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一所懸命
いっしょけんめい
作家
作品

太宰治

【満願】

「奥さま、もうすこしのご辛棒(しんぼう)ですよ。」と大声で叱咤(しった)することがある。
 お医者の奥さんが、或るとき私に、そのわけを語って聞かせた。小学校の先生の奥さまで、先生は、三年まえに肺をわるくし、このごろずんずんよくなった。お医者は一所懸命で、その若い奥さまに、いまがだいじのところと、固く禁じた。奥さまは言いつけを守った。

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紫式部
與謝野晶子訳

【源氏物語 夕顔】

「おまえの所へ尼さんを見舞いに行った時に隣をのぞかせてくれ」
 と源氏は言っていた。たとえ仮住まいであってもあの五条の家にいる人なのだから、下の品の女であろうが、そうした中におもしろい女が発見できればと思うのである。源氏の機嫌(きげん)を取ろうと一所懸命の惟光であったし、彼自身も好色者で他の恋愛にさえも興味を持つほうであったから、いろいろと苦心をした末に源氏を隣の女の所へ通わせるようにした。

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堀辰雄

【幼年時代】

その女の子は、そんな私をすこし持て余すようにしていたが、おとなしい性質と見え、何をしても私のするがままになっていた。しかし、同じままごと遊びをするにしても、お竜ちゃんだったら何をしても私の気に入るように出来たのに、その女の子と来たら、一所懸命に私のために何をやっても、私の気に入るようには出来なかった。

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下村湖人

【次郎物語 第二部】

「次郎君は案外素直な子供ですぞ。」
 俊亮は、眼をぱちくりさせた。
「素直じゃから、かあっと気合をかけさえすれば、面がとれると思いこんで、一所懸命に打込んでまいりますのじゃ。」
「なるほど。」

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水野仙子

【醉ひたる商人】

――旅行の汽車はいつも三等に乘つて、彼等の樣々な談話に耳を藉すのが好きなのであつた。あるとき彼は那須野の老軍人が買つて置いた土地の爲の用事で、東北の方を旅行した事があつた。その時自分の前の座席に腰を掛けて、隣り合せた男と頻に開墾地の話をしてゐた商人體の男があつて、その話してゐる事が自分の用事と少し關係がある爲に一所懸命耳を傾けてゐるうちに、男爵はその男の言ふ事がすつかり氣に入つてしまつたのみならず、その猫背の實直らしく見えるところから、手織縞の服裝から、何まで氣に入つてしまつたのであつた。

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夢野久作

【犬と人形】

 太郎さんは一番に飛び起きて、
「ポチだ、ポチだ」
 と表へ飛び出しました。お父様もお母様も花子さんも驚いてみんな表へ出ますと、泥棒のようななりをした大男が犬に食いつかれて跛(びっこ)を引き引き向うへ逃げて行きます。そのあとからポチが一所懸命吠えながら追っかけて行きますと、やがて泥棒は通りかかったお巡査(まわり)さんに捕まってしまいました。

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佐左木俊郎

【指と指環】

 銀座はまだ賑わっていた。その裏露路だった。一方はコンクリートの上層建築。一方はトタン屋根のバラック。その薄暗い街燈の下で、婦人は一人の男と立ち話をしていた。男は毛の立ったハンチングを目深に冠って鼠色の二重廻しを着ていた。
「おかしいったらありやしないわ。先方では逆に、いつの間にか私の後をつけているらしい様子なのよ。今頃、また一所懸命に私を見つけてるかも知れないわ、きっと。可哀想に!……」
 婦人は静かに笑いながら話していた。
「実際、おめえの手にかかっちゃ叶わねえな。全くおめえの指は素晴らしい指だよ。俺なんか、今夜はまだ蟇口(がまぐち)一つだ。」
「しかも私のなんか、バスの中でなのよ。先様が一所懸命で私に注意しているそのチョッキの、内ポケットで拾ったんですからね。」

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田中貢太郎

【女仙】

機先を制して打ち殺せと、用意の錬(ね)り玉(だま)と云うのを手早く込めなおして、著弾(ちゃくだん)距離になるのを待っていたが、少女はすこしも恐れるような気ぶりも見せず、平然として前へ来た。
「頼みたい事があってまいったから、どうかそんな物を引っこめてもらいたい。打とうと思ったところで、鉄砲などの的(あた)るような者でもない、それに一所懸命に狙っておっては、わたしの云う事が判らないであろう」
 少女の口辺(くちもと)には微笑が浮んでいた。西応房の猟師は猟銃を控えた。

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寺田寅彦

【夢】

 広場のところまで来ると行列が止まった。そして家畜を中心にして行列の人と見物人とが円陣を作った。
 行列の一人が中央に進み出て演説を始めた。私は一所懸命にその演説者の言葉の意味を拾おうと思って努力したが、悲しい事には少しも何の事だか分らなかった。ただ時々イエネラール何とかいう言葉を繰返すのがやっと聞きとれただけであった。

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高村光太郎

【啄木と賢治】

非常に宗教心にあつく、法華経(ほけきょう)を信仰して、まるで菩薩(ぼさつ)さまのような生活をおくっていました。仏さまといってもいい程です。自分をすてて人の為に尽し、殊に貧しい農夫の為になる事を一所懸命に実際にやりました。詩人であるばかりでなく農業化学や地質学等の科学者でもあり、酸性土壌改良の炭酸カルシュームを掘り出したり、世の中にひろめたりしました。

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大阪圭吉

【香水紳士】

 なんという恐しいことだろう!
 からだ中の血潮(ちしお)が、ドキドキと逆流(ぎゃくりゅう)するようだ。とてもジッとしていられない。が、さりとて、妙に体が硬張(こわば)って、声を立てることも、動くことも出来ない。
「人違いであってくれればいいが!」
 クルミさんは、一所懸命に自分を押えつける。しかし、その下から、ムクムクと恐しい考えが浮上って来る。
 ――なるほど、洋服を着た人は何処にでもいるし、大きな男も何人もいるかもしれない。そして、中指を怪我(けが)して失った方も、広い東京には何人もいるかも知れない。しかし、この三つの特徴(とくちょう)が三つともピッタリあてはまるというような人が何人もいるものだろうか?

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伊藤左千夫

【去年】

 君が歌を作り文(ぶん)を作るのは、君自身でもいうとおり、作らねばならない必要があって作るのではなく、いわば一種のもの好き一時の慰みであるのだ。君はもとより君の境遇からそれで結構(けっこう)である。いやしくも文芸にたずさわる以上、だれでもぜひ一所懸命になってこれに全精神を傾倒(けいとう)せねばだめであるとはいわない。人生上から文芸を軽くみて、心の向きしだいに興を呼んで、一時の娯楽のため、製作をこころみるという、君のようなやり方をあえて非難する[#「非難する」は底本では「非離する」]のではない。ただ自分がそうであるからとて、人もそうであると臆断(おくだん)するのがよくないと思う。

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内村鑑三

【後世への最大遺物】

「これは面白い本だ、一つドウゾ今晩私に読ましてくれ」といった。ソコで友人がいうには「明日の朝早く持ってこい、そうすれば貸してやる」といって貸してやったら、その人はまたこれをその家へ持っていって一所懸命に読んで、暁方(あけがた)まで読んだところが、あしたの事業に妨(さまた)げがあるというので、その本をば机の上に抛(ほう)り放(はな)しにして床(とこ)について自分は寝入ってしまった。

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久坂葉子

【幾度目かの最期】

――そのものが何だったか忘れたけれど、それに布をかぶせておいて、暫くしてから布をとりはずし、唇を寄せて、すうっと空気をすうのです。そうすれば子供が生れる。そんなことを、S新聞社のN女史が一所懸命に私に教えてくれている夢でした。
 おかしな夢だ、など苦笑しながら、うつらうつらしてました。と、電話の鈴。私は、鉄路のほとりだろうと思いました。ところが、それは九時すぎ、会社へ行った兄からだったのです。

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織田作之助

【わが町】

 ずけずけと言ったが、ふと君枝の洗っている部分が地蔵の足だと気がつくと、何か思い当り、
「他あやん、この頃足でもわるいのんとちがうの?」
 と、訊いた。
「いいえ、わるいことはあれしまへんけど、お祖父ちゃんは足つかう商売やさかい、疲れが出んように思て……」
 こうして願を掛けているのだと、君枝は一所懸命な手の動きでそれを示した。
 次郎はいきなり胸うたれて、もう君枝の迷信を咎める気持を捨てた。
「お待遠(まっとう)さん」

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国枝史郎

【生死卍巴】

 丹生川平の九人の男達に、掠奪をされてここまで来たが、その九人の男達が、弦四郎を助けて宮川茅野雄を、討って取ろうと心掛けた結果、投げ出した九人の小枝の侍女達は、今やどこにいるであろう。その幾人かは気絶をして、草の上に無残に仆れていたが、その幾人かは自分達の主人の、気絶をしている小枝を囲んで、呼び生かそうと手を尽くしていた。が、その幾人かはこの出来事を、白河戸郷の郷民達へ、知らせようものと叫んだり喚いたり、同じく転んだり起きたりして、曠野の草花を蹴散らして、一所懸命に走っていた。
 そういう悲惨なあわただしい、光景の中に突っ立って、茅野雄は上段に弦四郎は正眼に、刀を構えて睨み合っていた。

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高神覚昇

【般若心経講義】

 真理への思慕 その昔、知識に餓(う)えた一人の青年がありました。彼は真理の智慧を求むべく、エジプトのザイスという所へ行きました。そしてそこで、彼は、一所懸命に真理の智慧を探(さが)し求めたのでした。しかし、求める真理の智慧は容易に索(もと)め得られませんでした。ところが、ある日のこと、彼は師匠と二人で、静かな、ある秘密の部屋の中に坐(すわ)ったのでした。そこは白い紗(しゃ)に蔽われた、一個の巨像が、森厳(しんごん)そのもののように立っていたのです。その時、青年は突然、師匠に対(むか)って、この巨像が何者であるかを尋ねました。
「真理!」
 それが師匠の答えでした。

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  • このサイトの制作時点では、三省堂の『新明解 四字熟語辞典』が、前版の5,600語を凌ぐ6,500語を収録し、出版社によれば『類書中最大。よく使われる四字熟語は区別して掲示。簡潔な「意味」、詳しい「補説」「故事」で、意味と用法を明解に解説。豊富に収録した著名作家の「用例」で、生きた使い方を体感。「類義語」「対義語」を多数掲示して、広がりと奥行きを実感』などとしています。

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Last updated : 2024/06/28