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樹下石上
じゅかせきじょう
作家
作品

泉鏡花

【婦系図】

 手荷物はすっかり、このいさみが預って、先へ来て待合わせたものと見える。おおき支那革鞄しなかばんを横倒しにして、えいこらさと腰を懸けた。重荷に小附の折革鞄ポオトフォリオ、慾張って挟んだ書物の、背のクロオスの文字が、伯林ベルリンの、星の光はかくぞとて、きらきら異彩を放つのを、瓢箪ひょうたん式に膝に引着け、あの右角の、三等待合の入口を、叱られぬだけに塞いで、樹下石上の身の構え、電燈の花見る 面色つらつき、九分九厘に飲酒おみつたり

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高浜虚子

【俳句への道】

 生活の楽しみを失った貧と苦、それはやがて死とつらなる。もののあわれはそこにもある。文芸の基調を為すものはこれである。
 古来幾多の世捨人よすてびとは人間の死ということに心を置いて、樹下石上の旅にさまようた。 西行さいぎょう宗祇そうぎ芭蕉ばしょうもまたそれら世捨人のあとをしとうて旅にさまようた。そうして宗祇も芭蕉も旅に死んだ。

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幸田露伴

【連環記】

元亨釈書げんこうしゃしょに、安和の上皇、勅して供奉ぐぶと為す、佯狂垢汗ようきょうこうかんして逃れ去る、と記しているが、はばかりも無く馬鹿げた事をして、他にいとい忌まれても、自分の心に済むように自分は生活するのを可なりとした人であった。自分の師の慈慧が僧正に任ぜられたので、宮中に参って御礼を申上げるに際し、一山の僧侶そうりょ、翼従甚だ盛んに、それこそ威儀を厳荘にし、飾り立てて錬り行った。一体本来を云えば樹下石上にあるべき僧侶が、御尊崇下さる故とは云え、世俗の者共 月卿雲客げっけいうんかくの任官謝恩の如くに、喜びくつがえりて、綺羅きらをかざりて宮廷に拝趨はいすうするなどということのあるべきでは無いから、増賀には俗僧どもの所為がことごとく気に入らなかったのであろう。

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種田山頭火

【寝床〔扉の言葉〕】

 ここへ移って来てから、ほんとうにのびやかな時間が流れてゆく。自分の寝床――それはどんなに見すぼらしいものであっても――を持っているということが、こんなにも身心を落ちつかせるものかと自分ながら驚ろいているのである。
 仏教では樹下石上といい一所不住ともいう。ルンペンは『寝たとこ我が家』という。しかし、そこまで徹するには悟脱するか、または捨鉢にならなければならない。とうてい私たちのような平々凡々の徒の堪え得るところでない。
家を持たない秋が深うなつた
霜夜の寝床が見つからない

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山路愛山

【明治文学史】

 吾人をして正直にはしめば、世若し福沢君の説教をのみ聞きたらんには、此世に棲息するに足らざる者也。彼れの宗教は詮じ来れば処世の一術に過ぎず。印度インドの古先生が王位を棄て、妻子と絶ちて、樹下石上に露宿しながら伝へたる寂滅の大道も、己れの生血を以て印したる 基督キリストの福音も、およそ天下の偉人、豪傑が生命を賭して買ひたる真理も、吾人は之を粟米ぞくべい麻糸ましと同じく唯生活する為の具として見ざるべからず。

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喜田貞吉

【俗法師考】

寂静の地に修禅するにしても、指定以外の地に遷ることができず、しかもそれらの場合においても、三綱の連署をもって特に許可を得なければならぬほどに窮屈なものであった。しかしながら本来が出家脱俗のものである。樹下石上を家となし、一笠一鉢、施主の供養を受けて修行するということは、この出家脱俗の徒の本領とするところであらねばならぬ。名僧知識が深山幽谷を跋渉して、魑魅魍魎の徒を済度し、山人猟夫の輩を教化したが如き噺は少からず伝わっている。

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長谷川時雨

【明治美人伝】

また、予言者と称した「神生教壇しんせいきょうだん」の宮崎虎之助氏夫人光子は、上野公園の樹下石上 じゅかせきじょう を講壇として、路傍の群集に説教し、死に至るまで道のために尽し、諸国を伝道し廻り、迷える者に福音をもたらしていたが、病い重しと知るや一層活動をつづけてついに終りを早うした。その遺骨は青森県の十和田湖畔の自然岩の下に葬られている。強い信仰と理性とに引きしまった彼女の顔容は、おごそかなほど美しかった。

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小島烏水

【不尽の高根】

隼太郎は、近く南アルプスに登る計画があるので、足慣らしに連れたのであった。吉田口の時は、私一人であった。馬上 悠々ゆうゆう、大裾野を横切ったのは、前の大宮口が徒歩(但し長坂までは自動車を借りた)であったから、変化を欲するために外ならなかった。馬上を住家とした古人の旅を思いながらも、樹下石上に眠らずに、木口新しく、 畳障子たたみしょうじの備わったむろとはいえない屋根の下に、楽々と足を延ばし、椎の葉に盛った飯でなく、御膳つきで食事の出来る贅沢を、山中の気分にそぐわぬと思いながらも、その便利を享楽した。

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吉川英治

【大岡越前】

 鉄眼が、大往生をとげた後も、半さんは、救民の草鞋わらじを解かなかった。
 寺におさまれば、当然、住職ともなれように、半さんは、十数年来、いまだに樹下石上をつづけてきた。世は、お犬様時代、人間が人間にあいそをつかし、 牢舎ひとやは罪人に埋められ、路傍には、浮浪者の群れのみちているこの現世地獄を――そのままわが住持する寺なりといって――寒暑もなく、師鉄眼のやった通りな血みどろの勧化かんげをつづけ、その布施ふせを蓄えては、盆正月ごとに、江戸にあらわれ、貧しき人々をあたためて、また諸国へ去るのであった。

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Last updated : 2024/06/28