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四分五裂
しぶんごれつ
しぶごれつ
作家
作品

正岡子規

【病牀六尺】

岩倉具視いわくらともみ公の存生ぞんじょう中には、公が能楽の大保護者として立たれたるがために、一旦衰へたる能楽に花が咲いて一時はやや盛んならんとする傾きを示したにかかはらず、公のこうぜられた後は誰れ一人責任を負ふて能楽界を保護する人もないので、遂に今日の如く四分五裂してしまつたのである。たまたま或人が出て能楽界を振はせようとして会などを興した事などもあつたが、とかく流儀争ひなどのために子供のやうな喧嘩を始めて折角の計画も遂に 画餅がべいに属するに至つたのは遺憾な事である。

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坪内逍遙

【斎藤緑雨と内田不知菴】

「今度の改革にて免職となりたるお役人の古手と同道、押上の土手をぶらつき、茶見世へ立寄候処、今日は風が吹いて灰が立つから煙草盆はあげませぬ、煙草を吸ふなら煙管を出しなさい、一寸うちへ行つて火をつけて来てあげようといふ、それではお茶といへば、今水をさしたばかり、ぬるいよとて呉れず、茶見世の女にあつてすらも斯くの仕合せ、さて/\と申すばかりの身の上に候、されど斯くまで喰ひ違ひ候はゞ、たとひ世にある人々がこれをヒガミなりと申すまでも、飽くまで喰ひ違ふ方妙ならんと存候、聞けば不知庵もよほど窮し居るよし、されど小生程にはあらざるべし、唯身一つのことなれば、小生は中々身一つとは行かず、色々のもの附いて廻り、今や執達吏の手中に落ちて、来る月曜日は公売処分を受くるなり、筆持つ人々に貧乏は沢山あれど、これは小生が魁けなるべし、月ヶ瀬行の失策、寧ろ失体咄山の如し、「狂言綺語」発行前の内輪もめと一緒になつて、彼の党は四分五裂、お互ひに罵詈し合へり、吉野行の一連は、わざと大阪を避けて無事に帰り来りしよし、これは一厘五毛の割前もキチンと立てる方の人々なれば、其筈なるべし。」

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島崎藤村

【夜明け前 第一部下】

「まあ見たまえ。破約攘夷の声が盛んに起こって来たかと思うと、たちまち航海遠略の説を捨てる。条約の勅許が出たかと思うと、たちまち外国に結びつく。まったく、西の方の人たちが機会をとらえるのの早いには驚く。あれも一時いっとき、これも一時いっときと言ってしまえば、まあそれまでだが、正直なものはまごついてしまいますよ。そりゃ、幕府だってもフランスの力を借りようとしてるなんて、もっぱらそんな風評がありますさ。イギリスはこの国の四分五裂するのを待ってるが、フランスにかぎって決してそんなことはないなんて、フランスはまたフランスでなかなかうまい ことを幕府の役人に持ち込んでるといううわさもありますさ。しかし、幕府が外国の力によって外藩を圧迫しようとするなぞ実にけしからんと言う人はあっても、薩長が外国の力によって幕府を破ったのは、だれも不思議だと言うものもない。」

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宮本百合子

【今日の文学の展望】

 引続いて、文学と民衆、文学の大衆化の問題は、一九三七年の前半期に沢山の討論を招致したテーマであったが、ここに注目されなければならないのは、民衆というものを如何に見るか、という基本的な規定の点では、見解が四分五裂の観を呈したことである。明確に、現実の生活のありようがそれを示しているままに、大衆と一口に云っても内容は様々であって、文学に対しても大別進歩的要求をもつもの、保守的要素をもつものとあって、日常生活と云われる関係の内側でも大衆自身利害の対立や相異を有するものであり、相互関係が社会の全体の動きで動きつつあるものとしての民衆。そのどの部分に歴史の進みゆく重点を見るかという観かたに於て民衆の具体性はとりあげられなかった。

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豊島与志雄

【自由主義私見 ――学芸自由同盟に関連して――】

 自由主義の動きは、例えば河の流れに似ている。何物も遮るもののない時には、平静に流れて波をも立てない。然し一度、その流れが堰止められ、その勢いが蓄積される時には、如何なる堤防をも乗り越し破壊する。そしてこの危機に際しては、自由主義はもはや自由主義でなくなり、一躍反対物へ転向することさえある。
「学芸自由同盟」も恐らく、自由主義とほぼ同じ運命を持ってるものであろうと、私は考える。場合によっては、殆んど存在の意義が無くなるかも知れない。或は何等かの堤防に直面して、特定の偏向と行動とを強いらるることにより、四分五裂するかも知れないし、又は創立主旨とは異ったものへ転向するかも知れない。

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夢野久作

【暗黒公使】

 然るにこの時、ノブ子が日本に到着する以前から初まっておりました欧洲大戦は正にたけなわとなっておりまして、聯合国側と独逸ドイツ側と、いずれも絶体絶命のところまで押し詰め合って、双方の力は殆んど相伯仲しているかのように見えておりましたのが、漸次独逸側に有利となって来る形勢を示しておりました。すなわち聯合軍側は各種の利害関係と、人種的、もしくは国家的反感のために、統一力の不足を明かに暴露致しておりました上に、勤倹質素の生活に堪え得ないため、刻々に物資の不足を来し、独逸軍の決死的奮戦に見る見る圧倒されまして、今三箇月もすれば決定的に、四分五裂の守勢敗北状態に陥るものと観測されておりました。

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中里介山

【大菩薩峠 道庵と鰡八の巻】

 気の毒なのは駒井能登守であります。江戸の本邸に着いたまでは、ともかくもその格式で帰りました。
 江戸へ着いてからいくばくもなくして、その姿をさえ認めたものはありません。番町の本邸はとざされてちかかったけれど、新しい主を迎える模様は見えませんでした。
 これより先、病気であった夫人は、親戚の手に奪うが如く引取られてしまったということです。家来の者は四分五裂です。
 主人の能登守は自殺したといううわさもあるし、遠国へ預けられたという噂もありましたが、ただその噂だけで、誰も一向にその消息を知った者はありません。

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吉川英治

【私本太平記 風花帖】

 雲母坂きららざかにいた山法師の一軍、赤山明神下の洞院ノ実世さねよの七千人。これが一時にうごき出すと、を合せて、白川越えの上や鹿ししたにのふところでも山を裂くような武者声がわきあがった。新田義貞、義助の一万余騎だ。
 そして、山科から粟田口へかけても、北畠顕家の奥州勢が、とつぜん、直義のうしろを通って、いきなり二条の尊氏の本陣へ、突進していた。
 形からみても、足利軍は、四分五裂のほかなかった。
 そのうえ、楠木、名和、千種などの、昼から陣旗をひそめていた部隊が、五条、七条を渡河して、
「逆賊、のがさじ」
 と、尊氏の退路とみられる所へ、所かまわず火をけた。

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Last updated : 2024/06/28