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苦心惨憺
くしんさんたん |
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作家
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作品
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織田作之助 |
【大阪の可能性】
私はかねがね思うのだが、大阪弁ほど文章に書きにくい言葉はない。たとえば、大阪弁に「そうだ」という言葉がある。これは東京弁の「そうだ!」と同じ意味だが、ニュアンスが違う。「そうだ!」は「そうです」を乱暴に言った言葉だが、大阪弁の「そうだ」は「そうです」と全く同じ丁寧な言葉で、音も柔かで、語尾が伸びて曖昧に消えてしまう。けっして「そうだッ」と強く断定する言葉ではない。つまり同じ大阪弁の「そうだす」に当るのである。しかし「そうだす」と書いてしまっては、「そうだ」の感じが出ないし、といって「そうだ」と書けば東京弁の「そうだ!」の強い語感と誤解されるおそれがある。だから大阪弁の「そうだ」は文字には書けず、私など苦心惨憺した結果「そうだ(す)」と書いて、「そうだす」と同じ意味だが、「す」を省略した言葉だというまわりくどい説明を含んだ書き方でごまかしているのである。が、これとても十分な書き方ではなく、一事が万事、大阪弁ほど文章に書きにくい言葉はないのだ。
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田中英光 |
【野狐】
帰る途中、畑に顛落(てんらく)して、つき指をしたり、苦心惨憺(くしんさんたん)、やっとの思いで妻子のもとに帰ったのだが、妻は尋常の夫の放蕩(ほうとう)とのんきに思いこんでいるらしく、チクチク皮肉をいうばかりか、子供たちにも私を悪者と教えこんでいた。
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佐藤垢石 |
【食べもの】
ところが、一歩足を農村へ踏み入れてみると、葱でも薯でも菜っ葉でも、青々と茂って畑から盛り上がっている。であるのに、なぜ都会では野菜が不足しているのであろう。そのために、いずれの家庭でも主婦が苦心惨憺しているのである。肉類や魚類が、殆ど皆無に近い状態のところへ持ってきて、なお日ごと欠くことのできない野菜が不足であるならば、人間は精神的にまいってしまう。 |
夢野久作 |
【人間レコード】
「発明なんか出来るもんじゃない。盗んだんだよ。ペトログラードのネバ河口に在る信号所の地下室にこの人間レコード製造所が在ることを日本の機密局では大戦以前から知っていて、苦心惨憺して、その遣り方を盗んでおいたんだ。ところが露国は今まで、日本に対してだけこの手段を使ったことがない。つまり取っときにしといたのを今度初めて使いやがったんだ。一番重大なメッセージだからね」
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太宰治 |
【お伽草紙】
狸の働き振りを見るに、一心不乱どころか、ほとんど半狂乱に近いあさましい有様である。ううむ、ううむ、と大袈裟に唸りながら、めちや苦茶に鎌を振りまはして、時々、あいたたたた、などと聞えよがしの悲鳴を挙げ、ただもう自分がこのやうに苦心惨憺してゐるといふところを兎に見てもらひたげの様子で、縦横無尽に荒れ狂ふ。
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国枝史郎 |
【南蛮秘話森右近丸】
更にその後(のち)京都の地に、南蛮寺、即ち唐寺が建てられ、その五億円の黄金が、その唐寺の内に秘蔵されたそうだが、唐寺の何処に秘蔵してあるか? これが二つ目の謎であった。そうしてこれら二つの謎を集め、総称して「唐寺の謎」と云い、その謎をひそかに解いた上、その黄金を手に入れようとして、織田信長や唐姫の徒や、香具師(やし)の猪右衛門や玄女たちが、苦心惨憺したのであった。 |
中里介山 |
【大菩薩峠 Ocean の巻】
他の部分は、ほとんど完全に設計が出来、順調に工事も進行し、大砲の据附(すえつ)けでさえが、駒井の知識と、技能を以て、立派に完成の見込みがついたのにかかわらず、蒸気機関だけは苦心惨憺を重ねて、未(いま)だその曙光を見ないという有様であります。
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黒岩涙香 |
【幽霊塔】
成るほど爾う聞いて見れば咒語の意味は実に明白である、今まで無意味の文字と云われ、或いは狂人が囈言(たわごと)を記したに過ぎぬなどと笑われた彼の咒語は、其の実苦心惨憺の余に成った者で、之を作った当人は一字一字に心血を注いだに違いない、余は之まで聞いて、思わず目の覚めた様な気がして、腹の中に彼の咒語を誦しつつシテ「逆焔仍熾なり、深く諸を屋に蔵す」とは何の意味ですと問い掛けた。
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