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信賞必罰
しんしょうひつばつ
作家
作品

福沢諭吉

【学問のすすめ】

 一国の有様をもって論ずるもまたかくのごとし。たとえばここに一政府あらん。賢良方正の士を挙げてまつりごとを任し、民の苦楽を察して適宜の処置を施し、信賞必罰、恩威行なわれざるところなく、万民腹を鼓して太平を謡うがごときは、まことに誇るべきに似たり。

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穂積陳重

【法窓夜話】

 商鞅が秦の孝公に仕えて相となったとき、その新政の第一着手として、先ず長さ三丈の木を市の南門に立てて、もしこの木を北門に移す者あらば十金を与うべしという令を出した。しかし、人民はその何の意たるを了解せず、怪しみ疑うて敢えてこれを移そうとする者がなかった。依って更に令を下して、く移す者には五十金を与うべしと告示した。この時一人の物好きな者があって、ともかくもってみようという考で、この木を北門に移した。商鞅は直ちに告示の通り五十金をこの実行者に与えて、もって令の偽りでないことを明らかにした。ここにおいて、世人皆驚いて、商君の法は信賞必罰、従うべし違うべからずという感を深くし、十年の内に、令すれば必ず行われ、禁ずれば必ず止むに至り、新法は着々実施せられて、秦国富強の端を開いたということである。
 けだし商鞅は、この移木令の一挙をもって、民心をその法刑主義に帰依きえせしめたものであって、その機智感ずべきものがないではないが、かくの如き児戯をもって法令をもてあそぶは、吾人の取らざるところであって、これに依って真に信を天下に得らるべきものとは思われぬのである。そもそも法の威力の真の根拠は、その社会的価値であって、「信賞必罰」というが如きは、単にその威力を確実ならしめる所以に過ぎぬ。木を北門に移すべしという如き、民がその何の故たるを知らぬ命令、即ち何らの社会的価値なき法律を設けて、信賞必罰をもってその実行を期するという態度は、誠に刑名法術者流の根本的誤謬であって、彼ら自身「法を造るの弊」を歎ずるの失敗に陥ったのみならず、この法律万能主義のために、かえって永く東洋における法律思想の発達を阻害する因をなしたのは、歎ずべく、また かんがみるべき事である。

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石原莞爾

【戦争史大観】

 資産家特に成金を寄附金の強制から解放し、彼らの全力を発明家の発見と幇助ほうじょに尽さしめる。国家の機関は発明の価値を判断して発明者には奨励金を与え、その援助者には勲章、位階、授爵等の恩賞をもって表彰する。一体統制主義の今日、国家の恩賞を主として官吏方面に偏重するのは良くない。恩賞は今日の国家の実情に合する如く根本的に改革せねばならぬ。信賞必罰は興隆国家の特徴である。

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野村胡堂

【銭形平次打明け話】

 人は何時いつの世にも、大岡裁きを喜ぶものである、子争いに始まって、石地蔵をお白洲しらすに引出す興味、三方一両損の論理、皮剥かわはぎ獄門のトリックは、何時になっても変らない興味である。旧約(聖書)の昔からソロモンの伝説があり、大岡越前守は未だに天下の名判官で通っている。われわれは法治国の国民であり、坐作ざさ進退ことごとく法によって縛られているに拘わらず、法の外の法を楽しもうとしているのである。信賞必罰は結構なことであるに違いないが、実際の世の中は、も少し融通のきいた、知謀を以て裁いてもらいたいものである。

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Last updated : 2024/06/28