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空空漠漠/空々漠々
くうくうばくばく |
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作家
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作品
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夏目漱石 |
【処女作追懐談】
元来自分の考は此男の説よりも、ずっと実際的である。食べるということを基点として出立した考である。所が米山の説を聞いて見ると、何だか空々漠々(くうくうばくばく)とはしているが、大きい事は大きいに違ない。衣食問題などは丸(まる)で眼中に置いていない。自分はこれに敬服した。
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太宰治 |
【トカトントン】
波は、だるそうにうねって、きたない帆をかけた船が、岸のすぐ近くをよろよろと、とおって行きます。「それじゃ、失敬」 空々漠々たるものでした。貯金がどうだって、俺の知った事か。もともと他人なんだ。ひとのおもちゃになったって、どうなったって、ちっともそれは俺に関係した事じゃない。ばかばかしい。腹がへった。 |
坂口安吾 |
【ぐうたら戦記】
トンパチは当八の意で、一升の酒がコップ八杯の割で、コップ一杯が一合以上並々とあるといふ意味だといふ。一杯十五銭から十七銭ぐらゐ、万事につけて京都よりは高価であつたが、生活費は毎月本屋からとゞけられ、余分の飲み代のために、都新聞の匿名批評だの雑文をかき、私はまつたく空々漠々たる虚しい毎日を送つてゐた。
わが魂をさがしあぐね、ひねもす机の紙を睨んで、空々漠々、虚しく捉へがたい心の影を追ひちらしてゐる私にとつて、人の屍体をひきあげて人気者になり、残つた屍体をひきあげかねて逃げだしてきた馬鹿らしさ、なさけなさ。 |
坂口安吾 |
【勉強記】
尾籠(びろう)な話で恐縮だが、人間が例の最も小さな部屋――豊臣秀吉でもあの部屋だけはそう大きくは拡げなかったということだ――で、何かしら魔法的な力によってどうしても冥想(めいそう)に沈まなければならないような驚くべき心理状態に襲われてしまうあの空々漠々たる時間のあいだ、流石(さすが)に悧巧な人間も万策つきてこんな顔付になることがあるという話であるが、あの部屋に限って二人の人が同時に存在することが決してないという仕組みになっているものだから、まったくの話が、あんな勿体(もったい)ぶった顔付を臆面もなく人前へ暴(さら)すのは不名誉至極な話である。
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豊島与志雄 |
【操守】
宿酔(ふつかよい)の頭の中は、霧の夜の風景だ。奇怪な形象が、宙に浮んで、変幻出没して、朧ろな光が、その間に交錯する。ひどく瞬間的で、その瞬間の各々が、永遠の相を帯びている。然し永遠の相は、霧の中に没し去って、その重みのため、瞬間が引歪められ、引歪められ……遂には、空々漠々となる。佗びしい倦怠。平凡なもの、和(なご)やかなもの、眠たげなものが、ぼんやり覘き出す……。記憶の底に、思いがけなく、一種のはがいさで、吉乃の姿が……。
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北村透谷 |
【富嶽の詩神を思ふ】
誰か不朽といふ字を字書の中に置きて、而(しか)して世の俗眼者流をして縦(ほしいまゝ)に流用せしめたる。嗚呼(あゝ)墳墓、汝の冷々たる舌、汝の常に餓ゑたる口、何者をか噬(か)まざらん、何物をか呑まざらん、而して墳墓よ、汝も亦た遂に空々漠々たり、水流滔々として洋海に趣(おもむ)けど、洋海は終に溢れて大地を包まず、冉々(ぜん/\)として行暮する人世、遂に新なるを知らず、又た故(こ)なるを知らず。
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中里介山 |
【大菩薩峠 胆吹の巻】
宇治山田の米友は、山形雄偉なる胆吹山(いぶきやま)を後ろにして、しきりに木の株根(かぶね)を掘っています。その地点を見れば、まさしく胆吹山の南麓であって、その周囲を見れば荒野原、その一部分の雑木が斫(き)り倒され、榛莽荊棘(しんもうけいきょく)が刈り去られてある。そのうちのある一部分に向って鍬(くわ)を打卸しつつ、米友がひとり空々漠々として木の根を掘りつつあるのです。 |
北村透谷 |
【頑執妄排の弊】
彼等何ものぞ、彼等の一を仮ることなくんば、彼等の一に僻することなくんば、遂に人間の希望を達すること能はずとするか、何が故に唯心論を悪しとするか、何が故に凡神論を悪しとするか、何が故に唯物論を悪しとするか、又た何が故に彼等を善しとするか、空々漠々たる癖論家よ、民友子大喝して曰く、「ベベルの高塔を築かんとするは誰ぞ」と。
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林不忘 |
【釘抜藤吉捕物覚書 槍祭夏の夜話】
唐紙が開いて女がはいって来た。与惣次を見て驚いている。手を上げて何かの合図。続いて主人が現れた。湯呑を持っている。そしていきなり、馬乗りに股がったかと思うと、手早く煎薬のような物を与惣次の口へ注ぎ込んだ。氷である。 氷の山、氷の原、氷の谷、空々漠々たる氷の野を、与惣次は目的(めあ)てなく漂泊(さすら)い出した。時として多勢の人声がした。荒々しい物音もした。簀巻(すま)きのように転がされている感じがした。穴へはいるような感じもした。ただそれだけだった。 |
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