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直立不動
ちょくりつふどう
作家
作品

芥川龍之介

【将軍】

「お前も大元気にやってくれ。」
 こう云われた堀尾一等卒は、全身の筋肉が硬化こうかしたように、直立不動の姿勢になった。幅の広い肩、大きな手、 頬骨ほおぼねの高いあから顔。――そう云う彼の特色は、少くともこの老将軍には、帝国軍人の模範もはんらしい、好印象を与えた容子ようすだった。将軍はそこに立ち止まったまま、熱心になお話し続けた。

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下村湖人

【次郎物語 第五部】

さらに進んで青年の修養を論ずる段になると、かれの佩剣のさやが、たえ間なく演壇の床板をついて、いさましい言葉の爆発ばくはつ伴奏ばんそうの役割をつとめた。かれはしばしば「陛下へいか」とか「大御心おおみこころ」という言葉を口にしたが、その時だけは直立不動の姿勢になり、声の調子もいくぶん落ちつくのだった。しかし、佩剣の伴奏がもっとも はげしくなるのは、いつもその直後だったのである。

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太宰治

【虚構の春】

私などもあみあげ靴のひもを結び直したばかりに、やはり他社のものに先をこされて、あやうく首切られそうになったかなしい経験がございます。高橋君は、すぐ編輯長に呼ばれて、三時間、直立不動の姿勢でもって、説教きかされ、お説教中、五たび、六たび、編輯長をその場で殺そうと決意したそうでございます。

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坂口安吾

【明治開化 安吾捕物 その一 舞踏会殺人事件】

 脾腹へうちこまれた小柄のほかには、どこにも傷がなかった。どこからともなく飛び来った小柄一本が瞬時に命を奪っている。五兵衛はカッと目をあけ、口もあけて、何かいいたげに、四つん這いに倒れて死んだのだ。横ッとびに飛んで抱いた田所金次も、五兵衛の言葉をきかなかった。
 新十郎は総監に何かたのんだ。星玄坊主はいかめしくうちうなずいて、雲助の直立不動、胴間声で叫んだ。
「満堂の淑女ならびに紳士諸君。加納五兵衛殿の死の瞬間、すなわち、不肖が叫び声をあげた時に於ける皆様方の位置へ各々お立ちを願います」

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久坂葉子

【灰色の記憶】

私の数学に対する頭脳は、小学校三年程度であった。戦争が激しくなるにつれてすっかり女学校も軍隊式になって来、号令やら直立不動やら、このしとやかである女学生もいささかすさんでは来ていた。私は一分として動かずにたっていることが苦しくてそのためたびたびしかられた。又、歩調をとって歩くことも大儀であったから、教練(軍人が来て、鉄砲の打ち方などならう必習時間があった)や体操の時間には列外へ出されたり居残りさされたりして何度も何度もやりなおしを命ぜられた。

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島田清次郎

【地上 地に潜むもの】

 校長は小使に平一郎を呼ばさした。三人の沈黙へ、靴音高く平一郎がはいって来た。彼は直立不動の姿勢で、駈けて来たらしくぜい/\胸で息をした。国語の教師はどうかして、ここでこのまま内分に済ましたいと思って、わざと恐ろしい顔をして、
「大河」と言った。

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萩原朔太郎

【詩の原理】

クラシズムの表現が欲するものは、何よりも骨骼のがっしりした、重量と安定のある、数学的頑固がんこを持った、言わば「物に動ぜぬ直立不動の精神」である。それは一切の弱々しいもの、柔軟のもの、骨組みのぐにゃぐにゃしたもの、女らしく繊弱なものをね飛ばすところの、男性的ストアの美を要求する。故にクラシズムの精神は、正に「独逸ドイツ軍隊の行進」である。

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葉山嘉樹

【海に生くる人々】

「同情する! 労働者はほとんどすべてが、罷工ひこうすることのできない地位につき落とされているんだ! あらゆる組織がおれたちを簀巻すまきにしているんだ。そして、おれたちは首を切られても罷工もできないんだ。直立不動の姿勢を保って、なぐっても、けられても、それをくずせない新兵よりもおれたちは苦しいのだ。資本制は、労働者に 一人ひとり残らず狭窄衣きょうさくい――監獄で狂暴な囚人に着せるかわの衣類、それを着ると、からだは自由がきかなくなって、非常な苦痛を感じる――を着せて、手錠、足錠をはめているのだ」藤原は、その目だけがますます然え上がった。が顔はそれと反対にだんだん血の気があせて青ざめて行った。

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海野十三

【地底戦車の怪人】

「気をつけッ!」
 沖島速夫が、大きなこえで、どなった。
 二人のアメリカ兵はびっくりして、直立不動の姿勢をとった。
「だから、さっきから、僕は、この戦車の扉を開けろといっているんだ。さあ、早く開けろ」

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夢野久作

【能とは何か】

 たとえば直立不動の姿勢から二三歩進み出て立ち止りつつ右手をすこし前に出す。次には足と手を、うしろへ引いてもとの直立不動の姿勢に還る……という極めて簡単な舞の手があるとする。そうしてその前半の進み出る方をシカケと名付け、後半をヒラキと名付けるとする。

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新美南吉

【屁】

 いよいよ春吉君の番だ。春吉君は、がたっとこしかけをうしろへのけ、直立不動のしせいをとり、 読本とくほんを持った手を、思いきり顔から遠くへはなした。そして、大きくいきをすいこみ、いまや第一声をはなとうとしたとたん、つごうのわるいことが起こった。ちょうどそのとき、藤井先生は、机間巡視きかんじゅんしの歩を教室のうしろの方へ運んでいられたが、とつじょ、ひえっというような悲鳴をあげられ、鼻をしっかとおさえられた。

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Last updated : 2024/06/28