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一生懸命
いっしょうけんめい |
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作家
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作品
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芥川龍之介 |
【杜子春】
神将は戟を高く挙げて、向うの山の空を招きました。その途端に闇がさっと裂けると、驚いたことには無数の神兵が、雲の如く空に充満(みちみ)ちて、それが皆槍(やり)や刀をきらめかせながら、今にもここへ一なだれに攻め寄せようとしているのです。この景色を見た杜子春は、思わずあっと叫びそうにしましたが、すぐに又鉄冠子の言葉を思い出して、一生懸命に黙っていました。神将は彼が恐れないのを見ると、怒(おこ)ったの怒らないのではありません。 「この剛情者め。どうしても返事をしなければ、約束通り命はとってやるぞ」 |
夏目漱石 |
【坊っちゃん】
弱虫の癖(くせ)に四つ目垣を乗りこえて、栗を盗(ぬす)みにくる。ある日の夕方折戸(おりど)の蔭(かげ)に隠(かく)れて、とうとう勘太郎を捕(つら)まえてやった。その時勘太郎は逃(に)げ路(みち)を失って、一生懸命(いっしょうけんめい)に飛びかかってきた。向(むこ)うは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。
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夏目漱石 |
【明暗】
自分が十(とお)ぐらいであった時の心理状態をまるで忘れてしまった津田には、この返事が少し意外に思えた。苦笑した彼は、そこへ気がつくと共に黙った。子供はまた一生懸命に手品遣(てずまつか)いの方ばかり注意しだした。服装から云うと一夜(いちや)作りとも見られるその男はこの時精一杯大きな声を張りあげた。「諸君もう一つ出すから見ていたまえ」 |
夏目漱石 |
【吾輩は猫である】
世の中を冷笑しているのか、世の中へ交(まじ)りたいのだか、くだらぬ事に肝癪(かんしゃく)を起しているのか、物外(ぶつがい)に超然(ちょうぜん)としているのだかさっぱり見当(けんとう)が付かぬ。猫などはそこへ行くと単純なものだ。食いたければ食い、寝たければ寝る、怒(おこ)るときは一生懸命に怒り、泣くときは絶体絶命に泣く。第一日記などという無用のものは決してつけない。つける必要がないからである。
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宮沢賢治 |
【風の又三郎】
嘉助はやっと起き上がって、せかせか息しながら馬の行ったほうに歩き出しました。草の中には、今馬と三郎が通った跡らしく、かすかな道のようなものがありました。嘉助は笑いました。そして、(ふん、なあに馬どこかでこわくなってのっこり立ってるさ、)と思いました。そこで嘉助は、一生懸命それをつけて行きました。 ところがその跡のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、おとこえしや、すてきに背の高いあざみの中で、二つにも三つにも分かれてしまって、どれがどれやらいっこうわからなくなってしまいました。 |
宮沢賢治 |
【銀河鐵道の夜】
ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとつたかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生懸命にげた。それでもとうとうこんなになつてしまつた。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだを、だまつていたちに呉れてやらなかつたらう。そしたらいたちも一日生きのびたらうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてず、どうかこの償には、まことのみんなの幸のために私のからだをおつかひ下さい。つて云つたといふの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだが、まつ赤なうつくしい火になつて燃えて、よるのやみを照らしてゐるのを見たつて。
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幸田露伴 |
【蒲生氏郷】
左馬允も斯様(こう)なっては是非が無い、ここで負けては仮令(たとい)過まって負けたにしても軽薄者表裏者になると思ったから、油断なく一生懸命に捻合った。双方死力を出して争った末、とうとう左馬允は氏郷を遣付けた。其時はじめて氏郷は莞爾(かんじ)と笑って、好い奴だ、汝は此の乃公(おれ)に能(よ)う勝ったぞ、と褒美して、其の翌日知行米加増を出したという。
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小林多喜二 |
【蟹工船】
皆は、「糞壺」の入口に時々眼をやり、その話をもっともっとうながした。彼等は、それから見てきたロシア人のことを色々話した。そのどれもが、吸取紙に吸われるように、皆の心に入りこんだ。「おい、もう止(よ)せよ」 船頭は、皆が変にムキにその話に引き入れられているのを見て、一生懸命しゃべっている若い漁夫の肩を突ッついた。 |
田山花袋 |
【田舎教師】
晴れた日には、農家の広場に唐箕(とうみ)が忙(せ)わしく回った。野からは刈り稲を満載(まんさい)した車がいく台となくやって来る。寒くならないうちに晩稲(おくて)の収穫(しゅうかく)をすましてしまいたい、蕎麦(そば)も取ってしまいたい、麦も蒔(ま)いてしまいたい。百姓はこう思ってみな一生懸命に働いた。十月の末から十一月の初めにかけては、もう関東平野に特色の木枯(こがらし)がそろそろたち始めた。朝ごとの霜は藁葺(わらぶき)の屋根を白くした。
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泉鏡花 |
【高野聖】
ちょうどこの上口(のぼりぐち)の辺に美濃(みの)の蓮大寺(れんだいじ)の本堂の床下(ゆかした)まで吹抜(ふきぬ)けの風穴(かざあな)があるということを年経(とした)ってから聞きましたが、なかなかそこどころの沙汰(さた)ではない、一生懸命(いっしょうけんめい)、景色(けしき)も奇跡(きせき)もあるものかい、お天気さえ晴れたか曇ったか訳が解らず、目(ま)じろぎもしないですたすたと捏(こ)ねて上(のぼ)る。
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太宰治 |
【桜桃】
母も精一ぱいの努力で生きているのだろうが、父もまた、一生懸命であった。もともと、あまりたくさん書ける小説家では無いのである。極端な小心者なのである。それが公衆の面前に引き出され、へどもどしながら書いているのである。書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。
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下村湖人 |
【次郎物語 第一部】
だが、彼は、自分の死骸を想像すると同時に、きっと、その死骸を取り巻いている多くの人々を想像する。すると、彼の心は決して平静であることが出来ない。それは、そのなかに、父や、母や、祖母や、春子などの顔が、さまざまのちがった表情をして現れて来るからである。祖母の顔を想像すると、彼は、何くそ、死ぬものか、という気になる。父や春子の顔を想像すると、哀れっぽい甘い感じになって、死ぬことを幸福だとさえ思う。(ところで、母さんはどんな顔をするだろう。) 彼はいつも、一生懸命で母の表情を想像してみるのだが、どういうものか、ほかの人たちの顔ほど、はっきり浮かんで来ない。 |
梶井基次郎 |
【ある心の風景】
先月はお花を何千本売って、この廓(くるわ)で四番目なのだと言った。またそれは一番から順に検番に張り出され、何番かまではお金が出る由言った。女の小ざっぱりしているのはそんな彼女におかあはんというのが気をつけてやるのであった。「そんなわけやでうちも一生懸命にやってるの。こないだからもな、風邪ひいとるんやけど、しんどうてな、おかあはんは休めというけど、うちは休まんのや」 「薬は飲んでるのか」 |
梶井基次郎 |
【城のある町にて】
はあ、出て行ったな。と寝床の中で思っていると、しばらくして変な声がしたので、あっと思ったまま、ひかれるように大病人が起きて出た。川はすぐ近くだった。見ると、お祖母さんが変な顔をして、「勝子が」と言ったのだが、そして一生懸命に言おうとしているのだが、そのあとが言えない。「お祖母さん。勝子が何とした!」 |
菊池寛 |
【真珠夫人】
丁度その時に、喜太郎の大きい怒声に依つて、朧気な意識を恢復したらしい勝平は、低くうめくやうに云つた。「射つな、射つたらいけないぞ!」 それは、一生懸命な必死な言葉だつた。さう云つてしまふと、勝平はまたグタリと死んだやうになつてしまつた。 |
宮本百合子 |
【播州平野】
「日本人は破産している」と。偶然きいた外国人のその短い言葉は、ひろ子の耳の底へとおった。そして、心に止った。 一生懸命に体を平べったくし、翼をぱたぱたやってその水たまりで行水を使おうと骨折っている一羽の雀のもがきのようなものが、ここの家へついてからのひろ子の感情に生じた。直次という生活の中心を喪(うしな)った不幸は、ここの家の女ばかりの暮しから、その悲しみをたっぷり溢れさす気の張りをさえ失わせてしまっている。不幸とはそういうものだ。ひろ子は思った。ここで感情は破産させられている、と。 |
徳田秋声 |
【足迹】
「まあ聞いて下さいよお庄ちゃん――。」と、女は今度の試験を、長く一緒にいる男がまた取り外してしまったことを零しはじめた。「あんなに私が一生懸命になって、図書館に通わしてやっても、駄目なものはやはり駄目なんでしょうかね。これからまた一年、毎日毎日お弁当を拵えてやらなけアならないのかと思うと、私うんざりしちまいますよ。」お増は磯野に莨を吸いつけてやりながら、哀れな声で言った。 |
竹久夢二 |
【砂がき】
私は庭の方から窓の下へ歩みよつて、ガラス戸の外からモデル娘を覗いて見ました。娘は一生懸命に前髮の毛を指で引張つてゐるんです。それをどうするつもりなのか見てゐると、その髮の毛を鼻の上まで持つてきてそれを眼で見てゐるんです。自然兩方の眸がまん中へ寄つて、仁木彈正が忍びの術を使つてゐる時の、その眼をしてゐるんです。
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石川啄木 |
【鳥影】
取留めもなく氣がそはついてるうちに歩くともなくもう學校の門だ。つと入つた。職員室の窓が開いて、細い竿釣が一間許り外に出てゐる。宿直の森川は、シャツ一枚になつて、一生懸命釣道具を弄(いぢく)つてゐた。 不圖顏を上げると、 『オヤ、日向さん、何時お歸りになりました?』 |
倉田百三 |
【愛と認識との出発】
君よ! 哲学的に分離せんとしたわれらは再びここに哲学的に結合しようではないか。哲学の将来はなお遼遠である。ともに思索し、研究し、充実せる生を開拓しよう。この頃私は「生きんがため」という声を聞けば一生懸命になるんだ。耳を澄ませば滔々(とうとう)として寄せ来る唯物論の大潮の遠鳴りが聞こえる。
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堀辰雄 |
【菜穂子】
一体何を此の旅であてにしていたのか? 今までの所では、おれは此の旅では只おれの永久に失ったものを確かめただけではないか。此の喪失に堪えるのがおれの使命だと云う事でもはっきり分かってさえ居れば、おれは一生懸命にそれに堪えて見せるのだが。――ああ、それにしても今此のおれの身体を気ちがいのようにさせている熱と悪感との繰り返しだけは、本当にやり切れないなあ。……」
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有島武郎 |
【星座】
駅夫(えきふ)が鈴を鳴らして構内を歩きまわりはじめた。それとともに場内は一時にざわめきだして、人々はひとりでに浮足になった。婆やはもう新井田の奥さんどころではなかった。「危ない」と後ろからかばってくれたおぬいさんにも頓着(とんちゃく)せず、一生懸命に西山さんの方へと人ごみの中を泳いだ。
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中原中也 |
【山羊の歌】
さてどうすれば利するだらうか、とかどうすれば哂(わら)はれないですむだらうか、とかと 要するに人を相手の思惑に 僕はあなたがたの心も尤(もつと)もと感じ 今日また自分に帰るのだ さうしてこの怠惰の窗(まど)の中から 青空を喫(す)ふ 閑(ひま)を嚥(の)む 夜(よる)は夜(よる)とて星をみる |
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