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尋常一様
じんじょういちよう
作家
作品

正岡子規

【俳人蕪村】

 文学の実験にらざるべからざるはなお絵画の写生に依らざるべからざるがごとし。しかれども絵画の写生にのみ依るべからざるがごとく、文学もまた実験にのみ依るべからず。写生にのみ依らんか、絵画はついに微妙の趣味を現わす能わざらん、実験にのみ依らんか、尋常一様の経歴ある作者の文学は到底 陳套ちんとうを脱する能わざるべし。文学は伝記にあらず、記実にあらず、文学者の頭脳は四畳半の古机にもたれながらその理想は天地八荒のうちに逍遙しょうようして無碍自在むげじざいに美趣を求む。

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芥川龍之介

【文部省の仮名遣改定案について】

 我文部省の仮名遣改定案は既に山田孝雄よしお氏の痛撃を加へたる所なり。(雑誌「明星」二月号参照)山田氏の痛撃たる、尋常一様の痛撃にあらず。その当に破るべきを破つて寸毫の遺憾を止めざるは殆どサムソンの指動いてペリシデのマツチ箱のつぶるるに似たり。この山田氏の痛撃の後に仮名遣改定案を罵らむと欲す、誰か又蒸気ポンプの至れる後、龍吐水を持ち出すの歎なきを得むや。然れども思へ、火を滅せむには一杓の水も用なしと さず。況や一条龍吐水の水をや。是僕の創見なきを羞ぢず、消防に加はらむとする所以なり。

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坂口安吾

【青春論】

佐々木小次郎は一生に一度負けて命を失い、武蔵はともかく負けずに済んで、畳の上で往生を遂げたが、全く命に関係のない碁打や将棋指ですら五十ぐらいの齢になると勝負の激しさに堪えられない等と言いだすのが普通だから、武蔵の剣を一貫させるということは正に尋常一様のことではなかった。僕がそれを望むことは無理難題には相違ないが、然しながら武蔵が試合をやめた時には、武蔵は死んでしまったのだ。武蔵の剣は負けたのである。

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穂積陳重

【法窓夜話】

 実に当時の我当局者の苦慮痛心は尋常一様ではなかったであろう。なお同書に拠れば、時の司法卿江藤新平氏は、このたびの事件におけるペルー政府の抗議に刺激せられたること最も痛切であって、人を責めんと欲せば自ら正しからざるべからずとなして、熱心に人身売買の禁止を主張せられた。また当時神奈川県令としてマリヤ・ルーヅ事件に関与した大江卓氏の如きも、江藤氏と同一の趣旨の建白をした。

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折口信夫

【日琉語族論】

日本語・沖縄語は、今日では、疑ひもない同系の語だと定つてゐる。だが仔細に観察すると、その両方の語の含んでゐる古格の言語表情が、可なり複雑な姿を見せてゐて、さう言ふところに、尋常一様ではいかぬ文法上の問題があるのではないかと言ふ気持ちの、時々の偶感には、起つて来るものがある。

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与謝野晶子

【食糧騒動について】

窮すれば濫し、飢えては道徳の外に立ちます。知識の修養と倫理的意識の訓練とがある者とない者とでは、自制の力を抛棄ほうきするのに遅速はあるでしょうが、どうしても尋常一様のことでは饑餓の危険を避けることが出来ないとすれば、 何人なんぴとも生きようとする意志の不可抗力的妄動のままに、倫理のらちを越えて、もとより重々の遺憾を感じながら、野性を暴露した最後の非常手段を取ろうとします。みすみす一つの活路があるのに、それを知らぬふりして伯夷叔斉はくいしゅくせいを学ぶ者は殆ど今の時代になかろうと思います。

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福沢諭吉

【学問の独立】

その心掛けは みすべしといえども、人々にんにんに天賦の長短もあり、家産・家族の有様もあり、幾千万の人物が決して政治家たるべきにも非ず、また大学者たるべきにも非ず。世界古今の歴史を見ても、その事実を証すべきなれば、政治も学問も、その専業に非ざるより以外は、ただ大体の心得にしてやみ、尋常一様の教育を得たる上は、おのおのその長ずるところにしたがい、広き人間世界にいて随意に業を営み、もって一身一家のためにし、またしたがって国のためにすべきなり。

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尾崎紅葉

【金色夜叉】

 かねといふものは誰でも愛して、皆獲やうとおもうとる、獲たら離すまいととる、のう。その財を人より多く持たうと云ふぢやもの、尋常一様の手段で行くものではない。合意の上で貸借して、それで儲くるのが不正なら、 すべての商業は皆不正でないか。

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幸田露伴

【骨董】

勿論利休は不世出の英霊漢である。兵政の世界に於て秀吉が不世出の人であつたと同様に、趣味の世界に於ては先づ以て最高位に立つべき不世出の人であつた。足利以来の趣味は此人によつて水際立つて進歩させられたのである。其の脳力も眼力も腕力も尋常一様の人では無い。利休以外にも英俊は存在したが、少※(二の字点、1-2-22)は差が有つても、皆大体に於ては利休と相呼応し相追随した人※(二の字点、1-2-22)であつて、利休は衆星の中に月の如く輝き、群魚を率ゐる先頭魚となつて悠然として居たのである。

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谷崎潤一郎

【少将滋幹の母】

いったい誰の場合でも、母の顔を全く知らないのなら格別、頑是がんぜない時分におぼろげながら母を見た記憶があり、而も間もなくその母が餘所よその男の所へ走ってしまったと云うようなことに出遭うと、その子の母を思慕する情は尋常一様でないのであるが、 いわんやその母が世にも稀なる美女であった場合、又況んや、よう/\物心のついた年頃に、今は他人の妻になっている母のもとを訪れたり、その母の手で腕へ歌を書かれたりした、異常な思い出を持つ場合に於いてをや、そして又況んや、その母が現に存命中であることが分っている場合に於いてをや、である。

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Last updated : 2024/06/28