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質実剛健
しつじつごうけん
作家
作品

坂口安吾

【人生三つの愉しみ】

 秀吉や秀次も有馬や熱海の湯治を愛した記事はあるが、今日残っている秀吉の湯殿は日本の湯殿としては豪奢な建物であるが、ローマの浴室とは比ぶべくもない。日本の当時の建築では、大宮殿に常に満々と湯を満したり、蒸気を満したりする設備が不可能でもあったろう。玄宗と楊貴妃が温泉にひたって快楽を満喫したのも有名な話。日本は温泉の国で、湯泉場にドンチャン騒ぎは附き物であるが、ローマ風呂の豪奢の片鱗をとどめるほどの浴室もなく、大半は奥の細道の心境を旨とするかの如き質実剛健ぶりで、亡国の相に縁遠いのは大慶の至りである。銀座に東京温泉なるものが開店する由であるが、江戸時代の大衆浴場を鉄筋コンクリートにした程度のものらしく、一パイ飲み屋が社交喫茶だのキャバレーなどと現代風を呈している以上は、浴場にこの程度の現代風が現れるのは遅きに失したぐらい、酒と女と風呂は暴君にも庶民にも三位一体の快楽をなしていた。

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柳田国男

【木綿以前の事】

 政府大臣が推奨する質実剛健の気風とかは、いかなる修養をもって得らるるものか知らぬが、もしそれが条件なしに、木綿以前の日本人の生活に立ち かえることを意味するならば、その説は少なくともこの久しい歴史を忘れている。東京の町などでは三十年余り前に、裸体はもとよりはだしまでも禁制した。しかもその当座は草鞋わらじがなお用いられて、禁令は単に踏抜ふみぬきを予防するにすぎなかったが、もう今日ではことごとくゴム靴だ。そうでなければゴム底の足袋たびをはいている。

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岸田國士

【泉】

 さて泰平郷も建設以来満五年に相なりまするが、年とともに発展を加へ、諸種の点より見ましてまことに理想的な夏季保健地として内外に喧伝せらるゝにいたりました。これ一重に文華土地会社の営利を度外視したる奉仕の精神と、われわれ利用者側の、なんと申しまするか、他の別荘地などと異る質実剛健の気風とが、真にこの恵まれたる自然の恩寵のもとに於て、完全に歩調を合せてをるからだと確信いたします。

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久生十蘭

【キャラコさん 社交室】

 剛子は、奥歯が風邪をひかぬように、あわてて掌で口をおさえる。
 剛子は退役陸軍少将石井長六閣下の末娘で、今年十九になる。しかし、笑ったり跳ねたりしているときは、十七ぐらいにしか見えない。
 剛子つよことは妙な名前だが、これは剛情の剛ではない。質実剛健の剛である。長六閣下は、これからの女性は男のいいなりになるようなヘナヘナではいかん。竹のようにしなやかで、かつ、剛健な意志をもたねばならぬという意見で、それで剛子と名づけた。剛子は父の望みを しょくされているのである。<

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Last updated : 2024/06/28