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開口一番
かいこういちばん
作家
作品

夏目漱石

【倫敦消息】

日本にいる人は英語なら誰の使う英語でも大概似たもんだと思っているかも知れないが、やはり日本と同じ事で、国々の方言があり身分の高下がありなどして、それはそれは千違万別である。しかし教育ある上等社会の言語はたいてい通ずるから差支さしつかえないが、この倫敦ロンドンのコックネーと称する言語に至っては我輩にはとうてい分らない。これは当地の中流以下の用うることばで字引にないような発音をするのみならず、前の言ばと後の言ばの句切りが分らないことほどさよう早く饒舌しゃべるのである。我輩はコックネーでは毎度閉口するが、ベッジパードンのコックネーに至っては閉口を通り過してもう一遍閉口するまで少々草臥くたびれるから開口一番ちょっと休まなければやり切れないくらいのものだ。我輩がここに下宿したてにはしばしばペンの襲撃を こうむって恐縮したのである。

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太宰治

【猿面冠者】

彼がでもこの友人を、きょう訪問したのは、まず手近なところから彼の歓喜をわけてやろうという心からにちがいない。この男は、いま、幸福の予感にぬくぬくと温まっているらしいが、そんなときには、人は、どこやら慈悲深くなるものらしい。洋画家は在宅していた。彼は、この洋画家と対座して、開口一番、彼の小説のことを話して聞かせた。おれはこういう小説を書きたいと思っている、とだいたいのプランを語って、うまく行けば売れるかも知れないよ、書きだしはこんな工合いだ、と彼はたったいま書いて来た五六行の文章を、頬をあからめながらひくく言いだしたのである。彼は、いつでも自分の文章をすべて暗記しているのだそうである。洋画家は、れいの眉をふるわせつつ、それはいいと どもるようにして言った。

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作内田魯庵

【露伴の出世咄家名】

 ある時、その頃金港堂の『都の花』の主筆をしていた山田美妙に会うと、開口一番「エライ人が出ましたよ!」と破顔した。
 ドウいう人かとくと、それより数日前、突然依田学海よだがっかい 翁を尋ねて来た書生があって、小説を作ったから序文を書いてくれといった。

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坂口安吾

【閑山】

 村に久次といふしれものがあつた。大青道心の坐禅三昧を可笑しがり、法話の集ひのある夕辺、庫裏へ忍び、和尚の食餌へやたらと砥粉とのこをふりまいておいた。砥粉をくらへば止めようと欲してもおのづと放屁して止める術がないといふ俗説があるのださうな。
 果して和尚は、開口一番、放屁の誘惑に狼狽した。臍下丹田に力を籠めれば、放屁の音量を大にするばかりであり、丹田の力をぬけば、心気顛倒して為すところを失ふばかりであつた。

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正岡容

【わが寄席青春録】

龍生はのちに出世前後の広沢虎造君の一座へ入って台本を書き、またモタレへ出て落語を演っていた。そして圓楽が今の正蔵君、小山三がなんと今の今輔君である。恋失ってちかぢかに土地を売ろうとしていた私が、他人事ならずさびしい思い出、こうした不平不遇の青年落語家の高座を牛込亭に聴いたのはその年の晩秋の一夜だった。今輔君は今のような沢潟屋張りの声で、開口一番、「魔子ちゃんも上京してまいりました」とぐっと客席を睨み廻したので、一面すこぶる気の弱いところもある私は、たいていびっくりしたこっちゃない。

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薄田泣菫

【艸木虫魚】

 同じ年の五月上旬、芥川氏は氏の入社と同時に、東京日々の方へ迎えられた菊池寛氏と連立って、初めて大阪に来たことがあった。新聞社へ来訪したのが、ちょうど編輯会議の例会のある十日の夕方だったので、私は二氏に会議の席へ顔出しして、何かちょっとした演説でもしてもらおうとした。演説と聞いて、菊池氏は急に京都へ行かなければならない用事を思い出したりしたので、芥川氏は不承不精に会議に出席しなければならなくなった。
 その晩、芥川氏が何を喋舌しゃべったかは、すっかり忘れてしまったが、唯いくらか前屈みに演壇に立って、蒼白い額に垂れかかる長い髪の毛をうるさそうに払いのけながら、開口一番
「私は今晩初めてこの演壇に立つことを、義理にも光栄と心得なければならぬかも知れませんが、ほんとうは決して光栄と思うものでないことをまず申上げておきます……」
sと氏一流の皮肉を放ったことだけは、いまだに覚えている。

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林不忘

【魔像 新版大岡政談】

 その閣議の席に、喬之助のほうはらちきそうもないので、一まず閉門を許された脇坂山城が出て来て、開口一番、いきなり伊豆屋伍兵衛の油御用のことを言い出して、さきほどから、一同の苦笑を買うまでに、クドクド申し述べているのである。

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小熊秀雄

【小熊秀雄全集-19- 美術論・画論】


    福田平八郎小論

○…京都在住の画家には何か格式といふべきものへの執着を、多かれ少なかれもつてゐる。人と逢つても体を崩さないといふところがある、福田平八郎は京都住ひではあるが、その点全く江戸人のやうな鉄火肌のところがあり、開放的でザックバランだ、おしやべりかといへば、どつちかといふと無口の方だが、開口一番するや思つたことをズバズバ言つてのけるといふ性格で彼の描く絵のやうに明確なものがある。

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宮本百合子

【「迷いの末は」 ――横光氏の「厨房日記」について――】

焦慮察すべきものがある。作家横光は、現実的に日本を語る力は、日本にいたときでさえ持たぬ作家であったのであるから、ともかく何かヨーロッパ的でないものを抽き出して、これが日本であると云うために、ひどい無理をしている。「一口で日本を巧妙に説明しなければならぬ危い橋を渡る」ために、開口一番「日本には地震が何より国家の外敵だ」と云い、それが「他のどの国にもない自然を何より重要視する秩序を心理の間に成長させた」それ故「ヨーロッパの左翼の知性」は日本に入って「日本独特であるところの秩序という自然に対する闘争の形となって現れ」従って「絶対に負けるのは左翼である。」

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海野十三

【赤耀館事件の真相】

「皆さん、まことにお気の毒に存じますが、一通り本件の取調べがすみますまで、この室から一歩も外へお出にならぬように……。これは警視庁からの命令でございます」
 警部が開口一番、いきなり厳然たる申渡しをいたしましたので、一座は不安とも不快ともつかぬ気分に蔽われてしまいました。中には、赤耀館にフラフラ迷い込んで来たことを一代の失敗のように 愚痴ぐちるひともありましたし、又、医師は心臓麻痺で頓死したというからには普通の病死であるものを、なぜ犯罪事件らしい取扱いをし、我々の迷惑をも顧みず、この夜更けに留め置くのかと、不平を並べる人もありました。

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Last updated : 2024/06/28