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深山幽谷
しんざんゆうこく
作家
作品

太宰治

【黄村先生言行録】

私は、いつの日か、一丈ほどの山椒魚を、わがものにしたい、そうして日夕相親しみ、古代の雰囲気にじかに触れてみたい、深山幽谷のいぶきにしびれるくらい接してみたい、 頃日けいじつ、水族館にて二尺くらいの山椒魚を見て、それから思うところあってあれこれと山椒魚にいて諸文献を調べてみましたが、調べて行くうちに、どうにかして、日本一ばん、いや日本一ばんは即ち世界一ばんという事になりますが、

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上村松園

【棲霞軒雑記】

 爾来私は五十年この棲霞軒で芸術三昧に耽っている次第であるが、松園の名づけ親も棲霞軒の名づけ親もともに今はこの世にはいられない。
 私はとき折りこの画室で松の園生の栄える夢をみたり霞の衣につつまれて深山幽谷に遊んでいる自分を夢みたりする。

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寺田寅彦

【地図をながめて】

 とにかく、これだけの艱難辛苦かんなんしんくによって一等三角網が完成される。これを基礎としてそれから二等三等三角網が張り渡され、それを目標として局部局部の地形測量を仕上げられるまでのいきさつは、およそ素人しろうとの想像に余るものであろう。
 地形測量をする測量班員が深山幽谷をさまようて幾日も人間のにおいをかがずにいて、やっとどこかの三角点の やぐらにたどりつくと、なんとなくうれしさとなつかしさに胸をおどらすという話である。この一事だけでも、この仕事の生やさしいものでない事がわかるであろう。

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小島烏水

【紀行文家の群れ ――田山花袋氏――】

たまたま『文章世界』第二巻第十三号で、片上天弦、前田木城、水野葉舟、吉江孤雁ら合評の紀行文家月旦が出た。俎上に載せられたのは、麗水、桂月、天随、花袋、孤雁及び私であったが、一番ほめられたのが花袋と桂月で、当たらずさわらずのところが麗水、孤雁、最も手ひどくやっつけられたのが天随と私で、ことに私はひどく攻撃せられた。その中の一評者が「一時は紀行文は前人の未だ踏まない深山幽谷の奇景を、紹介するのを職とするような傾向であった、いや今でも、そういう好奇心で、紀行を書いている人もあるようだが、これはつまらぬことだろう」と言って、明らかに私に当たっている。

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國木田独歩

【空知川の岸辺】

 見れば山に沿ふて長屋建ながやだちの一棟あり、これに対して又一棟あり。絃歌は此長屋より起るのであつた。一棟は幾戸かに分れ、戸々皆な障子をとざし、其障子には火影はなやかに映り、三絃の乱れて狂ふ調子放歌の激して叫ぶ声、笑ふ声は雑然として起つて居るのである、牛部屋に等しき此長屋は何ぞ知らん鉱夫どもが深山幽谷の一隅に求め得し歓楽境ならんとは。

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飯田蛇笏

【茸をたずねる】

そんな時にわかにけたたましい音がして、落葉樹の間から山鳥が飛びあがることがある。彼の羽色は濃い茶褐色で落葉の色に似通っているところから、草叢の間を歩いているときなどは余程近くに在っても中々見定めにくいのであるが、その牡鳥は多くは二尺位もある長々しい尾を持っているので、飛んで行く後ろ影を眺めわたすと、鮮かに他の鳥と区別することが出来る。その長い尾を曳いて両翼を拡げつつ露の中を翔んで行くさまは、非常に迅速であるが又もの静けさの極みである。粂吉は近寄って来て、「今のは大丈夫撃てやしたね」というようなことを言う。今はやめて居るにしても、昔からつい四五年前まで甲斐東方のあらゆる深山幽谷を跋渉し尽した彼は、猟銃をとっては名うての巧者である。眺望の好い場所を択んで ず一服という。煙草を吸うのである。

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斎藤茂吉

【遍路】

 この山越は僕にとっても不思議な旅で、これは全くT君の励ましによった。しかも偶然二人の遍路に会って随分と慰安を得た。なぜかというに僕は昨冬、火難かなんって以来、全く前途の光明こうみょうを失っていたからである。すなわち当時の僕の感傷主義は、曇った眼一つでとぼとぼと深山しんざん幽谷ゆうこくを歩む一人の遍路を忘却し難かったのである。しかもそれは近代主義的遍路であったからであろうか、僕自身にもよく分からない。

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尾崎放哉

【海】

「賢者は山を好み、智者は水を愛す」といふ言葉があります。此の言葉はなか/\うま味のある言葉であると思ひます。但し、私だけの心持かも知れませんが――。一体私は、ごく小さな時からよく山にも海にも好きで遊んだものですが、だんだんと歳をとつて来るに従つて、山はどうも怖い……と申すのも可笑しな話ですが、……親しめないのですな。殊に深山幽谷と云つたやうな処に這入つて行くと、なんとはなしに、身体中が引締められるやうな怖い気持がし出したのです。

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Last updated : 2024/06/28