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危機一髪
ききいっぱつ
作家
作品

芥川龍之介

【河童 どうか Kappa と発音してください。】

僕は、――僕も「しめた」と思いましたから、いきなりそのあとへ追いすがりました。するとそこには僕の知らない穴でもあいていたのでしょう。僕はなめらかな河童の背中にやっと指先がさわったと思うと、たちまち深いやみの中へまっさかさまに転げ落ちました。が、我々人間の心はこういう危機一髪の際にも 途方とほうもないことを考えるものです。僕は「あっ」と思う拍子にあの上高地かみこうちの温泉宿のそばに「河童橋かっぱばし」という橋があるのを思い出しました。

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太宰治

【人間失格】

 それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

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夢野久作

【書けない探偵小説】

 未亡人と娘は名探偵に満腔まんこうの感謝を捧げた。娘と名探偵とはとうとう恋仲にまでなったが、しかし、それでも娘の生命いのちを狙っている悪人の正体ばかりは、どうしても掴めなかった。流石さすがの青年名探偵が、いつも危機一髪で喰い止めるほどの神変とも、不可思議とも説明の出来ない怪手腕を以て、根気強く娘の 生命いのちを脅やかし続けるのであった。

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佐藤垢石

【老狸伝】

 城門を押し倒して、あわや城内へ北条勢が押し込もうと見える危機一髪のとき、不思議なり城の一角から大軍勢が押し出し、手に手に松火を かざして、北条勢の鬨の声よりも、さらに大きな鬨の声をつくって寄せ手のなかへ躍り込み、敵を無二無三に斬りまくったのである。

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久生十蘭

【ノンシャラン道中記 アルプスの潜水夫 ――モンブラン登山の巻】

副事業として写真もやっておりますがね、せいぜい五米ぐらいの岩へぶらさがって、「おい、これで写真を一枚」とおっしゃれば、そこは手前の写真術で、五十米も切り立った岩壁へぶらさがって、あわや、危機一髪! てな工合に写して差しあげるんです「モン・ブランの絶頂を一枚たのむ」とご下命がありますとネ、こいつをラ・コートの小山の頂きへ持って行って、下から仰げば、これが(モン・ブランの絶頂でパイプを う図)ってのになるわけですヨ。

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下村千秋

【曲馬団の「トッテンカン」】

 見物人けんぶつにんはいつか総立そうだちになっていました。そして新吉のからだが、ファットマンの鼻の先でみごとにすくい上げられたとき、見物人はどっと声をあげてよろこびました。見物人は、新吉がげいをしくじったことなどはすっかりわすれて、 危機一髪ききいっぱつというとき、ファットマンの長い鼻がうまく食い止めたということを、なみだを流さぬばかりによろこんだのです。

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海野十三

【怪塔王】

「どうした一彦君、しっかりしなくちゃ駄目じゃないか」
 帆村探偵の声に、一彦ははじめて気をとりなおし、顔をあげてみると、あんなに心配した帆村は、いつの間にやら檻の下からぬけて一彦の体をかかえているではありませんか。おじさんは危機一髪、檻が落ちる前にひらりととびでたのです。

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佐々木味津三

【右門捕物帖 達磨を好く遊女】

 寺駕籠のお陸尺ろくしゃくにも似合わないで、もう歯の根も合わずにがたがたと震えているお供の者をしかり飛ばしながら、急いで木の下へかけつけると、ようやくさげてきた寺駕籠をふみ台にして、ともかくも大急ぎに本人を地上へ抱きおろしました。当人はまだ二十三、四ぐらいの、どこかお店者たなものらしい若者でしたが、遠目に見届けたときのとおり、おりよくもそのときが断末魔へいま一歩という危機一髪のときでしたが、まだ 肢体したいにぬくもりがありましたので、そこはもうお手のもの、術によって急所に活を入れると、徐々に息をふき返しましたものでしたから、普通の者ならばただちにその場で、事の子細を問いただすのがありきたりの型ですが、そこがむっつり右門の少し人と違うところでありました。

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国枝史郎

【神秘昆虫館】

「いや面白い旅行だわい」こう云ったのは一式小一郎で、愉快そうな笑いを漂わせている。「危機一髪、もういけまい。こう思った時現われたのが、あの田安家の勢なのだからなあ。それに牽制されたので、一ツ橋の連中にも討って取られず、両家の者に左右を守られ、こんな 塩梅あんばいに旅が出来る。どうも浮世って皮肉なものだ」
「結構な皮肉でございます。時々こういう皮肉があるので、ほんとに私達は助かります」

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吉川英治

【私本太平記 湊川帖】

 彼以下、楠木勢の一念に、大将足利直義も、あぶなく斬獲ざんかくされかかった。――蓮池のほとり――馬はたおれ、直義は馬からほうり出されたりした。その 危機一髪ききいっぱつを、薬師寺十郎次郎なる者が、彼を、自分の馬に乗せて須磨口へと逃がしたのである。そして十郎次郎は戦死した。もし、この者がなかったら、直義もどうなっていたかわからないほどだった。

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Last updated : 2024/06/28