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四六時中
しろくじちゅう
作家
作品

太宰治

【人間失格】

 それからの日々の、自分の不安と恐怖。
 表面は相変らず哀しいお道化を演じて皆を笑わせていましたが、ふっと思わず重苦しい溜息ためいきが出て、何をしたってすべて竹一に木っ葉みじんに見破られていて、そうしてあれは、そのうちにきっと誰かれとなく、それを言いふらして歩くに違いないのだ、と考えると、額にじっとり油汗がわいて来て、狂人みたいに妙な眼つきで、あたりをキョロキョロむなしく見廻したりしました。できる事なら、朝、昼、晩、四六時中、竹一の そばから離れず彼が秘密を口走らないように監視していたい気持でした。そうして、自分が、彼にまつわりついている間に、自分のお道化は、所謂「ワザ」では無くて、ほんものであったというよう思い込ませるようにあらゆる努力を払い、あわよくば、彼と無二の親友になってしまいたいものだ、もし、その事が皆、不可能なら、もはや、彼の死を祈るより他は無い、とさえ思いつめました。

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下村湖人

【次郎物語 第五部】

 かれの意図いとが、塾の精神を徹底的てっていてきにたたきつけるにあったことは、もうむろん疑う余地がなかった。かれは、しかし、真正面から「友愛塾の精神がまちがっている」とは、さすがに言わなかった。かれはたくみに、――おそらく、かれ自身のつもりでは、きわめてたくみに、――一般論いっぱんろんをやった。そして、なおいっそうたくみに、――もっとも、この場合は、かれ自身としては、たくらんだつもりではなく、かれの信念の自然の発露はつろであったかもしれないが、――「国体」とか、「陛下」とか、「大御心」とかいう言葉で、自分の論旨ろんし権威けんいづけることに努力した。
「日本の国体をまもるためには、国民は、四六時中非常時局下にある 心構こころがまえでいなければならない。恒久的任務と時局的任務とを差別して考える余裕よゆうなど、少くともわれわれ軍人には全く想像もつかないことである。」
「大命を奉じては、国民は親子の情でさえ、たち切らなければならない。いわんや友愛の情をやである。」
「日本では、国民相互そうごの横の道徳は、おのずから、君臣のたての道徳の中にふくまれている。陛下に対したてまつる臣民の忠誠心が、すべての道徳に先んじ、すべての道徳を導き育てるのであって、友愛や隣人愛りんじんあいが忠誠心を生み出すのでは決してない。」
 およそこういった調子であった。

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正岡容

【わが寄席青春録】

当時の私は一カ月の生活が乱酒さえしなければ楽にいけるという程度だった上に、前にもいう金づかいの下手な男だったからしょせんその才覚はできなかった。その上、そんなこんなで師父圓馬の一家ともスムーズにはいかなくなり、内憂外患だんだん私は心の苦悩を忘れるため四六時中酒を煽り、とうとう酒気が絶れると舌がもつれ、手が痺れ、しごとができなくなり、ひどいアルコール中毒患者となってしまっていたのだから余計どうにも仕様がない。今日だから何もかもぶちまけてしまうが、あの頃私はなけなしのお金でお酒を飲み続け、大酔して夜、寝る時が一番辛かった。

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石川啄木

【天鵞絨】

 何しろ極く狭い田舎なので、それに足下あしもとから鳥が飛立つ様な別れ方であつたから、源助一人の立つた後は、祭礼おまつり翌日あくるひか、男許りの田植の様で、何としても物足らぬ。閑人の誰彼は、所在無げな顔をして、呆然ぼんやりと門口に立つてゐた。一月許りは、寄ると触ると行つた人の話で、立つ時は白井様で二十円呉れたさうだし、村中からの御餞別を合せると、五十円位集つたらうと、羨ましさうに計算する者もあつた。それ許りぢやない、源助さんは此五六年に、百八十両もおツ貯めたげなと、知つたか振をする爺もあつた。が、此源助が、白井様の分家の、四六時中 しよつちゆうリユウマチでてゐる奥様に、或る特別の慇懃いんぎんを通じて居た事は、誰一人知る者がなかつた。
 二十日許りも過ぎてからだつたらうか、源助の礼状の葉書が、三十枚も一度に此村に舞込んだ。それが又、それ相応に一々文句が違つてると云ふので、人々は今更の様に事々しく、渠の万事よろづに才が廻つて、器用であつた事を語り合つた。其後も、月に一度、三月に二度と、一年半程の間は、誰へとも限らず、源助の音信があつたものだ。

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高村光太郎

【智恵子抄】

 彼女はやさしかつたが勝気であつたので、どんな事でも自分一人の胸に収めて唯黙つて進んだ。そして自己の最高の能力をつねに物に傾注した。芸術に関する事はもとより、一般教養のこと、精神上の諸問題についても突きつめるだけつきつめて考へて、曖昧あいまいをゆるさず、妥協を卑しんだ。いはば四六時中張りきつてゐた弦のやうなもので、その極度の緊張に堪へられずして脳細胞が破れたのである。精根つきて倒れたのである。彼女の此の内部生活の清浄さに私は幾度浄められる思をしたか知れない。彼女にくらべると私は実に茫漠として濁つてゐる事を感じた。

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野村胡堂

【錢形平次捕物控 女御用聞き】

 平次もこの謎を、ひどく考へ込んだ樣子でした。
 土藏の二階の死骸は、床の中に寢たまゝ、鋭利な刄物で首筋を掻き切られたもので、七日前、伜吉三郎のやられた時と、全く同じ手口です。多分、曲者は何かの工夫で土藏の中に忍び込み、頑丈ぐわんぢやうなつくりで、足音もしないのを幸ひ、非常な注意で二階に登り、有明の行燈の光りで、一氣に主人の咽喉のどをゑぐり、左の大動脈を切つたのでせう。床から板敷をひたして恐ろしい血の海です。
 死骸の帶に結んで、大一番の海老錠の鍵はありますが、それは見たところ何んの異状もなく、主人が四六時中それを肌身離さなかつたとすれば、下手人はこの鍵で土藏を開けて入つたのでないことは明らかです。
「錢形の親分さん、飛んだ御世話で」
 振り返ると土藏の隅の薄暗いところから、内儀のお紺がゐざり寄つて挨拶をしてをります。おびえ切つた青い顏ですが、よくあぶらが乘つて、ヒステリツクで、主人半左衞門がこの女を持て餘してゐた消息もよくわかりさうです。

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久坂葉子

【灰色の記憶】

 その頃、生まれつきよわかった兄のために、紀州の海岸に別荘を借りた。兄、姉、私と、すぐ後に生まれた弟と、乳母と女中が海岸の別荘に生活するようになった。真白で広い浜辺の端に、高い石がけの平家があり、私はそこで波の音を四六時中きいていた。ひる間はその波音が退屈しのぎであり、いろんな夢を思い起させたりしたが、夜中にふと目をさますと、それは恐しい魔物の声のように思えた。そんな時、私はしくしくと泣き出して、乳母の乳房に耳を押しつけた。

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佐々木味津三

【右門捕物帖 千柿の鍔】

伊豆守のほうでもまた、極度に弾圧取り締まりに力をつくした時代で、ご府内すなわち江戸市中に浪人の潜入し、跋扈するのを防ぐために、五街道ごかいどうへの出入り口出入り口に、浪人改めの隠し目付け屯所とんしょなるものを秘密に設け、すなわち、東海道口は品川の宿、甲州街道口は内藤新宿ないとうしんじゅく中仙道なかせんどう口は板橋の宿、奥羽、日光両街道口は千住せんじゅに、それぞれまったくの秘密な隠し屯所を設けて、四六時中ゆだんなくそれらの五街道口を出入する浪人の身分改め、ならびに不審尋問を行ない、市中そのものにはまた一町目付けという隠語をもって呼ばれた、同じ浪人取り締まりの隠し目付け屯所を各町各町に設置しておいて、ある者は町人に化け、ある者はまた職人にやつして、市中在住の浪人どもを絶えず監視せしめ、かつまたその動静を内偵せしめて、大小残らずの報告を細大漏らさずおのれの身辺へ集中せしめるような、じつにおびただしくも精密な取り締まり網が張りめぐらされていたことを熟知していたればこそ、名人はさとくもそのくもの手のごとき浪人取り締まり網を利用しようと思いついたのでした。

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賀川豊彦

【空中征服】

「そんな空想的なことを考えても仕方がない。体操の時間を永くするより仕方がない」
 と言うものがある。またこれに対して、
「運動場の空気は、教室内の空気よりさらに悪い。私の学校の隣は硝子ガラス工場で、そこの煙突から四六時中煙の来ないことがないので、私たちの学校ではいつも教室を密閉して、煤煙の来るのを防いでおります。そんな場合は、どうすればよいでしょうか? 」
 ある者は酸素ガス発生器を各教室に市費で備え付けるがよいと主張した。

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柳宗悦

【民藝四十年】

 近頃は人間の美意識に曇りが来ました。原因は色々あるでしょうが、日々の用器が醜くなって来たのも、たしかにその一因です。なぜなら私たちが四六時中一番多く眼に見、手に触れるものは日常の器物です。私たちは衣を着、食器を手にし、家具を用いる生活を毎日繰り返して行くのです。それらの品々が、識らずして吾々に及ぼす影響は甚大なものだと考えます。

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Last updated : 2024/06/28