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獅子身中
しししんちゅう
作家
作品

泉鏡花

【三枚続】

「私あお嬢さん、あなたに取っちゃあかたきでございます。へい、とんでもない、わばその獅子身中の虫と謂うんで、こんな分らずやで何にも存じませんもんですから、愛吉々々とおっしゃって下さるのを、可い事にして、 癇癪かんしゃくは引請けましたなんぞと、うぬが勝手な熱を吹いちゃあ、ちょいちょいお出入をするもんですから、こんな役雑やくざものと口をお利きなさりますばッかりで、お嬢様、あなたに人が後指を指すんです。知らない内はから呑気で、一向澄したものでおりましたが、人から気をつけられて身体からだを持って行き処のないほど、驚いたんでございますよ。

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石川啄木

【足跡】

先生は何か人の知らぬ大きな事を考へて居られる樣ですが、私共には分りません。然しそのお話を聽いてゐると、常々私共の行きたい/\と思つてる處――何處ですか知りませんが――へ段々連れて行かれる樣な氣がします。そして先生は、自分は教育界の獅子身中の蟲だと言つて居られるの。又、今の社會を改造するには先づ小學教育を破壞しなければいけない、自分に若し二つ體があつたら、一つでは一生代用教員をしてゐたいと言つてます。奈何して小學教育を破壞するかと訊くと、 何有なあにホンの少しの違ひです、人を生れた時の儘で大きくならせる方針を取れや可いんですと答へられました。

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三好十郎

【俳優への手紙】

 君は、その様な意味で怯懦であり、その様な意味でインチキであるのだ。そして君以外の苦楽座同人諸氏、それから新劇くずれ俳優の中の或る者達、それから今の世に時めいているスタア格の俳優達の殆んどすべてが、そうである。今、われわれが一丸となって戦い抜かなければならぬ未曾有の国運の中にあって、自分の坐り込んでしまった「特等席」を離れることは「良心」の名でも「高いものの」名でも「国」の名でも、いやでござると言い放っている事を意味している。殆んどそれは獅子身中の毒虫の行為だ。
 なるほど、新劇――芸術的に良心的な、その手段に於て高い演劇――の観客は、現在のところ、他の演劇の観客に較べて、非常にすくない事を僕も認める。しかし、その劇団の経営・製作・持続などがよろしきを得るならば、――と言う意味は、理想的にうまく行けばと言うのでは無くて――専門劇団として普通の平均水準まで行けばである――今わが国に専門的新劇団の三つや四つを常置存続させて行くに足る程の数の観客は存在していることを、僕は断言する。せよとあらば、その計数の概略をも示すことが出来る。

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野村胡堂

【十字架観音】

「あの二人を斬って、御先代様の妄執を晴らし、一つは柳川に淋しい謹慎の日を送る、御父上様、備前様を慰めておやりなさいませ」
「いや」
 余吾之介はようやく顔をあげました。何時いつの間にやら日が暮れて、灯がついて、自分はお秋の側に、不本意な盃を舐めているのでした。
「俺はどうもその気になれない。訴訟を起して、お家の獅子身中むしを退治するつもりだった父上の御心持はよく解るが、主君の亡びた今になって見れば、それは藪蛇であった。山野辺一味に御老中の息がかかっていることも知らぬでないが、この上お互に殺しあったところで、最上のお家が再興するわけでもなく、かえってお上の憎しみを加え、近江三河にあらせられる、御主君に迷惑を及ぼすだけであろう」

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国枝史郎

【大捕物仙人壺】

 幕臣も幕臣、奥詰めだったので、親衛隊のさきがけであり、伏見鳥羽の戦いにも出て、幾百人となく敵を斬った。
 その彼は直情の性格から、同じ幕臣の勝安房守が、いわゆる恭順派の総師として、薩長の士と交渉することを、徳川家のために歯掻く思い、獅子身中の虫と感じ、いっそ暗殺して害をのぞこうと、日頃から画策していたのであったが、この夜いよいよ断行すべく、門下の壮士九人を率い勝安房守の後をつけ、剣を揮おうとしたのであった。

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中里介山

【大菩薩峠 年魚市の巻】

「そうさ、頼みになりそうでならない、その点は、表に屈服して、内心怖れられていた、当時の加藤清正あたりの勢力とは、比較になるものではない」
「思えば、頼みになりそうでならぬのは親類共――水戸はあのザマで、最初から徳川にとっては獅子身中 しししんちゅうの虫といったようなものだし……紀州は、もう初期時代からしばしば宗家に対して謀叛むほんが伝えられているし、尾張は骨抜きになっている」
「かりに誰かが、徳川に代って天下を取った日には、ぜひとも、加藤肥後守清正の子孫をたずね出して、この名古屋城をそっくり持たせてやりたい」

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林不忘

【丹下左膳 こけ猿の巻】

 するとこのとき、その萩乃の忘れたことのないあの若い植木職の声が朗々ろうろうとひびいてきたのです。
「義父司馬先生の御霊みたまに、もの申す。生前お眼にかかる機会おりのなかったことを、伊賀の柳生源三郎、ふかく遺憾いかんに存じまする。早くより品川に到着しておりましたが、獅子身中の虫ともいいつべき、当道場内の一派の策動にさまたげられ、今日まで延引いたし、ただいまやっとまいりましたるところ、先生におかせられては、すでに幽明さかいを ことにし……」
 柳生源三郎!……と聞いて、はっと眼をあげた萩乃の表情! 同じお蓮様のおもて――ふたつの顔に信じられない驚愕の色が起こりました。それぞれの意味で。

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Last updated : 2024/06/28