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我武者羅
がむしゃら
作家
作品

坂口安吾

【勉強記】

 そんな一日。按吉は学校の門前で、一枚のビラをもらった。
 トルコ語とアラビヤ語を一ヶ年半にわたって覚える。授業は毎日夜間二時間。そうして、一年半の後、メッカ、メジナへ巡礼にでかける。回教徒の志望者をつのるビラであった。
 その日から、締切の最後の日まで、按吉は真剣に考えた。メッカ、メジナへ行きたくなってきたのである。
 そのころ彼は、ちょうどある回教徒の聖地巡礼の記録を読んだ直後であった。巡礼者の大群はアラビヤの沙漠を横断して、聖地へ向って、 我武者羅がむしゃらな旅行をはじめる。信仰の激しさが、旅行の危険よりも強い。そこで、食料の欠乏や、日射病や、疫病えきびょうで、沙漠の上へバタバタ倒れる。その屍体をふみこえて、狂信の群がコーランを誦しながら、ただ無茶苦茶に聖地をさして歩くのである。

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太宰治

【知らない人】

つかつかと歩み寄つたK少尉、いきなりびんたの一つも張るかと思つたらさにあらず、『それ位にして置いて早く集つて下さい、濟まんが』とやつたものだ。部下は飽氣にとられる。側にゐた上官が、そんなことで威嚴が保てるか、と眞赤になつてK少尉の膏を搾つたといふが、Kさんは、そんな人だ。決して威張れない人なんだ。それでゐて結構つよい半面もあつて、學問上の議論となると、なかなか讓らない。我武者羅に押通さうものなら、默つて聽いてはゐるが、『さういふけどなあ』とねちねちやつて來る。言ひ出したら引かない。しまひには辭引を出して來る。

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堀辰雄

【辻野久憲君】

さういふモオリアックの初期のものなどから、最近はもつと本格的なカトリック文學にずんずん惹きつけられてゐたやうですが、(さういふカトリック的要素は二つのうちでは「癩者への接吻」の方にずつと多かつたのぢやないかしら、)しまひにはとうとうモオリアックの近作「イエス傳」をすこし我武者羅な位に素早く(それで身體までこはしたやうだが)譯してしまつた。そしてそれが最後の仕事になつた。

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岸田國士

【中村・阪中二君のこと】

 阪中君は、中村君と対蹠的なものを多くもつてゐる。中村君は都会児であるに反し、阪中君は田舎者である。中村君は疑ひ深く、阪中君は信じ易い。中村君は婉曲な悪戯者であり、阪中君は我武者羅な人情家である。中村君は泣きながら舌を出し、阪中君は怒りながら愛してゐる。
 僕はこの二人の芸術家に等しく興味をもつてゐる。そしてその成長を楽しんでゐる。(一九二八・一〇)

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豊島与志雄

【死因の疑問】

 杉山さんというのは、あなたも御存じの杉山隆吉さんで、宅の主人と同じ政党に関係なすってるかた、まだ議員候補にお立ちなすったことはありませんが、お年のわりには才能手腕とも優れていらして、将来を嘱目されているとか聞いております。でもわたくしとしましては、あの我武者羅な押しの強い人柄を、あまり好きではございません。
 清さんは黙って俯向いていて、容易に事情を打ち明けようとしませんでしたが、やがて、決心したように言い出しました。そうなりますと、実にはっきりしております。

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永井荷風

【日和下駄 一名 東京散策記】

しかしそういう風な世渡りをいさぎよしとしないものはよろしく自ら譲って退しりぞくよりほかはない。市中の電車に乗って行先ゆくさきを急ごうというには乗換場のりかえばすぎたびごとに見得みえ体裁ていさいもかまわず人を突き退我武者羅 がむしゃらに飛乗る蛮勇ばんゆうがなくてはならぬ。自らその蛮勇なしとかえりみたならばいたずらいた電車を待つよりも、泥亀どろがめの歩み遅々ちちたれども、自動車の通らない横町よこちょうあるいは市区改正の破壊をまぬかれた旧道をてくてくと歩くに くはない。

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吉川英治

【新書太閤記 第五分冊】

「撃てーえッ」
 と、号令の声をきそった。
 ドドドドッ。ダダダダダッ――大地はとたんに狂震し出した。山も裂け雲もちぎれ飛ぶばかりである。硝煙は蜿蜒えんえんたるさくをつつみ、まるで蚊の落ちるように、その下に甲軍の兵馬は死屍ししを積みかさねた。
退くなッ」
 と、督戦とくせんしていた将も、
「おれにつづけ」
 と、我武者羅 がむしゃらに、柵を目がけ、戦友のかばねを踏んで、跳びかかって来る勇士も、驟雨しゅううのような弾道の外ではあり得なかった。くそうッ、無念ッ、何のッ――と叫びつつわめきつつ、ばたばたと同じ屍となり終った。

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Last updated : 2024/06/28