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臥薪嘗胆
がしんしょうたん
作家
作品

有島武郎

【或る女(後編)】

 しかしそれは葉子のいたましい自覚だった。美と健康とのすべてを備えていた葉子には今の自分がそう自覚されたのだけれども、始めて葉子を見る第三者は、物すごいほどえきって見える女盛りの葉子の惑力に、日本には見られないようなコケットの典型を見いだしたろう。おまけに葉子は肉体の不足を極端に人目をひく衣服で補うようになっていた。その当時は日露にちろの関係も日米の関係もあらしの前のような暗い徴候を現わし出して、国人全体は一種の圧迫を感じ出していた。臥薪嘗胆がしんしょうたんというような合い言葉がしきりと言論界には説かれていた。しかしそれと同時に日清にっしん戦争を相当に遠い過去としてながめうるまでに、その戦役の重い負担から気のゆるんだ人々は、ようやく調整され始めた経済状態のもとで、生活の美装という事に傾いていた。

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河上肇

【貧乏物語】

しかるに境遇はまた人間を支配するがゆえに、もしこの上戦争が長びき、人々が次第に新たなる経済組織に慣らされて来ると、あるいは戦後にも戦時中の組織がそのまま維持せられるかもしれない。否戦後もしばらくの間は、諸国民とも戦時と同じ程度の臥薪嘗胆がしんしょうたんを必要とするであろうから、戦時中の組織はおそらく戦争の終結とともに直ちに全くくずれてしまって、すべてがことごとく元のとおりになるという事はあるまい。少なくとも私はそう考える。それゆえ、私はプレンゲ氏とともに一九一四年はおそらく経済史上において将来一大時期を画する年となるであろうと思う。

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黒島傳治

【明治の戦争文学】

 ただ、ブルジョアジーが、その最初の戦争からして既に、多くの作家を動員したという事実が重要である。そして、諸々の作品に見られる愛国的乃至は軍国的意識性は、日清戦争の××××××××して解放戦争、防禦戦争としようとした従来の俗説(高橋亀吉等の)に対して、一つの反証を、ブルジョアジー自身によって動員された文学そのものが皮肉にも提供している。
 日清戦争後三国干渉があった。「臥薪嘗胆」なるスローガンは、国内大衆の意識を次の戦争へ集中せしめた。そして、十年して日露戦争が始った。出版物のあらゆるものが圧倒的に戦争に動員された。作家も、文学もまたその例外ではあり得なかった。
「戦争文学」「戦争小説」「やまと桜」「討露軍歌かちどき」等の戦ものばかりをのせる文学雑誌が現れた。またしても、江見水蔭、泉鏡花等は戦争小説を書きだした。広津柳浪、小栗風葉、三島霜川、徳田秋声、川上眉山、柳川春葉等も戦争小説を書いた。当時、作家に対して如何なる意識が要求せられたか、明治三十七年四月号の雑誌「戦争文学」の一文をして、それを語らしめよう。

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太宰治

【お伽草紙】

神は正義に味方する。かなはぬまでも、天誅! と一声叫んで真正面からをどりかかつて行くべきである。あまりにも腕前の差がひどかつたならば、その時には臥薪嘗胆、鞍馬山にでもはひつて一心に剣術の修行をする事だ。昔から日本の偉い人たちは、たいていそれをやつてゐる。

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大杉栄

【自叙伝】

 友人等との会の話が本屋のことにそれてしまった。もう一度話をもとに戻そう。  この会での一番大きな問題は、遼東半島の還附だった。僕は『少年世界』の投書欄にあった臥薪嘗胆論というのをそのまま演説した。みんなはほんとうに涙を流して臥薪嘗胆を誓った。

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佐々木味津三

【右門捕物帖 生首の進物】

あの片目の用人が、何かのことから手討ちにされて首を飛ばされてしまったのです。ところが、その首の形相がすごいにもすごいにも、半眼をあけてきっと久之進をにらみつけたものでしたから、伊豆守が折り紙をつけたとおり、小心なにわか旗本の小田切久之進は、その夜からうなされるというわけで、そこへ目をつけたのは、残忍な方法でという遺言を守りながら、十年臥薪嘗胆がしんしょうたんをしていた姉妹たちでした。片目の首を取っ替え取っ替え胸の上にのっけておいたら、手討ちにした用人の怨霊おんりょうとおじけあがって、いまに小胆な久之進が狂い死にするだろうと考えついたわけで、まことに小心な久之進にしてみれば、このくらい残忍にしてかつまたぶきみなふくしゅうのされ方というものはまたとないわけですが、したがって事件の発生当時から、一はおのれの旧悪をおおわんがために、二にはおのれの旗本にも似合わしからぬ小胆をおし隠そうためから、ごく内密にという条件が付されたわけでした。

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中里介山

【大菩薩峠 道庵と鰡八の巻】

 いずくんぞ知らん。この間にあって道庵先生は臥薪嘗胆がしんしょうたんの思いをして、復讐の苦心をしていたのであります。
 夜な夜な例のやぐらへ上っては、ひそかに天文を考え、地の理を吟味して、再挙の計画が、おさおさ怠りがありませんでした。

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Last updated : 2024/06/28