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生老病死
しょうろうびょうし
作家
作品

有島武郎

【惜みなく愛は奪う】

 長い廻り道。
 その長い廻り道を短くするには、自分の生活に対する不満を本当に感ずる外にはない。生老病死の諸苦、性格の欠陥、あらゆる失敗、それを十分に みしめて見ればそれでいいのだ。それはしか如何いかに言説するに易く実現するに難き事柄であろうぞ。私は幾度かかかる悟性の幻覚に迷わされはしなかったか。そしてかかる悟性と見ゆるものが、実際は既定の概念を尺度として測定されたものではなかったか。私はまれにはポーロのようには藻掻もがいた。然し私のようには藻掻かなかった。親鸞しんらん のようには悟った。然し私のようには悟らなかった。

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和辻哲郎

【孔子】

パーリの経律蔵や、漢訳の阿含、小乗律などがそれである。が、これだけの資料でもその内容の雑多なこととうてい四福音書の比ではない。本文に著しい新古の層があり、そこに語られた物語や思想にも著しく変遷のあとが見える。それらの中から己れの好むところを取ってそれを史実として信じてしまう人は別であるが、厳密に史実を突き止めようとするものは、これらの諸異説を照らし合わせ、その発展の段階をたどり、徐々に最古の伝説へ迫って行くほかはない。そうやって考証を進めて行くと、釈迦が王子であったということも、出門遊観の際に生老病死さとったということも、父王が王子の出家を恐れて妓女を付して昼夜歓楽にふけらしめたということも、皆伝説発展の途中で出て来たことであって、最古の伝でないことがわかる。釈迦は釈迦族の豪族の子である。そうしてたぶん釈迦が生まれたろうと思われる時代の釈迦族は、まだ貴族政治をやっていて王などを持ってはいない。が、伝説の考証はさらに釈迦の成道じょうどう 以前の物語が最古の層でないことを示してくる。

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三木清

【親鸞】

 親鸞の文章を読んでむしろ奇異に感じられることは、無常について述べることが少ないということである。これはとかく感傷的な宗教のように考えられている彼の思想においてむしろ奇異の感を懐かせることであるが、しかしこれが事実であり、また真実である。そしてそこに彼の思想の特殊な現実主義の特色が見出されるのである。
 もとより諸行無常は現実である。そしてそれは仏教の出発点である。この世における何物も常住のものはない。すべては生成し消滅し変化する。かくして我々の頼みとすべき何物もないのである。生老病死は無常なる人生における現実である。かかる無常の体験が釈迦の出世間の動機であった。無常はさしあたり仏教の説ではなくて世界の現実である。常ないものを常あるもののごとく思い、頼むべからざるものを頼みとするところに、人生における種々の苦悩は生ずる。

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戸坂潤

【日本イデオロギー論 ――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判】

 併し最もラディカルな解釈哲学=観念論思想は、もはや世界の解釈をさえ脱却する。そればかりではない、観念論であることをさえ止めるように見えるのである。と云うのは一身上の肉体的実践主義となって現われるのである。頭よりも肚を、知識よりも人物を、理論よりも信念を、絶対的に上に置くことから、思想は柔道や剣道や禅のように道場に於て鍛錬すべきものとなる。そして之が実践だというのである。だから政治的活動も直接行動の形を取ることにならざるを得ない。――処でこの観念論は云わば全くの小乗宗教に帰着する。問題は肉体なのだ。だから生老病死が一切の問題なのである。で、仏教復興や各種の邪教(?)や民間治療、それから之と離れることの出来ない禍福観と各種の骨相学(骨相学はナチス・ドイツなどでは重大な哲学の一部門になっている)、この観念論的ガラクタは問答無用式ファシズム思想のサンチョ・パンザに他ならないのである。――そして真性日本ファシズムの発生する社会的地盤は、別に茲に今更説明を必要としないだろう。

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Last updated : 2024/06/28