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軽挙妄動
けいきょもうどう
軽はずみな、むこう見ずの行動。何も考えずに軽率な行動をすること。
作家
作品

森鷗外

【堺事件】

我々はフランス軍艦に往って退席の理由をただした。然るにフランス公使は、土佐の人々が身命を軽んじて公に奉ぜられるには感服したが、何分その惨澹さんたんたる状況を目撃するに忍びないから、残る人々の助命の事を日本政府に申し立てると云った。明朝は伊達少将の手を経て朝旨ちょうしを伺うことになるだろう。いずれも軽挙 妄動もうどうすることなく、何分の御沙汰を待たれいと云うのである。九人は謹んで承服した。

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与謝野晶子

【婦人改造と高等教育】

 高度の智力は婦人をして自重と謙譲と貞淑との必要を明かに理解させますから、家庭及び社会がその程度にまで婦人みずから教育しようとする気風を奨励擁護して頂きたいと思います。その程度にまで達しない粗末至極な教育を施して置きながら、学問が一概に婦人を生意気にし徳操的に堕落させる物のように臆断する世人の多いのは心外です。低級な学問をした者が軽挙妄動し諸種の誘惑に身を誤りやすいのは男も同じ事でしょう。婦人の智力の向上は婦人自身の発奮が何より太切ですけれど、周囲もまた男女に由って教育の待遇を分つ悪習を自ら反省して頂かねばなりません。

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幸田露伴

【努力論】

 凝る気も一変すれば暴ぶ気になる。猛勇の将士の悪気羅刹の如くになる事実を考へると了解し得ることである。凝る反対の気の散る気も暴ぶ気になる。街頭で些細の事より殴打格闘などをして、警吏の手を煩はすに至る人には、散る気の習の有るものが多い。逸る気もまた暴ぶ気になる。軽挙妄動して事を敗るものは、多く逸る気の一転である。

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尾崎士郎

【風蕭々】

 杉山は妙に落ちつきのない気もちになってきた。軒灯のあかりで手紙を読んでみると、大兄の心づかいは身に沁み申し候、誓って軽挙妄動いたさぬよう心がくべく候えば御安心下されたく、ついては申しおくれ候えども出京に際して森君より金十八円拝借いたし候えば御都合よろしきときお返却下され度願上候、在京中万一のこと有之節は万事可然お取計らい願い申候、不一、――と癖のある文字で書いてあった。

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佐藤春夫

【稀有の文才】

 自分は一読して今更に彼の文才に驚歎した。全く彼の文才といふものは互に相許した友、檀一雄のそれと双璧をなすもので他にはちよつと見当らないと思ふ。尤も彼と檀とでは本質的には 対蹠アンチホートするものがあつて、そこが彼等の深い友情の成立した秘密かも知れない。
 檀の南国的で男性的に粗暴で軽挙妄動するのに対して彼は北国人で女性的に細心で意識過剰である等々。
 自分は病余のつれづれに、いつまでも枕頭にあつた「佳日」を日課のやうに毎日読んだ。外には新聞より読むものがないのだから新聞を拾ひ読みした後では必ず「佳日」を愛読したものである。

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江戸川乱歩

【猟奇の果】

 白蝙蝠の紋章は、今やブルジョアの恐怖と憎悪の象徴であった。又、一見有利の立場に見える労働者も、白蝙蝠団の真意を すいし兼ねて、一種空恐ろしい感じを抱かないではいられなかった。何と云っても、相手は泥棒人殺しの団体なのだ。その暴力を借りて争議の成功をおさめたとあっては、労働階級の名折れだという、正義派も現われて来た。学者論客は、筆を揃えて、悪虐白蝙蝠団の全滅を見るまでは、全国の労働者よ、断じて軽挙妄動けいきょもうどうすべからずと忠告した。
 この社会の攪乱者かくらんしゃ、殺人鬼の団体を、何故放任して置くのか。政治家はねむっているのか。警察は何をしているのだ。と、結局非難攻撃の的は警察だ。中にも、白蝙蝠の本拠東京の警視庁だ。

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岸田國士

【光は影を】

 彼は、たしかに、近来になく酔つていた。その証拠に、通りへ出ても、方角が 皆目かいもくわからなかつた。どこをどう通つて、荻窪の家まで辿りついたか、翌朝になつて、まるで覚えがなかつた。そして、たゞ、ビールのコップを手に、憂鬱に黙りこんでいる弟の顔が眼に残つているだけであつた。彼は、またどうして、事のついでに、弟の居所をたしかめておく気にならなかつたか、それが今になつてたゞひとつ後悔の種となつた。
 父は、ざつと彼の報告を聴いて、
「そうか、そんなことなら、まあよかつた。破廉恥罪と違つて、単なる青年の軽挙妄動だな。まさか、ほんものゝ赤じやあるまい」
 と、案外、わかりのいゝところをみせた。しかし、その後がよくなかつた。

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小山清

【わが師への書】

 しかし友も決して上手な方ではなかったのでした。僕は友のゲートルに注意して、その、巻き方の正式でないのをなじりました。それから僕達の間にゲートルの正式な巻き方について争論が起りました。一瞬、僕達は熱中しました。その時、もう一人の同級生が、「君達はいつでもすぐ喧嘩をするんだね。仲がいいから喧嘩するんだね。」と云いました。僕達はそんなに口論をしたことはないのですが、この同級生の言葉をきくと、友は頬をあからめ、校舎に背を強くこすりつけて、はにかんだような顔をしました。僕にはわかりました。友には嬉しかったのです、僕と仲がいいと人に云われたことが。僕は決して早熟な少年ではなかったのですが、ただ僕の胸には自分が厭な奴だという思いが早くからきざしていました。僕は人と親しみあうことも少く、独りの気持には慣れていました。僕は友の顔を見て、ああこの友は僕という人間をほんとに好きなんだなと思いました。僕はこの時初めて人の顔に、自分に対する偽りのない好感を見たのです。ああ、僕は単なる軽挙妄動けいきょもうどうの徒に過ぎないのに。一介の破廉恥漢はれんちかんに過ぎないのに。

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宮本百合子

【 獄中への手紙 一九四三年(昭和十八年)】

 今の調子で春までのんびりしたら眼もよほどいいでしょう。伊東へ行くことなども考えていたけれどもあすこは防空地帯の甲で、これからは東から西への気流がよくなる折からだし、地方の常識外れも怖ろしいし、やっぱり信州辺の温泉へでも行けるまではこの二階でずくんでいようと思います。軽挙妄動は怖るべしですから。

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戸坂潤

【社会時評】

「市民」がたよりにならないとなると、之に代る資格は「軍人」である。御承知の通り、吾々日本人は、凡て市民であると共に軍人なのである。軍部は今度は絶対静観すると称して、在郷軍人の軽挙妄動を厳に戒めているらしい。之は甚だ結構な当然なことで、折角の「軍人」までが「市民」になって了って貰っては困る。

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Last updated : 2024/06/28