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孤城落日
こじょうらくじつ
作家
作品

夏目漱石

【自転車日記】

乗って見たまえとはすでに知己ちきの語にあらず、その昔本国にあって時めきし時代より天涯てんがい万里孤城落日資金窮乏の今日に至るまで人の乗るのを見た事はあるが自分が乗って見たおぼえは毛頭ない、去るを乗って見たまえとはあまり無慈悲なる一言と怒髪鳥打帽を ついて猛然とハンドルを握ったまではあっぱれ武者むしゃぶりたのもしかったがいよいよくらまたがって顧盻こけい勇を示す一段になるとおあつらえどおりに参らない、いざという間際まぎわでずどんと落ること妙なり、自転車は逆立も何もせず至極しごく落ちつきはらったものだが乗客だけはまさに鞍壺くらつぼにたまらずずんでん堂とこける、かつて講釈師にきいた通りを目のあたり自ら実行するとは、あにはからんや、

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永井荷風

【夜あるき】

彼女が白粉とべに入毛いれげ擬造まがひの宝石とを以て、破壊の「時」と戦へる其のおもて孤城落日の悲壮美を示さずや。 が重き瞼の下に、眠れりとも見えず、覚めたりとも見えぬ眼の色は、瘴煙毒霧しやうえんどくむを吐く大沢だいたくの水の面にもたとふべきか。デカダンス派の父なるボードレールが、

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高村光雲

【幕末維新懐古談 象牙彫り全盛時代のはなし】

当時の物価の安い時分でも、一日の手間三円五十銭を得た位、師匠の作はもとより弟子たちの作でもドシドシ売れさばけたものであった。それで、象牙商というものが、四、五軒も出来て大仕掛おおじかけに商売をしている。すべてこの調子で、象牙彫りは一世を圧倒するの勢いでありましたが、それに引き代え、木彫りは孤城落日の姿で、まことに散々な有様でありました。

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長岡半太郎

【大阪といふところ】

從つて棧橋は乘客用に供せられて、荷物の揚陸に利用することは歐米大陸にある築港と違ふやうに一見した。かく無雜作に荷が動けば、神戸港も大阪で集散する物資には使用せられなくなるから、孤城落日の感あるかと推察せらるゝ。大阪の水利は考ふるより以上に經濟的價値を保有してゐる。

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北村透谷

【人生に相渉るとは何の謂ぞ】

自然は吾人に服従を命ずるものなり、「力」としての自然は、吾人を暴圧することをはゞからざるものなり、「誘惑」を向け、「慾情」を向け、「空想」を向け、吾人をして殆ど孤城落日の地位に立たしむるを好むものなり、而して吾人は或る度までは必らず服従せざるべからざる「運命」、然り、悲しき「運命」に包まれてあるなり。

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夢野久作

【探偵小説の真使命】

大勢の二股武士、変格探偵小説家の群れは、これに対して一言も答え得ない。……たしかにその通りである……同時に絶対にソンナ事はないぞ……という言葉を口の中で戸惑いさせつつ、ヒッソリと静まり返って、相も変らず水の手の豊富な外廓をウロウロしている。
 だから日本の探偵小説界は現在、物の見事に行詰まっている。孤城落日である。

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岡本綺堂

【明治劇談 ランプの下にて】

その当時わたしは思った。これは歌舞伎劇一派に取っていよいよ大洪水の日が来たのである。先度の日清戦争において、歌舞伎派はみごとに新派に打破られて、かれらをして今日の地盤を築かしめたのである。それから十年目で、再びおなじ時節が来た。団菊健在ですらもあの始末であったのに、今や団菊逝き、左団次おとろえ、いわゆる孤城落日ともいうべき ていたらくの折柄に、再びこの戦争を繰返されては堪まったものでない。歌舞伎はのろわれ、新派は恵まれ、両者の運命はおのずから定まったのではあるまいかと――。

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Last updated : 2024/06/28