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主義主張
しゅぎしゅちょう
作家
作品

夏目漱石

【創作家の態度】

しかしこれは少し困る。たとえば学派を分けてあれは早稲田派だ、これは大学派だとしてすましているようなものであります。それほど判然たる区別があるかないか分らないが、よしあったにしても早稲田派と大学派は或る点において同じ説を吐いてはならないとしつけるのみか、たとい実際は同じ説でも、なに違ってるよ。早稲田だもの、大学だものとただ名前だけできめてしまう弊が起りやすい。私の現代精神の綜合そうごうと云うのは、この弊を救うためで、一方ではこの窮窟な束縛を解くと同時に、名にかのうたる実を有する主義主張を並立せしめようとするためであります。

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坂口安吾

【ジロリの女 ――ゴロー三船とマゴコロの手記――】

「かく申さばお分りの通り、私はしがないヤミ屋の一人、たゞ金銭を追いまわしている奴隷ですが、金銭万能というわけではありませんよ。金銭によって真実幸福をもとめうるかどうか、これは問題のあるところですが、金銭をこゝろみずにハナから金銭を軽蔑したり金銭に絶望したりすることは私はとりません。まず金銭をこゝろみて、それによって真の幸福の買えないことに絶望して、精神上の幸福をもとめる、これなら順が立っていますよ。万事こうこなくちゃ、空論だけの人生観は私は信用しないタテマエなんです」
 ヤス子は人生探求というタテマエだから、悪徳に対しては一応甚だ寛大で、あるがまゝ全てを一応うけいれて、という心構えであった。編輯などのことでも、啓蒙とか主義主張も、先ず第一に面白く読ませること、それに気がつく女であり、美名とか、たゞ破綻がないという文章などにはだまされない着実なところがある。

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宮沢賢治

【ビジテリアン大祭】

然るに今日は既にビジテリアン同情派のかた結束けっそくを見、その光輝こうきある八面体の結晶けっしょうとも云うべきビジテリアン大祭を、この清澄せいちょうなるニュウファウンドランド島、九月の気圏きけんの底に於て析出せきしゅつした。ことにこの大祭に於て、多少の愉快ゆかいなる刺戟しげきを吾人が所有するということは、もっとも天意のある所である。多少の愉快なる刺戟とは何であるか、これプログラム中にある異教および異派の諸氏の論難である。是等これら諸氏はみな信者諸氏と同じく、各自の主義主張ために、世界各地より集りきたった真理の友である。おそらく諸氏の論難は、最痛烈つうれつ辛辣しんらつなものであろう。その愈々いよいよ鋭利えいり なるほど、愈々公明に我等はこれに答えんと欲する。

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小林多喜二

【一九二八年三月十五日】

 渡は口笛を吹いて歩きながら、板壁を指でたゝいてみたり、さすつてみたりした。彼は實になごやかな氣持だつた。監獄に入れられて沈んだり憂鬱になつたりする。さういふ氣持はちつとも渡は知らなかつた。然しもつと重大な事は、自分達は正しい歴史的な使命を勇敢にやつてゐるからこそ、監獄にたゝき込まれるんだ、といふ事が渡の場合苦しい苦しいから跳ね返す、跳ね返さずにはゐられないその氣持と理窟なしに一致してゐた。彼は、自分の主義主張がコブのやうに自分の氣儘な行動をしばりつけてゐるやうな窮屈さや、それに對する絶えない良心の苛責などは嘗つて感じなかつた。

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直木三十五

【大衆文芸作法】

 後の二つは、どうしてか載っていなかったのであるが――
 第七は、「友人的恋愛」である。これは、私の主張する処であるが、実際あり得るし、既に、エレスブルグの「ジャンヌ・ネイの愛」にも書かれている。仮令、主義主張は異にしようとも、お互いに精神的にも肉体的にも許して行こうとする恋愛関係である。私は、これこそが本当に自由ではないかと考える。

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木下尚江

【火の柱】

 其の九日の夜、平民社演説会を神田の錦輝舘きんきくわんに開けり、出演せるもの社内よりは幸徳、堺、西川の三兄、社外よりは安部あべ兄と余となりき、演説終つて後、堺兄の曰く、来る十二日控訴の公判開かれんとし花井、今村の諸君弁護の労を快諾せられぬ、しかれ共我等同志が主義主張の故を以て法廷に立つこと、今後必ずしも まれなりと云ふべからず、此際我等の主張を吐露して之を国権発動の一機関たる法廷に表白する、に無益のことならんやと、一座賛同、しかして余つひに其の選に当りて弁護人の位地に立つこととなれり、

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戸坂潤

【現代唯物論講話】

 では一体、まず第一に、今日の日本の所謂「ヒューマニズム」とは何か。三つの場合を区別しなければならないようである。その一つは「ヒューマニズム」というのが一つの立場や主張であるよりも、寧ろ一つの問題の提起と、その問題への興味の集中を提案する、ということを意味する。つまり人間性(ヒューマニティー)という問題を、テーマを、思想乃至文化の前面に押し出すというポーズを意味する。この際のヒューマニズムは主義主張のイズムではなくて、人間性問題の健在を指す意味でのイズムだ。して見れば之はまだ何等の思想体系でもなく又何等の文化上の説明原理でもないわけで、云わば一つの自然発生的な運動なのだ。思想や文化の動きというものに他ならない。

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山本勝治

【十姉妹】

「慎作、かゆ、温めるかい」
 慎作は首を振って、冷めたい芋粥を水の様に流し込んだ。たかが些細な十姉妹の問題だ、自己の主義主張と家人の行動とは、必ずしも併立するものじゃない、清濁あわせ呑む度量と、矛盾の中での一つの……けれど鼻が痛く眼頭が熱く見まいとしていて視線を土間に引寄せられた。無論、父は祖父の強制に、詮方なく露の様に向う側へ転んで行ったに違いなかった。責めたてられる奴隷の様に手を休めなかった。祖父は愈々肩を張り、ゴムの様に唇をもぐつかせていた。慎作が食事を終っても二人は土間を離れなかった。

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岸田國士

【近代劇論】

 前項、「近代劇の諸相」は、即ち、「現代の演劇」及び「現代戯曲の諸傾向」中にその脈絡を存してゐるものである。その意味で、本講座に於ける山田肇、山本修二、舟木重信、岩田豊雄、原久一郎諸氏の行き届いた研究を参照して欲しいと思ふが、凡そ芸術上の端睨すべからざる主義主張と、一見前人未踏の境地に分け入つたと思はれる個人的実績との夥しい錯綜のなかに、確乎たる歴史的意義を見出すことは、相当の時代を隔てない限り容易ならざることであり、今仮に「現代の演劇」を通じて、誰々の事業、誰々の作品が、既成観念の上から、「近代劇」の正統に位ゐするものであるといふ認定を下すとしても、それは最早、演劇としての価値批判にはならないのである。

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Last updated : 2024/06/28