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南蛮北狄
なんばんほくてき
作家
作品

芥川龍之介

【俊寛】

「いや、美しいと云う事は、この島の土人も知らぬではない。ただ好みが違っているのじゃ。しかし好みと云うものも、万代不変ばんだいふへんとは請合うけあわれぬ。その証拠には御寺みてら御寺の、御仏みほとけ御姿みすがたを拝むがい。三界六道さんがいろくどうの教主、十方最勝じっぽうさいしょう光明無量こうみょうむりょう三学無碍さんがくむげ億億衆生引導おくおくしゅじょういんどう能化のうげ南無大慈大悲なむだいじだいひ釈迦牟尼如来しゃかむににょらいも、三十二そう八十種好しゅこう御姿おすがたは、時代ごとにいろいろ御変りになった。御仏みほとけでももしそうとすれば、如何いかんかこれ美人と云う事も、時代ごとにやはり違う筈じゃ。都でもこののち五百年か、あるいはまた一千年か、とにかくその好みの変る時には、この島の土人の女どころか、南蛮北狄なんばんほくてきの女のように、すさまじい顔がはやるかも知れぬ。」
「まさかそんな事もありますまい。我国ぶりはいつの世にも、我国ぶりでいる筈ですから。」
「所がその我国ぶりも、時と場合では当てにならぬ。たとえば当世の上臈じょうろうの顔は、唐朝とうちょう御仏みほとけ活写いきうつしじゃ。これは都人みやこびとの顔の好みが、唐土もろこしになずんでいる証拠しょうこではないか? すると人皇にんおう何代かののちには、碧眼へきがん胡人えびすの女の顔にも、うつつをぬかす時がないとは云われぬ。」

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Last updated : 2024/06/28