しておいて貰いたい。それだけのことだ。」 |
林芙美子 |
【崩浪亭主人】
見合ひをして、ものの十日もたゝぬうちに、妙子に灰色のスーツに、ピンクのブラウスが宮内はなのところからとどけられて來た。スーツの布地は隆吉が同じマアケツトの店からみたてて割合安く買つておいたものであつたが、ピンクの、デシンのブラウスは宮内はなの心づかひであつたので、妙子よりも隆吉はその贈物に心をときめかせるありさまで、縫賃も取らないと云ふ、まことに有難いほどな心意氣であつてみれば、もう、一瀉千里な氣特にならずにはゐられない。
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狩野亨吉 |
【安藤昌益】
偖て原始時代に遡つて見れば其所にはあらゆる事物の搖籃が見出され、而して其搖籃の中に育ちつつある事物の起原が夫れ自身の詐らざる告白を爲すことに由つて、彼はやつと彼の提出した大問題の解決方法を考付いたのであつた。夫れから後は一瀉千里、完全に此大問題を解決することが出來たと思つた。彼が搖籃の中に見出したと云ふものは腕力であつた。同時に智力もあつた。
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木下尚江 |
【政治の破産者・田中正造】
この十八日、衆議院の予算本会議では、民党査定案が一瀉千里の勢で通過し、二十二日には、今期の議会第一の問題たる海軍拡張の予算案が全部否決された。かく火花を散らして闘ふ政府と民党との衝突は、これ然しながら、藩閥政府打破の旧観念に属す。田中正造が投げた鉱毒問題には、金権政治の弾劾と云ふ未来の時代を孕(はら)んで居た。
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大杉栄 |
【獄中消息】
宛名・日附不明今朝早くからエスペラントで夢中になっております。一瀉千里の勢いとまでは行きませんが、ともかくもズンズン読んでゆけるので嬉しくて堪りません。予審の終結する頃までにはエスペラントの大通になって見せます。 |
山中貞雄 |
【五題】
ひとが電報まで打ッて厭じゃと断るものを無理に書けと言って寄こした旬報の曰くが「左記項目のうち御気に召した題を御選びの上御執筆下さいますよう茲に懇願いたす次第」と書いて題のところに「小説の映画化戯曲の映画化私感。内外優秀脚色家。好きな脚色家。僕の一番苦しむもの。他雑感」とある。眺め渡した処「御気に召した題」が一つも見つからぬので面倒臭くなって片っ端から一瀉千里に片付けてやる決心をする。
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牧野信一 |
【熱海線私語】
居眠りをしながらでも――などと祖父は極めて安楽さうに吹聴するものゝ、おそらく十人乗りぐらひの箱車を四五人の被布姿の運転手が力を合せて後おしするのであつたから、ちよつとした勾配に差しかゝつても、歩く人よりも遥かに鈍くなり、降りとなれば、運転手達は虫籠にとまつた蝉のやうに踏台に吸ひつき、その間こそは正に一瀉千里、「つばめ」か「さくら」のやうに実に猛烈な勢ひで砂塵を巻いて、滑り落ちるのであつたから、母は私を抱きすくめて震へて居り、あんなことを云つてゐた祖父にしろ思はず婆さんと声を合せて御題目を唱へるやうな始末だつたから、凡そ安楽な気遣ひは絶無だつたのだ。
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中里介山 |
【大菩薩峠 駒井能登守の巻】
「どうして、今川義元や斎藤道三(どうさん)、或いは浅井朝倉あたりとは相手が違う、謙信があの勢いでもって、北国から雪崩(なだれ)の如く一瀉千里(いっしゃせんり)で下って来て見給え、木下藤吉郎なんぞも、まだ芽生(めばえ)のうちに押しつぶされて安土(あづち)の城が粉のようになって飛ぶ。謙信をもう少し生かしておいて、あの勝負だけはやらせてみたかった」
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夢野久作 |
【超人鬚野博士】
「ううむ。怪(け)しからん奴だ。親に相談すべき事を……ううむ」と老伯爵が唸った。こうなると伯爵もへったくれもあったものじゃない。父親としての面目までも、丸潰れの型なしだ。しかし女将(おかみ)は一切お構いなしで、持って生まれた一瀉千里(いっしゃせんり)のペラペラを続けた。 |
小熊秀雄 |
【小熊秀雄全集-19- 美術論・画論】
私は印象批評といふことが嫌ひである、しかし多くの洋画が、私にとつては印象批評を避けては、全く一言半句も批評することができないほどに、この人々の絵が何が何やら判らないものを描いてゐるとすれば、これらの人々の全く印象的な態度に応へる批評態度として、印象批評をやるより方法がないと思ふ。そこで私は一瀉千里的に、これまであまりやりたくなかつた印象批評、直感批評を、この展覧会の人々の作品にやつてみたい、そして勝負をかういふ風に決めたい、即ちかゝる人々の描く、全く現象的な印象的な、わけのわからない仕事も、また何等かの形でその作画過程に、現実的根拠があるのであるから、私の直感批評もまた、私の背後に現実的根拠をもつてゐる、 |
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