作 家
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作 品
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泉鏡花 |
【城崎を憶ふ】 棟近(むねちか)き山(やま)の端(は)かけて、一陣(いちぢん)風(かぜ)が渡(わた)つて、まだ幽(かすか)に影(かげ)の殘(のこ)つた裏櫺子(うられんじ)の竹(たけ)がさら/\と立騷(たちさわ)ぎ、前庭(ぜんてい)の大樹(たいじゆ)の楓(かへで)の濃(こ)い緑(みどり)を壓(おさ)へて雲(くも)が黒(くろ)い。 |
泉鏡花 |
【紅玉】 一と三の烏、同時に跪(ひざまず)いて天を拝す。風一陣、灯(ともしび)消ゆ。舞台一時暗黒。 |
泉鏡花 |
【夜行巡査】 |
泉鏡太郎 (泉鏡花) |
【蛇くひ】 傍(かたへ)に一本(ぽん)、榎(えのき)を植(う)ゆ、年經(としふ)る大樹(たいじゆ)鬱蒼(うつさう)と繁茂(しげ)りて、晝(ひる)も梟(ふくろふ)の威(ゐ)を扶(たす)けて鴉(からす)に塒(ねぐら)を貸(か)さず、夜陰(やいん)人(ひと)靜(しづ)まりて一陣(いちぢん)の風(かぜ)枝(えだ)を拂(はら)へば、愁然(しうぜん)たる聲(こゑ)ありておうおうと唸(うめ)くが如(ごと)し。 |
尾崎紅葉 |
【金色夜叉】 終日(ひねもす)灰色に打曇りて、薄日をだに吝(をし)みて洩(もら)さざりし空は漸(やうや)く暮れんとして、弥増(いやま)す寒さは怪(けし)からず人に逼(せま)れば、幾分の凌(しの)ぎにもと家々の戸は例よりも早く鎖(ささ)れて、なほ稍明(ややあか)くその色厚氷(あつこほり)を懸けたる如き西の空より、隠々(いんいん)として寂き余光の遠く来(きた)れるが、遽(にはか)に去るに忍びざらんやうに彷徨(さまよ)へる巷(ちまた)の此処彼処(ここかしこ)に、軒ラムプは既に点じ了りて、新に白き焔(ほのほ)を放てり。 一陣の風は砂を捲(ま)きて起りぬ。怪しの老女(ろうによ)はこの風に吹出(ふきいだ)されたるが如く姿を顕はせり。切髪は乱れ逆竪(さかだ)ちて、披払(はたはた)と飄(ひるがへ)る裾袂(すそたもと)に靡(なびか)されつつ漂(ただよは)しげに行きつ留りつ、町の南側を辿(たど)り辿りて、鰐淵が住へる横町に入(い)りぬ。 |
樋口一葉 |
【うつせみ】 氣分すぐれて良き時は三歳兒のやうに父母の膝に眠るか、白紙を切て姉樣の製造に餘念なく、物を問へばにこにこと打笑みて唯はいはいと意味もなき返事をする温順しさも、狂風一陣梢をうごかして來る氣の立つた折には、父樣も母樣も兄樣も誰れも後生顏を見せて下さるな、とて物陰にひそんで泣く、聲は腸を絞り出すやうにて私が惡う御座りました、 |
芥川龍之介 |
【ピアノ】 それはたつた一音(おん)だつた。が、ピアノには違ひなかつた。わたしは多少無気味になり、もう一度足を早めようとした。その時わたしの後ろにしたピアノは確かに又かすかに音を出した。わたしは勿論振りかへらずにさつさと足を早めつゞけた、湿気を孕んだ一陣の風のわたしを送るのを感じながら。…… |
寺田寅彦 |
【蓄音機】 私はその時なんという事なしに矛盾不調和を感ずる一方では、またつめたい薄暗い岩室の中にそよそよと一陣の春風が吹き、一道の日光がさし込んだような心持ちもあった事を自白しなければならない。 |
加能作次郎 |
【少年(しょうねん)と海(うみ)】
鴎(かもめ)が七八羽、いつの間にか飛んで来て、岬の端に啼(な)きながら群れ飛んでいました。ずっと沖の方が黝(くろず)んで来ました。生温(なまぬる)い風が一陣さっと為吉の顔をなでました。 一心に沖を見ていた為吉は、ふと心づいてあたりを見廻(みまわ)しました。浜には矢張(やは)り誰もいませんでした。何の物音もなく、村全体は、深い昼寝の夢にふけっているようでした。 |
寺田寅彦 |
【雨の上高地】 夜に入つて雨が又強くなつて梓川の水音も耳立つて強くなつた。突然強風が吹起こつて家を揺がし雨戸を震はすかと思ふと、それが急に丸で嘘を云つたやうに止んで唯沛然たる雨声が耳に沁みる。又五分位すると不意に思出したやうに一陣の風がどうつと吹きつけてしばらくは家鳴り震動する、又ぴつたりと止む。すると又雨の音と川瀬のせゝらぎとが新たな感覚をもつて枕に迫つて来る。 |
芥川龍之介 |
【疑惑】 私は妻の顔を見つめました。あらゆる表情を失った、眼ばかり徒(いたずら)に大きく見開いている、気味の悪い顔でございます。すると今度は煙ばかりか、火の粉を煽った一陣の火気が、眼も眩(くら)むほど私を襲って来ました。私はもう駄目だと思いました。妻は生きながら火に焼かれて、死ぬのだと思いました。 |
林 不忘 |
【丹下左膳 乾雲坤竜の巻】 身みずから剣心をこころとする刃怪左膳だけに、かれは相手を 「世の中は広いものだなあ……ウウム! かかる名人がひそんでいたのか」 |