作 家
|
作 品
|
太宰治 |
【虚構の春】 なお、寸志おしるしだけにても、御送り申そうかと考えましたが、これ又、かえって失礼に当りはせぬか、心にかかり、いまは、訥吃(とっきつ)、蹌踉(そうろう)、七重(ななえ)の膝を八重(やえ)に折り曲げての平あやまり、他日、つぐない、内心、固く期して居ります。俗への憤怒。貴方への申しわけなさ。文字さえ乱れて、細くまた太く、ひょろひょろ小粒が駈けまわり、突如、牛ほどの岩石の落下、この悪筆、乱筆には、われながら驚き呆れて居ります。創刊第一号から、こんな手違いを起し、不吉きわまりなく、それを思うと泣きたくなります。このごろ、みんな、一オクタアヴくらい調子が変化して居るのにお気附きございませぬか。私は、もとより、私の周囲の者まで、すべて。大阪サロン編輯部、高橋安二郎。太宰先生。」 |
夏目漱石 |
【坊っちゃん】 天井(てんじょう)はランプの油烟(ゆえん)で燻(くす)ぼってるのみか、低くって、思わず首を縮めるくらいだ。ただ麗々と蕎麦の名前をかいて張り付けたねだん付けだけは全く新しい。何でも古いうちを買って二三日(にさんち)前から開業したに違(ちが)いなかろう。ねだん付の第一号に天麩羅(てんぷら)とある。おい天麩羅を持ってこいと大きな声を出した。するとこの時まで隅(すみ)の方に三人かたまって、何かつるつる、ちゅうちゅう食ってた連中(れんじゅう)が、ひとしくおれの方を見た。。 |
宮本百合子 |
【舗道】 その二十日ほど前から、日本中の新聞が満蒙事変を喧しく報道して、号外の鈴の音がミサ子たちの働いている××○○会社の窓越しにまで聞えた。奉天を占領したとか、独立守備隊がどこそこへ進軍したとかいう記事が一号活字で新聞に出ても、××○○会社の若い平社員たちは一般に冷淡で、疑わしそうにジロジロひろげた新聞を読みながら、 「おい、社はこれでいくらぐらい儲ける魂胆なんだろうな」 などと云った。 |
夢野久作 |
【爆弾太平記】 ……その吾輩が長髯(ちょうぜん)を扱(しご)きながら名刺を突き出すと、ハガキ位の金縁を取った厚紙に……日本帝国政府視察官、医典博士、勲三等、轟雷雄(チョツデヨンウウン)……と一号活字で印刷してある。意訳すると豪胆、勇壮、この上なしの偉人という名前なんだから、大抵の奴が眼を眩(ま)わしたね。 |
夢野久作 |
【山羊髯編輯長】 斯様(かよう)な微細な点に着眼して、附近に住む両切煙草の使用者を片端(かたっぱし)から調べ上げた箱崎署の根気と苦心は実に惨憺たるものあり……云々という記事であったが、この最後の文句を書き添えた吾輩の文章の苦心が、如何に惨憺たるものがあるかを知っている者は我が山羊髯編輯長だけであろう。 それはいいが、その記事の終尾(おしまい)の処に次のような記事がデカデカと一号標題(みだし)で掲載されていたのには驚いた。 |
オイゲン・チリコフ 森林太郎 訳 |
【板ばさみ】 「ふん。なる、なる。それはクリユキンの文章に革命と云ふ詞があるかも知れませんが、あつたつて差支なささうなものですがなあ。フランス革命と云ふやうな、歴史上の事実は、誰だつて言ひも書きもしますからなあ。どの新聞でも、雑誌でも御覧になるが好い。革命と云ふ字の丸で書いてないのは、一号だつてありますまい。何も差支なささうなものですが。」 |