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用意周到
よういしゅうとう
作家
作品

夏目漱石

【明暗】

「しかし君という男は、非常に用意周到なようでどこか抜けてるね。あんまり抜けまい抜けまいとするから、自然手が廻りかねる訳かね。今度の事だって、そうじゃないか、第一お秀さんを怒らせる法はないよ、君の立場として。

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森鴎外

【假名遣意見】

諮詢(しじゆん)案では「動詞の活用から出て居る假名」と云ふものだけを保存することになつて居りまするが、其の御趣意は至極結構な御趣意と思ひます。併し實際の案に表はれて居るところはどうも用意周到でないやうに思ふのであります。

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国木田独歩

【初孫】

母上は例の何事も後(あと)へは退(ひ)かぬご気性なるが上に孫かあいさのあまり平生(へいぜい)はさまで信仰したまわぬ今の医師及び産婆の注意の一から十まで真っ正直に受けたもうて、それはそれは寝るから起きるから乳を飲ます時間から何やかと用意周到のほど驚くばかりに候、さらに驚くべきは小生が妻のためにとて求め来たりし育児に関する書籍などを妻はまだろくろく見もせぬうちに、母上は老眼に眼鏡(めがね)かけながら暇さえあれば片っ端より読まれ候てなるほどなるほどと感心いたされ候ことに候、

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太宰治

【美男子と煙草】

 けれども、記者たちのこの用意周到の計画も、あまり成功とは言えないようでした。私は、地下道へ降りて何も見ずに、ただ真直(まっすぐ)に歩いて、そうして地下道の出口近くなって、焼鳥屋の前で、四人の少年が煙草を吸っているのを見掛け、ひどく嫌(いや)な気がして近寄り、

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夏目漱石

【文鳥】

 三重吉は用意周到な男で、昨夕(ゆうべ)叮嚀(ていねい)に餌(え)をやる時の心得を説明して行った。その説によると、むやみに籠の戸を明けると文鳥が逃げ出してしまう。だから右の手で籠の戸を明けながら、左の手をその下へあてがって、外から出口を塞(ふさ)ぐようにしなくっては危険だ。

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山村暮鳥

【ちるちる・みちる】

「なんと言(い)ふことだ。天氣(てんき)は上等(じやうとう)、此(こ)のとほりの青空(あをぞら)だ。かうして自分(じぶん)は荷車(にぐるま)にのせられ、その上(うへ)にこれはまた他(ほか)の獸等(けものら)に意地(いぢ)められないやうに、用意周到(よういしうとう)なこの駕籠(かご)。さすがは人間(にんげん)だ、すこし窮屈(きうくつ)は窮屈(きうくつ)だが、それも風流(ふうりゆう)でおもしろいや。

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岡本一平

【非凡人と凡人の遺書】

 毎年正月元日に筆を改めて遺言状を書き直すといふ用意周到の人が僕の知つてる範囲で二人ある。然も二人共可成り永生きの方なので何通書き直したか判らぬ。

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牧野富太郎

【風に飜へる梧桐の実】

間も無く之れが吹き来る風の為めに其基部の柄がちぎれると同時に其凹い内面へ充分に其風を孕んでヒラ/\/\と或は近く或は遠くへ運ばれる、其れが地面へ落ちると其種子の重みに由て其殻片が多くは背面を上にして下を向き俯伏(うつぶせ)になつてゐるのは其処に大に意義の存する点が観られる、即ち此姿勢だと其殻片から種子を地面に離し落すに都合がよいからである、天然は中々用意周到なもんだ中々巧妙至極なもんだ

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宮沢賢治

【注文の多い料理店】

 それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」
と書いてあつて、ちひさなクリームの壺がこゝにも置いてありました。
「さうさう、ぼくは耳には塗らなかつた。あぶなく耳にひゞを切らすとこだつた。こゝの主人はじつに用意周到だね。」
「あゝ、細かいとこまでよく気がつくよ。ところでぼくは早く何か喰べたいんだが、どうも斯(か)うどこまでも廊下ぢや仕方ないね。」

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小酒井不木

【毒と迷信】

そこで面白いことは、バツクニールといふ医学者の考証によると、沙翁は前後六回この植物を其の劇詩の中に引用して居るが、例の迷信を取り入れたときは、英語のマンドレークの語を其の儘用ひ、催眠作用を取り入れたときには羅甸語(らてんご)のマンドラゴラを用ゐて居る。些細なことではあるが大詩人の用意周到な心根が窺はれる。

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牧逸馬

【浴槽の花嫁】

それから、湯の量が少ないといって水の栓も開けた。こうして二つの栓から迸(ほとばし)る湯と水の音で、彼はつぎの行動に移る前に、あらかじめ物音を消しておこうとしたのだ。じつに用意周到なやり方だった。首から上だけを出して湯に浸(つ)かっていたアリスは、とつぜん良人(おっと)の手が頭にかかったので、笑顔を上げた。浴槽へまで来て狂暴な愛撫をしようとする良人を、嬉しく思ったのだ。

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南部修太郎

【死の接吻 ――スウェーデンの殺人鬼――】

「すると、二つの場合があり得る譯だな。男爵が犯人を驚かしたか? 或は犯人が殺意を以て用意周到に待ち伏せしてゐたか? それにしても、まるで物取の形跡がないとは?」
「全くですな。」
 と、巡査部長は肩を搖す振つた。

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海野十三

【暗号数字】

「全く涙の滾(こぼ)れるほど嬉しいことです。私たちは、その暗号の鍵(キイ)が、やはり無電にのってくるのかと思ったのですが、そうではない。秘密結社の本部では飽くまでも用意周到を極めています」

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三好十郎

【恐怖の季節】

つまり、伸子がどっちに転んだとしても、非難されるのは伸子でなくてすむように、二重三重に布陣してあるのだ。それらが、恐ろしく手のこんだ近代リアリズム小説作法的「必然性」の定跡で武装してある。つまり、伸子(したがって深い所で作者)は、絶対不可侵に神聖に守られているのである。実に用意周到だ。この種の用意周到さはブルジョア的気質に一番特有である。別の言葉では、これを、ズルサという。

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佐々木味津三

【右門捕物帖 七化け役者】

ただ残っているものは怪しの駕籠が一丁のみでしたから、いかな捕物名人も、あまりのすばしっこさに、すっかり舌を巻いてしまいました。しかも、それなる残った駕籠がまたすこぶる用意周到で、飾り塗り、金鋲(きんびょう)、縁取りすだれ、うち見たところお大名の乗用駕籠には相違ないが、よほどの深いたくらみと計画のもとに遂行されたとみえて、

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竹久夢二

【砂がき】

 獨歩は「武藏野」の中に「路がわからなかつたらステツキを立てゝそれの倒れた方へゆけ」と書いてゐたが、吾々は白山の方へ向つて歩いた。さう書くといよ/\探險らしいが、登山らしい何の用意もなかつたことだし、實は、自分達は湯涌へ流れ落ちてゐる川が、今自分達の歩いている峰の左手は谷にある筈だから、どんなに間違つても川の方へさへ辿りつけば路を迷ふ氣遣はあるまいといふ、用意周到な冒險であつた。

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柴田流星

【残されたる江戸】

江戸の花だと気勢う連中も、災の我身に及ぶ時は敢えてそうした呑気ばかり言ってはおれず、それというより死力を尽してこれと闘わねばならないので、夜々のからッ風に火の元を用心し、向島は秋葉神社の護符を拝受して台所の神棚に荒神様と同居させるなぞ、明暦以来は一層懲りに懲りているので、用意周到行きわたらざる隈もない。

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戸坂潤

【読書法】

 論文は出来るだけ簡潔に卒直に書かねばならぬ。余計な尾鰭は原則として邪道の因である。だが論文は幼稚であってはならぬ。用意周到に事物の表裏を点検しなければならぬ。その意味では、出来るだけ複雑で皮肉で触角の伸びたものであってほしい。

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中里介山

【大菩薩峠 不破の関の巻】

 そこで振向いて見ると、一見してそこが本宅についた湯殿であることを知り、湯殿の中に燈火(あかり)がついて、誰か人あってそこへ入浴に来たものだと感づきました。
「なるほど」
 そう、うなずいたけれども、用意周到な米友は、人を驚かさんことを怖れたものです。

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黒島傳治

【武装せる市街】

「今度は、なかなか労働組合や、俺等の反対に敏感になっている。」高取がしめつけられるように声をひくめた。「日独戦争や、シベリア出兵時代とは、時代が違うからね。俺等もブルジョアの手先に使われてたまるかい、くらいなこたア知ってるが、ブルジョアもまた、俺等の出兵反対に敏感になってる。三月十五日の検挙はやる、四月十日の左翼の三団体の解散は喰らわす。それから出兵。何から何まですべてが、ブルジョアの方が、はるかに用意周到で組織的じゃないか。」

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宮本百合子

【道標】

 伸子は、気がついて、保か河野ウメ子かにたのんで日本語のそういう辞典を送ってもらうのが一番いいと思いついた。日本でもそういう本はどんどん出版されていた。言海はモスクへももって来ているが、社会科学辞典がこんなに毎日の生活にいるとは思いつかなかった伸子だった。あんなに用意周到だった素子も蕗子もそのことまでにはゆきとどかないで来てしまった。――

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Last updated : 2024/06/28