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他山之石/他山の石
たざんのいし
作家
作品

森鴎外

【柵草紙の山房論文】

 逍遙子いはく。わが謂ふ小理想家は經驗足らざるがためにその識見狹きものなり。一道の皮相を奉じて方寸の世界に安んじ、我師の教をのみ無雙の靈玉と輕信して、初より他山の石を求めず、みだりに儒佛を祖述し、また東西の哲理を談ずるものなり。彼等の心中には談理を迎ふる傾向なし。一旦夕の談理爭でか能く一世の傾向を かもさむ。

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豊島与志雄

【傍人の言】

フローベルがボヴァリー夫人を書き、ツルゲネーフがバザロフを書き、イプセンがノラを書き、ブールジェーがロベール・グレルーを書いて、文学的ばかりでなく、社会的にも問題をひき起したのは、何も特殊な深遠な思想を披瀝したからではない。山本有三が、親子の問題や女中の地位の問題と、真正面から取組んでも、誰もつまらないという者はあるまい。
 だから、書き方の如何によるのだ、と私は云う。
 だから、ポーズということが問題になるのだ、と彼は云う。
 こうなると、循環論だ。それでも、文学者に対しては傍人たる彼の言、以て他山の石とするに足るものを持っている……或は、より以上のものを持っている、とも思えないでもない。

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和辻哲郎

【孔子】

自分が志したのは、いまだ孔子に触れたことのない人に『論語』を熟読玩味してみようという気持ちを起こさせることであった。それが成功しなければ、『論語』をいまだ読まない人が依然としてそれを読まないというだけのことであり、幸いにして成功しても、あとには専門家の注釈や研究が数え切れないほどあるのであるから、自分の誤謬が人を誤ることもなかろうと思われる。と言って、すでに『論語』を知っている人にはこの書は全然用がないというわけでもない。そういう人にも他山の石としてはいくらか役立つであろう。

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豊島与志雄

【性格批判の問題】

彼女等は普通は、一人称的取扱に終始し、或る程度の感情の興奮に達すると、益々その我執が甚しくなり、更に感情の高調に達すると、清澄な三人称的批判にぬけ出すことがある。それが急転直下、間髪をいれない変化なので、驚異に価する。そして彼女等の感情の高調時に於ける、三人称的批判と一人称的我執との交錯は、芸術作家にとっては他山の石となり得るものを持っている。芸術家には女性的分子が多いからというのではない。女性に於ける感情の高調は、男子に於ては心意の燃焼に相応する。心意の燃焼のうちに、創作の一つの秘鑰がある。この時、清澄なる三人称的批判を取失わない者こそ、傑れた芸術家であろう。

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三上義夫

【数学史の研究に就きて】

 世界大戦が勃発してから以後には、和算に関する寄稿を依頼して来るむきは、いっこうに中絶してしまった。
 かくて一九一七年に至り、伊太利イタリーの数学者で希臘ギリシア数学史の一方の雄であるローリア博士が、日本の数学史を論じたことがあるが、その中には私の書いたものが引用中の大半を占めて居る。博士のこの論文は有益なものであって、和算史の研究上には他山の石としてはなはだ尊重すべきである。なにぶん伊太利語であるために、これを翻訳することもなし得ないで居るけれども、これを邦文に翻訳してわが学界に伝えることも決して徒爾ではあるまい。

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徳永直

【光をかかぐる人々】

弘化元年に「パレムバン」が來航したとき、閣老水野越前守は「慶長、元和の規模に復り、進んで外に國威を張り、内に士氣を鼓舞せん」と主張して、つひに敗れたが、この開國的主張は、その後益々頻繁になる異國船の渡來、海外文明の伸展の模樣、一方國内では封建經濟その他の逼迫等で、幕閣内でもしだいに成長してゐたのかも知れぬ。これは外國人の記録だから信用できぬとしても、他山の石として參考にするならば、同じ嘉永六年の七月に長崎に來航したロシヤ遣日使節の祕書ゴンチヤロフは「日本渡航記」のうちにかう書いてゐる。

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吉川英治

【随筆 宮本武蔵】

 そういう遺品があった点などから見るも、画事について、墨とか紙とか、用具などに、吉重から便宜をうけたり批評を聞いたりしたことはあるかもしれない。またそれに対して、慇懃いんぎん、武蔵も師礼を取ったかもしれない。けれど晩年絵を吉重に学んだとして武蔵の画を見るわけにはゆかない。なぜなら何ら吉重の画と武蔵の画とは本質的に影響が見えないからである。なるほど、吉重も雲谷派の一画匠として上手かも知れないが、たとえば同じ達磨像を見ても、吉重の画はずっと低俗である。一点一画、武蔵のそれとはいわゆる他山の石のものだ。

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Last updated : 2024/06/28