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心機一転
しんきいってん
作家
作品

森鴎外

【青年】

 純一がさかなを荒しながら向うをちょいちょい見ると、女の方でも小さい煙管きせるで煙草を飲みながらこっちをちょいちょい見る。ひょいと島田髷しまだまげを前へ俯向うつむけると、脊柱せきちゅうの処の着物を一掴ひとつかみ、ぐっと下へ引っ張って着たような襟元に、さきを下にした三角形の、白いぼんのくぼが見える。純一はふとこう思った。この女はおれのいる処の近所へ来るようにしているのではあるまいか。さっき高山先生の前に来た時も、知らない内に己の横手に据わっていた。今金鎖の親爺の前に来ているのも己の席に近いからではあるまいかと思ったのである。しかし直ぐに又自分をあざけった。幾ら瀬戸の言うのが事実で、今夜来ている芸者はお茶碾きばかりでも、小倉袴を穿いた書生の跡を追い廻すはずがない。我ながら馬鹿気た事を思ったものだと、純一は心機一転して、丁度持て来た茶碗蒸しを はしで掘り返し始めた。

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夏目漱石

【それから】

 代助が真鍮を以て甘んずる様になったのは、不意に大きな狂瀾きょうらんき込まれて、驚ろきの余り、心機一転の結果を来たしたという様な、小説じみた歴史を っているためではない。全く彼れ自身に特有な思索と観察の力によって、次第々々に鍍金を自分でがして来たに過ぎない。

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北村透谷

【心機妙変を論ず】

 天知君は文覚の知己なり、我は天知君をして文覚と手を携へて遊ばしむるを楽しむ、暗中禅坐する時、彼の怪僧天知君をとぶらひ来て、豪談一夜つひに君をおこして彼の木像を世に顕はさしむるに至りたるをうらやまず。わが所望は一あり、渠が知己としてにあらず、渠が朋友としてにあらず、渠が裡面の傍観者として、渠の心機一転の模様を論ずるの栄を得む。

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下村湖人

【次郎物語 第四部】

「やあ、本田次郎君のお父さんですか。」
 と、いかにもわだかまりがないといった調子で、俊亮に言葉をかけた。そして、俊亮が立ちあがって挨拶をかえしているうちに、もうどさりと椅子に膝をおろし、
「いや、今度は次郎君はまことにお気の毒な事になりました。しかし見どころのある青年ですから、心機一転すると却っていい結果になるかも知れません。」
 俊亮は、しばらくの間、まじまじと少佐の顔を見まもっていたが、
「そうでしょうか。あなたも見どころがあるとお感じでしょうか。」

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岡本かの子

【良人教育十四種】

(3) 病身びょうしんな夫

 痼疾こしつのあるのは別だが、そうでなくて年中あっちが悪い、こっちが悪いとぐずぐずしている人がある。多くは神経質で思いすごしの人に多い。いっしょになって心配してやらねば不親切だといってヒガむし、そうかといって心配すればキリいし、仕末しまつに悪い。心機一転 しんきいってんということもあるから、たからかに奮闘ふんとう的な気持ちになれるよう、思い切って生活を革新かくしんするとか、強い刺撃しげきを与えて心境を変化させるとか、妻自身確信かくしんと元気を持って助勢じょせいするがいい。

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豊島与志雄

【香奠】

「へえー、そんなつまらないことが……。」
「つまらなくはありません。私はそれを友人に云いふらして歩いたんです。……東京の学生は愉快ですね。……私は東京の街路を飛び廻ってやるつもりです。……だけど、変ですね……どうも……。」
 彼は何かしら胸の中がもやもやしてるらしく、それをはっきり口に出せないのがなお焦れったいらしく、眉根に皺を寄せて考えこみました。私はその顔を覗き込んで尋ねました。
「どうしてまたそんな風に、心機一転したんだい。」
「え、心機一転って……。」
 それから暫くして、彼は真白な卓布に眼を据えて云いました。

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坂口安吾

【明治開化 安吾捕物 その十五 赤罠】

 豪放な喜兵衛旦那もさすがに一時は寝食を忘れるほどの悲歎にくれたのである。しかし冷静に考えれば希望がなくなったわけではない。長命の望みなしと二十で嫁をもたせた清作は案外にも長持ちして、すでに三十であるが、まだ何年かは持ちそうだ。現に二人の孫を失うと殆ど同時に、あたかもそれを取りかえすようにチヨは妊娠してくれた。死んだ孫の数を取りかえすのも儚い希望ではなかろう。
 そこで喜兵衛は心機一転、年が改ると共に自分の誕生日がくるから、ちょうど還暦に当るを幸い、厄払い、縁起直しに思いついたのが生きた葬式である。いっぺん死んで、生れ変ろうという彼らしい趣向であった。

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種田山頭火

【旅日記】

 五月八日 曇。

心機一転、これから私は私らしい旅人として出立しなければならない。
我儘は私の性だから、それはそれとしてよろしいけれど、ブルジヨア的であつてはならない、執着しない我儘でなければならない。

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新渡戸稲造

【自警録】

 甲が乙を評するにいろいろのしき点を述ぶるのを聞くとき、その批評のあやまてることを一々指摘し説明しても甲の偏見へんけんはなかなかになおるものでない。なにゆえかといえば、批評が客観的きゃっかんてきであるものならば矯正きょうせいされる望みもあるが、多くは主観的しゅかんてきで批評する人が始めより曲解きょっかいする精神でかかるのであるゆえ、どれほど反対の証拠を挙げてもなかなか心機一転しない。

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野村胡堂

【胡堂百話】

 話は、ずっとさかのぼるが、藤原義江君が外国から帰り、以前の戸山英二郎時代とは、心機一転して、楽壇にデビューした時のことである。
 世話ずきの伊庭孝君が、その音楽会の招待券を持って上司氏のところへ行き、
「よろしく後援してあげて下さい。昔の戸山英二郎が、生まれ変ってスタートしたのだから」
 といった。

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Last updated : 2024/06/28