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四方八方
しほうはっぽう
作家
作品

芥川龍之介

【杜子春】

「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」
 鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄のむちをとって立ち上ると、四方八方から二匹の馬を、未練 未釈みしゃくなく打ちのめしました。鞭はりゅうりゅうと風を切って、所きらわず雨のように、馬の皮肉を打ち破るのです。馬は、――畜生になった父母は、苦しそうに身をもだえて、眼には血の涙を浮べたまま、見てもいられない程いななき立てました。

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太宰治

【諸君の位置】

「受け取れよ、世界を!」ゼウスは天上から人間に呼びかけた。「受け取れ、これはお前たちのものだ。お前たちにおれは之を遺産とし、永遠の領地として贈つてやる。さあ、仲好く分け合ふのだ。」忽ち先を爭つて、手のある限りの者は四方八方から走り集つた。農民は、原野に繩を張り𢌞らし、貴公子は、狩獵のための森林を占領し、商人は物貨を集めて倉庫に滿し、長老は貴重な古い葡萄酒を漁り、市長は市街に城壁を𢌞らし、王者は山上に大國旗を打ち樹てた。

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北原白秋

【畑の祭】

赤ちやけた麦と蚕豆、
ぐんぐん押しわけてゆくてえと、
たまんねえだぞ……素つ裸で、
地面ぢべたにしつかり足をつける、うんと踏んばろ、――
まん円いお天道さんが六角にとがつて
四方八方真黄色に光り出す。――
そこで、俺ちも小便せうべんをする。

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豊島与志雄

【どぶろく幻想】

 四方八方から線路が寄り集まり、縦横に入り乱れ、そしてまた四方八方に分散している。糸をこんぐらかしたようだ。あちこちに、鉄の柱の上高く、または地面低く、赤や青の灯がともり、線路のレールを無気味に照らしている。ぱっと明るくなり、轟々と響く。それが右往左往する。電車や汽車が通るのだ。長く連結した、窓々の明るい、汽車、電車。姿も黒く、窓々も暗い、汽車、電車。通る、通る、通る。やたらに通る。網目のような架線。電気のスパーク。石炭の黒煙。白い蒸気。高い台地の裾に繰り広げられてる線路の輻輳。駅はどのあたりやら見当もつかない。どうしてこうめちゃくちゃに線路を寄せ集めたものか。

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北大路魯山人

【高野豆腐】

 五目寿司には少しカスカスした高野豆腐でないと使い甲斐がいがないから、割合に固めのものを用いるように。
 普通の高野豆腐のもどし方は、鍋などに入れて重曹をばらまき、落とし蓋をして、重しを入れ、豆腐の下の方から湯がまわるように熱湯をそそぐ。すると底から温かくなり、しばらくすれば一体にやわらかくなる。
 重曹のばらまき方は、豆腐の四方八方、裏表平均に薄くつけるので、ただ熱湯をかけたのでは角のところがうまくやわらかくならないから、四方八方にていねいに重曹をすりこむことを忘れてはならない。しかし、重曹をたくさん入れると、まったく元の豆腐になってしまうから、中間だけが少しカスカスした程度の固さが適当だろう。

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宮沢賢治

【カイロ団長】

「あ痛っ、あ痛っ。誰だい。」なんて云いながら目をさまして、しばらくきょろきょろきょろきょろしていましたが、いよいよそれが酒屋のおやじのとのさまがえるの仕業しわざだとわかると、もうみな一ぺんに、
「何だい。おやじ。よくもひとをなぐったな。」と云いながら、四方八方から、飛びかかりましたが、何分とのさまがえるは三十がえる りきあるのですし、くさりかたびらは着ていますし、それにあまがえるはみんな舶来ウェスキーでひょろひょろしてますから、片っぱしからストンストンと投げつけられました。おしまいにはとのさまがえるは、十一疋のあまがえるを、もじゃもじゃかた めて、ぺちゃんと投げつけました。

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木村荘八

【花火の夢】

 船で大川の花火を見たのは、却つて土地を離れてから、或る年、本郷からわざわざ花火見物に出かけた時だ、しかしこれは面白くなかつた。さすがに互ひに川の中は近いので、花火のしまひに、それが吉例の、火筒の船の人達が、とんと、西洋の画にある悪魔のやうに、船べりでぴよんぴよん踊つて、ばしやんばしやん川の中へ飛込む。――この有様はよく見えて奇観だつたが、いざ花火もしまつて、帰るとなると、四方八方、川の中は船だらけで、当分動けない。あたりは段々に灯も消えて寂しくなるし、 をかの人達はぞろぞろ思ひ思ひの方角へ退散する、その「をか」が直ぐそこに見えてゐながら、船は川の中に釘付けで動けず、ちよつとやそつとの事には家へ帰れないのである。

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柳田國男

【家を持つといふこと】

巣箱は人間の余計な干渉ではあるが、其動機には平和があり、又繁栄へのねんごろな願ひがある。しかもたゞ僅かの巣箱知識を欠いたばかりに、或一筋の雀の血統を、絶滅するまでの惨禍を与へ得たのである。たとへば巣箱をあんな細い木に掛けて、四方八方から眼につくやうに、したことは失敗のもとであらう。自然の巣といふものは大抵は一方口で、この危険を四分の一に減らして居る。是だけの事すらまだ気の付かぬ者が、巣箱を案出したといふのがそも/\の不幸であつた。

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田中貢太郎

【不動像の行方】

 雷雨は一時ばかりも続いてけろりと止んでしまった。監物が便所へ往った時に見ると、空は宵のように一面の星であった。翌日になって村の人は不思議な雷鳴かみなりについて語りあった。
「雷鳴の最中には、監物殿のお邸のうえのあたりから、火のかたまりが、四方八方に飛び散った」
「何しろ不思議な雷鳴じゃ」
 監物の耳にこんな話が聞えて来たが、彼は別になんとも思わなかった。

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鈴木三重吉

【ぶくぶく長々火の目小僧】

「おや、だれかにげ出したぞ。」と、どなりました。
 火の目小僧も目をさまして、
「どっちだ/\。」と言いながら、目の玉に力を入れて、くるくる四方八方をにらみまわしました。するとそのたんびに、目の中からしゅうしゅうと、長い ほのおがとび出しました。そのために、にげかけていた鳩は、たちまち二つのつばさをまっ黒に焼きこがされてしまいました。
 鳩はびっくりして、じきそばにあった高い木の先へとまりました。

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Last updated : 2024/06/28