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大廈高楼/大厦高楼
たいかこうろう
作家
作品

寺田寅彦

【写生紀行】

 市に近づくに従って空気の濁って来るのが目にも鼻にも感じられた。風のない市の上空には鉛色の煙が物すごくたなびいていた。
 もしも事情が許すなら、私はこの広い平坦へいたんな高台の森影の一つに小さな小家を建てて、一週のうちのある一日をそこに過ごしたいと思ったりした。これまでいろいろのいわゆる勝地に建っている別荘などを見ても、自分の気持ちにしっくりはまるようなものはこれと言って頭にとどまっていない。海岸は心騒がしく、山の中は物恐ろしい。立派な大廈高楼たいかこうろうはどうも気楽そうに思われない。頼まれてもそういう所に住む気にはなれそうもない。しかしこの平板な野の森陰の小屋に日当たりのいい縁側なりヴェランダがあってそこに一年のうちの選ばれた数日を過ごすのはそんなに悪くはなさそうに思われた。

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牧野信一

【自烈亭】

道理で好く正月の休みになどなると、勲章やサーベルなどをぶらさげた小さい僕を伴れて箱根や熱海へ赴き、大いに酩酊して「仰イデハ三山ノ雪ヲ吐キ」などゝいふうたをうたつた。僕等もこんな部屋にばかりゐては仕様がないから、また箱根へ行かうと息子を促すのであつた。僕の懇意な旅館は全山一の大廈高楼で、何百畳といふ大広間がいくつもあるといふほどの構へでも、至つて風態からして怪し気な、その癖顔つきばかりは威張つてゐる見たいだけで変梃な僕でも、常々便宜をはかつて呉れ、私は今宵は鳳仙閣で独酌して見度いなどゝいけ図々しいことを申出ても、快く承諾して呉れた。

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吉川英治

【旗岡巡査】

 金モールを載せて轣轆れきろくと帝都をはしる貴顕大官の馬車や、開港場の黄金時代に乗って、大廈高楼たいかこうろうに豪杯を挙げている無数の成り上がり者をながめて――一体、こういう人間を作るために、維新は幕末の永い間を、あんなに幾多の尊い人血をながしたのだろうか。桜田の事変は行われたのだろうか。これが、地下に白骨となっている多くの志士たちの求めていた理想の社会だったろうか。

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内田魯庵

【駆逐されんとする文人】

 ▲近頃或る新聞が芸術税を提起した。其理由に曰く、同じ芸術家でありながら俳優は高い税を賦課せらるゝに反して美術家や文人が課税されないのは不公平であると。日本画の先生達には大厦高楼を構えたり或は屡々豪遊したりするものもあるから、恁ういう大先生方は別として、高の知れた文人の目腐れ金に課税した処で結局手数損じゃ無かろう乎。が、之まで較やもすると浮浪人扱いされた文人の収入を税源にしようというは、済生会の寄付金を勧誘されたような気がして名誉に感じるが、芸術税というは世界に比類なき珍税として公衆の興味を湧かすに足りる。が、そこに一疑問がある。文学は果して職業だろう乎。

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堺利彦

【獄中生活】

 さて、かく獄中生活の荒ましを語った上で、予をして更に少しく監獄なるものの全体を観察せしめよ。
 監獄はまずその建築が堅牢である。宏壮である。清潔である。棟割長屋に住むものより見れば、実に大厦高楼の住居といわねばならぬ。衣服夜具のごときも、ほぼ整頓している。冬期においてはもちろん非常の寒さにも苦しむには相違ないが、さりとて常に襤褸をまとい、或はそれすらもまとい得ざるものより見れば、実にありがたき避寒所といわねばならぬ。食物も悪いには相違ないが、塵だめをあさる人間あることを思えば、必ずしも不平はいわれぬ。何にせよ、監獄は衣食住の平等と安全とにおいて、遙か社会より優っている。

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永井荷風

【矢はずぐさ】

寝屋ねやの屏風太鼓張たいこばりふすまなぞ破れたるを、妻と二人して今までは互に秘置ひめおきける古きふみ反古ほご取出とりいだして読返しながら張りつくろふ楽しみもまた 大厦高楼たいかこうろうを家とする富貴ふうきの人の窺知うかがいしるべからざる所なるべし。

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中里介山

【大菩薩峠 道庵と鰡八の巻】

 この夜中に屋根の上へ登った道庵先生は、それでもすべり落ちもしないで、やがて屋のむねの上へスックと立ちました。
 ここから見上げると、鰡八大尽の 大厦高楼たいかこうろうは眼の前にそびえているのであります。道庵先生はそれを睨みつけながら、
「鰡八、鰡八」
突拍子とっぴょうしもなく大きな声で怒鳴りました。

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Last updated : 2024/06/28