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肉食妻帯
にくじきさいたい
作家
作品

芥川龍之介

【孤独地獄】

 その津藤が或時吉原の玉屋で、一人の僧侶と近づきになつた。本郷界隈(かいわい)の或禅寺の住職で、名は禅超(ぜんてう)と云つたさうである。それがやはり嫖客(へうかく)となつて、玉屋の錦木(にしきぎ)と云ふ華魁(おいらん)に馴染(なじ)んでゐた。勿論、肉食妻帯(にくじきさいたい)が僧侶に禁ぜられてゐた時分の事であるから、表向きはどこまでも出家ではない。黄八丈(きはちぢやう)の着物に黒羽二重(くろはぶたへ)の紋付と云ふ拵(こしら)へで人には医者だと号してゐる。――それと偶然近づきになつた。

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夏目漱石

【模倣と独立】

あるいはこれが道徳上に発現して来る場合もありましょう。あるいは芸術上に発現して来る場合もありましょう。精神的になって来ると――そうですね、古臭(ふるくさ)い例を引くようでありますが、坊さんというものは肉食妻帯(にくじきさいたい)をしない主義であります。それを真宗(しんしゅう)の方では、ずっと昔から肉を食った、女房を持っている。これはまあ思想上の大革命でしょう。

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島崎藤村

【夜明け前 第二部下】

ある人も言ったように、従来僧侶(そうりょ)でさえあれば善男善女に随喜渇仰(かつごう)されて、一生食うに困らず、葬礼、法事、会式(えしき)に専念して、作善(さぜん)の道を講ずるでもなく、転迷開悟を勧めるでもなく、真宗以外におおぴらで肉食妻帯する者はなかったが、だいこく、般若湯(はんにゃとう)、天がい等の何をさす名か、知らない者はなかったのが一般のありさまであった。

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田中貢太郎

【鷲】

それは私が十二三のときのことであったが、村の人家の北側になった山の麓に清導寺と云う寺があって、其処の住職に対する批評を何人(だれ)がするともなしにしだしたのを聞いた。その寺は肉食妻帯の寺でその住職には妻子があった。

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三木清

【親鸞】

かるがゆへに大集にいはく、仏涅槃ののち無戒くににみたんと。」像法の季、末法の時代は無戒の時代である、持戒の比丘はなくなり、いわゆる無戒名字の比丘、すなわち鬚を除(さ)り髪を剃って身に袈裟を着けてはいるが戒を持することのない名ばかりの僧侶になる。僧侶であって肉食妻帯するものが現われるであろう。しかしこれを単純に破戒と見て非難攻撃することは時代のいかなるものであるかを知らないものである。破戒と無戒とは同じでないことを考えなければならぬ。

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牧野富太郎

【植物一日一題】

 各地で寺の門に近づくと、そこによく「不許葷酒入山門」と刻した碑石の建てあることが目につく。この葷酒(くんしゅ)とは酒と葷菜とを指したものである。また時とすると「不許葷辛酒肉入山門」と刻してあるものもある。この戒めは昔のことであったが、肉食妻帯が許されてある今日では、もし碑を建てれば、多分その碑面へ「歓迎葷酒入山門」と刻するのであろうか。時世が違って反対になった。

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倉田百三

【愛と認識との出発】

肉食妻帯はけっして真宗信者の特色ではない。肉食妻帯しても救わるるであろう。しかしこの戒律を守り得る人は恵まれた人である。戒相を帯びたるがゆえに真宗信徒でないことはない。法然上人のいわゆる「一人にて念仏申さるる人」は「妻帯して念仏申さるる人」よりも業の浅き人である。「何事も宿縁まかせ」にてこれをしいて固執することはできないけれども、身を聖潔に保ち得ることは望ましきことである。身におのずから戒相の備わる人は真に尊い人である。かようなことは小さきことであると私は思いたくない。罪はいかに小さくとも恐ろしい。親鸞聖人はその貞潔のゆえに、きっと法然聖人を尊敬せられたであろうと思われる。蓮照坊(れんしょうぼう)は信心決定した後も、敦盛を殺したことを思い出すごとに、胸を打たれたに相違ない。殺生や姦淫を予想する肉食妻帯について、あまりに鈍感になることは真宗信徒の恥辱である。

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Last updated : 2024/06/28